第103話 アブリアナ侯爵の依頼
上等な街着に、男爵の紋章を胸ポケット紛いの中から引き摺り出してお出掛け。
皆の何か言いたげな視線を無視して通りへ出ると、辻馬車を拾い行き先を告げる。
裏通りのアパート住まいと聞いていたが、エレバリン公爵が魔法使い達に払っていた給金の事を思えば、騎士団長と謂えども贅沢は出来ないか。
ノックをすると老婆と呼ぶには少し早い感じの女性が出てきたので、名を名乗りホリエントの在宅を確認する。
「よう、男爵殿。噂では中々のご活躍で」
「皮肉は良いよ。暇かな?」
「身体は元通りになったが仕官先がなぁ。俺が体力回復に励んでいる間に、嘗ての部下達が各貴族や王国に雇われてしまっていて、俺の潜り込む場所が無いのさ。態々俺の所へ来たって事は、暇潰しの話しか?」
「仕官先が無いのなら、暫く俺の所で押し売りの相手をしてくれないか」
「番犬代わりか?」
「相手は貴族や豪商達の使いだな。用件を聞いて追い払うだけ」
「それじゃ、気の弱い番犬では役に立たないな」
「吠えちゃ駄目だよ。用件は承るが返事は俺の気が向いた時のみと言って断ってくれれば良いから。俺も何時まで男爵でいるのか判らないし」
「ん、ドラゴン討伐をして賢者の称号を贈られたんだろう」
「その話は何れね。騎士団長の給金程度は保証するし、手狭そうだからご家族の住まいも用意するよ」
「其奴は有り難いな。貰った金が減っていくのは心細いからな」
取り敢えず俺のアパートを見て貰う為に、ホリエントを伴って家に帰る。
帰る道すがら現在冒険者仲間と住んでいるので、エレバリン公爵との事を口止めしておく。
コークスやハティー達に知られたら、何を言われるか知れたものでない。
「冒険者達って事は、ドラゴン討伐の協力者達か」
「薬草採取の協力者で、オークションに掛けられたドラゴンの討伐パーティーだよ。公表すれば騒ぎになるので、名を伏せて引き籠もり中ってところかな」
リンガル通りの家の前に馬車が止まると、警備の者が様子を窺っている。
警備兵の身形の者は表から見えない奥に居て、目立たない様にしてくれているので助かる。
「おいおい、アパートって言ったよな」
「前は一間の所を借りていたのだけれど、王家が余計な事を言うから煩くなって引っ越したのさ。借り物だからアパートだろう」
〈借り物だからアパートって、こんな物はアパートとは言わないぞ〉なんてぼやいている。
借家でも無いし、二階部分だけ借りているのだからアパートで良いじゃないか。
なんなら三階のワンフロアーを、社宅代わりに王家から借りてやるぞ。
警備隊の詰め所で、ホリエントを紹介してから二階に上がる。
* * * * * * *
「お帰りー、てお客さんか?」
「余計な奴等を追っ払って貰う為に来て貰った。ホリエントだよ」
「ほう、中々良い面構えだが冒険者には見えないな」
「あれっ・・・騎士団長様!」
「ん・・・騎士団長様?」
忘れていた! ボルヘンは公爵家の魔法部隊の一員だったっけ。
俺を攻撃した時にも居た筈だから、解任されたとは言えホリエントの顔を知らないはずはなかった。
「あ~、ボルヘンその話は何れ本人からな。それ迄は・・・」
「判りました。それで騎士団・・・ホリエント隊・・・なんてお呼びすれば」
「ホリエントで頼む」
「訳有りか?」
「その辺は何れ本人からね。取り敢えず空いている部屋を提供するよ。ご家族には屋根裏部屋が空いているので、何処でも好きなところを使ってよ」
「勝手な事をしても良いのか」
「以前の部屋は皆が居るので手狭だからと、4~5部屋のアパートをお願いしたんだ。なのにこんな大きな物を用意してくれたのさ。二階のワンフロアーだけを借してくれたけど、この建物には誰も入る予定が無いので大丈夫」
お引っ越し用に5-30のマジックバッグを預けて送り帰すと、宰相宛てに屋根裏部屋を借りたいと書面を認めた。
* * * * * * *
ホリエントの家族は両親と妻子の五人家族なので、屋根裏部屋を三つ使う事になった。
まあ屋根裏部屋と言っても、下の部屋が大きいので下手なアパートより広くて喜んでいた。
ホリエントには金貨六枚を約束したが、奥さんと娘さんには料理と雑用をお願いしてそれぞれ金貨三枚を支給する事に決めた。
ご両親はそれぞれ仕事が有るので通うのに少し遠くなるが、広い部屋と息子達が高額で雇われることに感謝された。
そうこうしているうちにポツポツと依頼書が届き始めたが、以前の様な高圧的な文言は一切見られない。
押し掛けてきた奴等は大人しいながらもねちっこく、コークス達相手だと侮った態度が見え隠れする。
但しコークス達が男爵家の紋章入りの服で対応すると、コロッと態度が変わるので呆れていた。
それでも上位貴族の使いの中には、見下す態度を隠そうともしない奴がいて不快な思いをしている。
門衛のところで止められて用件を聞かれると、書状を示して二階に上がり俺の家に書状受けの箱に投函して帰る事になる。
だがそれで帰らず、ノッカーを叩く奴の相手がホリエントの仕事で、暇だぁ~と嘆いている。
三日もすると訓練用木剣を持ち込み素振りをしている。
皆と同じ少し上等な街着を誂えて、紋章をポケットから出した姿で応対する様になり益々暇だと嘆いている。
身分証も配下の者では上位、公爵家の騎士団長と同等の物を渡している。
俺の爵位が低いので、他所でどの程度通用するのかは不明だが気は心ってことだ。
昼間は扉の後ろで素振りや体力維持の運動をして、夕食後は皆に交じって対人戦の指導と言う名の叩き合いに参加している。
暇な昼間の憂さ晴らしと、実戦さながらの叩き合いはお気に入りの様だ。
素直に書状を投函した物は、内容を確認して依頼別に振り分けるが、ノックして何かを言ってきた奴の依頼書は印を付けておいて貰っている。
* * * * * * *
「ユーゴ、お待ちかねの方から紹介状と依頼書が来たぞ。ご丁寧にドアをノックして何時来るのか確認してきたので、近日中に伺えるだろうと言っておいたからな」
「有り難う。ところでアブリアナ侯爵の事を知っている?」
「侯爵と直接話す機会なんぞ無かったが、配下の騎士団とは多少付き合いは在ったな。エレバリン公爵ほどではないが、上位貴族の傲慢さはあるようだ。主人の噂話はしないが、騎士達の話からそう伺えるが何か遣る気なのか?」
「あれっ、興味があるの?」
「そりゃーあれを身近に見ていると、今度は何を遣るのか興味が湧いて当然だろう」
依頼書には好都合な事が書かれているので、其れを理由に訪ねる事にした。
* * * * * * *
上等な街着に男爵位を示すワッペンを引き出して貼り付け、ホリエントをお供に辻馬車に乗る。
「言っておくけど、その服には耐衝撃・防刃・魔法防御・体温調節機能が付与されているからね。いざとなったらフードを被れば顔と手以外は大丈夫と思うよ」
「中々良い生地だし思った以上に快適なので、そんな事だろうと思ったよ。街着にしては皆フード付きの服なのに、ユーゴだけはフードが無いがどうしてだ」
「俺は結界魔法が使えるので必要無いのさ、雨などの時には膝丈のローブを使うし」
アブリアナ侯爵邸の正門前で馬車を止め、身分証を示して用件を伝える。
暫く待たされた後邸内に招き入れられたが、今度は執事が身分証の確認を要求する。
ホリエントは俺の護衛の位置に付き、腰には愛用の長剣を下げている。
出掛ける前に客人が護衛を連れて主人と対面するのはどうなのか確認すると、初対面なら問題ないと教えてくれた。
但し二度目三度目にも訪問先で護衛を侍らせると、友好関係になっていないとの意思表示になると言われた。
納得した執事に導かれて通されたのが執務室、依頼を出しておいて客人として遇する気がないのならホリエントに頑張って貰おう。
執務机の前に立たされたので、相応の対応を心がける。
侯爵様への礼儀を弁えねば、棍棒の教育的指導を受けかねない。
「依頼を受けて来たのであって、お前の配下になった覚えは無いのだが」
ありゃりゃ、背後に居るよく似た顔の男が口を開こうとしたが、侯爵が片手をあげて制する。
護衛の騎士達は表情一つ変えないが、瞬時に気配が変わった。
良く躾けられたワンちゃんですこと。
「ふむ、ドラゴン討伐とか賢者と呼ばれて舞い上がっている様だな。幾ら陛下の覚え目出度いとは言え、此処は王城ではないぞ」
「それがどうした。王城で無いのなら、俺に取っても好都合なのが判らないのか。目的は違えど、お前の依頼と俺の用事は一致している。セリエナと言う娘を呼べ」
「貴様は自分の身分を弁えているのか! 娘を侮辱する気なら許さんぞ!」
「煩いぞ、俺はこの男と話している。礼儀を弁えろ」
「なる程な。陛下より賢者と呼ばれ、ドラゴン討伐を成すだけの事はある。依頼書に書いてあるとおり、孫娘セリエナの魔法指南を頼みたい」
「その依頼は断る」
「ん、今『依頼と俺の用事は一致している』と聞こえたが、聞き間違いか?」
「耄碌はしていないようだな。そのセリエナに用があって来たのは確かだが、釘を刺しに来た」
「それは穏やかじゃないね。訳を聞いても?」
そう言いながら僅かに雰囲気が変わる。
この男は、国王とはタイプの違う狐か狸の類いらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます