第104話 可愛いミシェルちゃん

 「俺が病気治療をした娘ミシェルに対し、余計な口出しをするなと伝えろ」


 「余計な口出しとは何のことか、教えては貰えないのかな」


 「王立貴族学院入学祝いとして、ミシェルにクリスタルフラワーを贈った。セリエナは王妃と同じ香りがするミシェルが気に入らないらしい。高学年で高位貴族、食堂も別なのに取り巻き達を引き連れて嫌味を言いに来るそうだ。父親が王妃に献上した後に俺が贈った花を楽しみ、その移り香に文句を言われてもな。俺から貰ったと告げても気に入らないらしい」


 「つまり、君はその可愛いミシェルちゃんの為に態々此処へやって来たと?」


 「重病が癒え、やっと人並みの生活や友人を得たのに、高位貴族の娘と言うだけで、取り巻き達を引き連れての嫌味三昧ってのは頂けない。花が欲しければ、オークションで競り落とせと言いに来たのさ。序でだが、偉そうに俺の所に使いを寄越すな! 俺は性格の悪い貴族や餓鬼は嫌いなんだ、親も似たような性格らしいが」


 侯爵の背後に立つ男を見ながら、そう告げる。


 「君は幾人かに魔法を指南し、格段に上達させたそうではないか。ロスラント子爵に預けている娘など、素晴らしい腕だと評判だ。その指導力を見込んでの依頼なのだが」


 「断る。侯爵なんだろう、配下の魔法部隊の者から教われよ。横柄で礼儀も知らない使いを寄越すな」


 「君と敵対する気は無いのだが・・・残念だよ。君の言葉はセリエナに伝えておくよ」


 「お前も判ってないな。何故こんなに回りくどく言っているのか、少しは考えろよ。・・・椅子に反っくり返って、招待したはずの客を立たせて能書きを垂れるようじゃ無理かな」


 「それはどう言う意味だ」


 「その抜けた頭で考えろよ。それと忠告だ、後ろに居るのは嫡男だろうが余計な事は考えるな、と命じておけ」


 それだけ言って扉の脇に控える執事に帰るぞと告げたが、嫡男様はご不興らしく憎々しげに睨んでくる。

 壁際に控える護衛の半数からも、弱々しい威圧を受ける。


 グレンはなんて言ったっけ、野獣やドラゴンと対峙した時の気迫って言っていたな。

 ゴールデンベアに往復ビンタをする気迫で、睨んでくる嫡男と騎士達を睨みつけた。


 嫡男様は腰を抜かしてへたり込み、頭をかかえて震えている。

 騎士の方は剣を抜いた者が二人いたがそれ以上は動けず、残りの者は硬直したり冷や汗を流して震えている。


 やれば出来るじゃん♪


 執事の案内で玄関ホールに戻り馬車の用意を待つ。


 「賢者フェルナンド様に、一つお尋ねしても宜しいでしょうか」


 「その賢者ってのを二度と使わないのなら、良いだろう」


 「ミシェル様の為だけに来られたのですか?」


 此の執事、間抜けな侯爵よりマシな様だ。


 「クリスタルフラワーを誰が献上した? ミシェルに花を贈ったのは? 賢者などと誰が言い出した。小娘が誰に媚びを売ろうと興味は無い。だが、可愛いミシェルちゃんを泣かせると・・・」


 執事が一礼するので理解した様だ。


 * * * * * * *


 「ユーゴって子供が好きなのか?」


 馬車が動き出し、初めて口を開いた第一声がそれかよ。


 「あのなぁ~、重病が治り漸く人並みの生活が出来ると喜んでいる子供だ。それも俺が治療した子だぞ、相談されれば何とかしてやりたいと思うのが人情だ」


 「しかし、侯爵閣下相手に遠慮会釈も無いな」


 「人を呼びつけておいて俺を立たせておいて、椅子にふんぞり返っている奴に何の遠慮がいるのだ? 俺は奴の配下じゃ無い! まっ、エレバリンより多少度量が有りそうだが、地位に溺れているようだな」


 「まぁ、多少マシかなってところだな」


 * * * * * * *


 ユーゴを見送ると即座に主人のところへ引き返した執事。


 「旦那様、宜しいでしょうか」


 「何だ?」


 「クリスタルフラワーの事で御座います。あの花は一昨年と今年王妃様に献上されました」


 「それが?」


 「何方もブルメナウ商会会長から献上されました。その孫娘が件のミシェルで、彼女の長患いを治療したのが当時ユーゴと名乗る冒険者でした。先程フェルナンド様が申された。王立貴族学院への入学祝いに贈った、となれば採取者はフェルナンド様です。先のドラゴン討伐の事と会わせますと王家の依頼で動いている事になります。そのお方の機嫌を損ねますと・・・」


 「ミシェルに対するセリエナの言葉は・・・」


 「花一つの事ですが、あの花は王妃様のお気に入りと聞いております。それをブルメナウ会長に頼み手に入れたと、ご満悦だったそうです。それが手に入らなくなれば何かと不都合な」


 「だが賢者と呼ばれようとも、所詮は冒険者上がりではないか」


 「彼の御方は陛下のお気に入りの様ですが、王家の方々は余り好意的ではありません。それが花一本の事で王妃様のご不興を被ることになれば、クラリス妃にも障りがでるやも」


 「従姉殿に何かあると困るな」


 「はい、エレバリン公爵家の事も御座います」


 「あれか、血筋を誇ったが少々遣り過ぎたな」


 「エレバリン公爵様も、フェルナンド男爵との確執の末失脚したと専らの噂で御座います」


 「あれもよく判らない事だらけだが、何処まで判っている?」


 「お伝えした事以上は噂のみです。側近くにいた者や懇意な者は、悉く失脚したり幽閉されていてこれ以上は」


 「判った。ラングス、セリエナにミシェルなる娘に近づくなと、キツく申しつけておけ」


 「父上は、高々冒険者上がりの男を恐れるのですか」


 「お前は何を見ていたのだ。先程も、一睨みされて無様を晒したのをもう忘れたのか! 儂も間抜けと言われてしまったがのう。言っておくがあの男に触れるな! あれは我々貴族にとっては疫病神だ、だが余計な事をしなければ病に冒される事はない」


 * * * * * * *


 ミシェルの話から王立貴族学院とやらに興味が湧いたので、ブルメナウ会長に会いに行く。


 「王立貴族学院ですか」


 「少し興味が湧きましてね。生徒以外で中に入る方法はありますか」


 「正式にですか?」


 「正式にとは?」


 「名前のとおり王家が運営する学院なので、公式に学院を訪れるには王家の許可が必要です。それ以外ですと生徒の従者や世話係として中に入れますが学院の許可が必要です」


 * * * * * * *


 ブレメナウ会長から話を聞き、早速ヘルシンド宰相へお手紙を出す。

 即日返事が届き、宰相署名入りの紹介状を学院に提出すれば、自由に見学する事を許可し何時なりと出入り自由との事。


 翌日吊るしの街着でお出掛けしようとして、皆に疑惑の目で見られる。


 「ユーゴ、今度は何を始めたの?」

 「うん、絶対に何か企んでるよな」

 「あのにやけ顔は、良からぬ事に間違いないな」


 ハリスン達は俺の性格を理解しているのか、中々鋭い。


 「ユーゴ、騒ぎを・・・大騒ぎを起こしちゃ駄目よ」


 「ハティー、別に戦闘用の服じゃないよ。ちょっとお散歩の延長だよ」


 「でもねぇ~、その顔は悪いことをやらかす顔よ」


 口では勝てそうもないので、さっさとアパートを出て辻馬車を拾う。


 * * * * * * *


 王立貴族学院、辻馬車で来たので門衛に止められたが、王国の紋章入りの封書を見せて通して貰う。

 貴族と豪商の子弟が通う所だけあり、堂々たる建物や車回しも大きい。

 受付で封書を見せて、学院長に面会を求めて無事に学院長室に案内されるが、吊るしの街着なので見下した目付きにウンザリする。

 王国の紋章入り封書を持参してなければ、門衛に蹴り飛ばされて終わりだろう。


 「フェルナンド男爵様で? 身分証を拝見させて貰っても?」


 受け取った身分証をじっくりと観察してから、徐に口を開く。


 「ご承知の様に、王家の子弟はもとより貴族や商人達の子弟が多数集う学びの場です。くれぐれも騒ぎを起こさないようにお願い致します。案内人を付けますので、係の指示には従って貰えますね」


 「ヘルシンド宰相より、学院内での自由な行動を許すと許可を貰っているのですが、その書状になんと書かれています?」


 俺の問いかけに言葉を詰まらせると、必死に言い訳を考えているのが丸わかり。


 「初めていらした方には、学院内を案内する決まりです。此処には王族の子弟も通われていますので、立ち入る場所を制限するのは当然です」


 「判りました。私が要求した事が出来ないのであれば、改めて宰相閣下と話し合う必要がありそうなので、出直して参ります」


 それだけを告げ、案内してくれた職員に帰る旨を伝える。

 まったく権威主義者や、与えられた職務を拡大解釈して自分の権力と勘違いする馬鹿が多い。


 まっ、こんな奴は日本にも腐るほどいたので対処法は判っている。

 振りかざす権力や規制も、上位者の力には逆らえない事を判らせれば大人しくなる。

 ちょっと宰相閣下には、王家の力が及ばないと揶揄ってやるかな。


 「お待ち下さい!」


 学院長室を出ようとすると声が掛かった。

 振り向けば焦った顔の学院長が立ち上がり、何かを言おうとあせっている。


 「何か言い忘れたことでも」


 「許可します。貴男には特別に許可しますが、何かあれば責任を取っていただきます!」


 「許可は必要在りません。改めて宰相閣下より指示が出ると思いますので」


 それだけ言って踵を返す。

 さて王城へ行って、ヘルシンド宰相に何と嫌味を言ってやろうかな。

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