第102話 賢者とバレた

 レオナルから賢者と呼ばれて、俺がそれを否定したことでルッカス達の好奇心に火が点いた様だ。

 やって来たハリスンを交えて、レオナルが父親から聞かされた賢者と言う言葉と、俺が国王陛下の傍らに立っていたと言う話を根掘り葉掘り聞いている。


 居間にしている部屋なのでコークス達も興味を引かれたようで、レオナルとハリスン達の話に耳を傾けている。

 ちょっと嫌な予感がするのは、静かに聞いているハティーの目が輝いているからだろう。


 レオナルは俺達の六歳下の筈なので、王立貴族学院の話が出て興味を引かれた。

 聞けば王立貴族学院は初等科の基礎教育と、高等科として貴族社会や領地の統治と経営及び各種商業等の仕組みを学ぶ。

 魔法を授かった者には、魔法の基礎知識と操作方法を教えているそうだ。


 レオナルは現在14才で高等科二年生、12月の誕生月を迎えれば授けの儀に望むと嬉しそう。

 此の国の教育機関は九月始まりなので、三年生になり魔法を授かれば魔法の基礎知識と操作方法を学ぶことになるそうだ。

 懐いていたホウルやルッカス相手に、色々と話している。


 俺のアパートがリンガル通り15番地、レオナルの住まいは一本隣のアヴェイル通り21番地で王都支店だそうだ。

 宝石商なので大きな看板は上がってないそうで、目立たない家だと笑っている。

 今日はたまたま、リンガル通りに住まう友人の家に行った帰りだそうだ。


 ちょっと疑問に思っていた事を聞いてみる。

 ウイザネス商会の会長も子爵待遇の筈だが家名は何だと。


 返事はずっこけるようなもので、当主は商会会長を名乗り子爵待遇だと自己紹介するそうで、家督を継ぐとその待遇を引き継ぐ。

 通常レオナルはレオナル・ウイザネスと名前と屋号を名乗るそうだ。

 それに商会を名乗れるのは、王家の許可が必要で商会=子爵待遇だそうだ。

 それ以外は商店で大店の会長を名乗っても貴族ではないと教えてくれた。


 離れて聞いていたコークス達も初めて知ったと驚いていた。

 この辺りは王立貴族学院の様な高等教育を受けた者にしか判らない様だ。

 確かに一般庶民には必要無い知識で、貴族や豪商には逆らわない関わらないが基本だ。


 そして成り上がりの男爵風情相手では高等教育を受けていないので、商会会長と名乗ると同時に子爵待遇と自己紹介の必要があるのだと知った。

 何故そこまで面倒なと思ったら、家名は没落して貴族位を失っても名乗れるので、爵位をはっきりさせる為だと教えてくれた。


 遅くならないうちに帰るように促すと、又遊びに来ても良いかと聞いてくる。

 今日はルッカス達と一緒だったので足止めされなかったが、レオナル一人では譬え貴族の身分でも通して貰えないだろう。


 ハリスンにレオナルと共に警備隊の責任者の所へ行き、名乗れば通す様に話をつけておいてと頼む。

 俺の返事を聞いてハリスン達がホッとしている。

 レオナルを助けて以来すっかり懐かれて弟分扱いをしていたし、ファルカナのお屋敷では綺麗なお嬢さんにメロメロだったからな。


 レオナルが帰って行った後は尋問タイム、特にハティーのお目々がキラキラで逃げるのは不可能だった。


 前回王都に帰った時に、グレンと共に王城に行き陛下にドラゴンを見せた。

 この時には王家の思惑で引き取って貰えず、皆のドラゴンも売る訳にいかなくなった。

 王家の受け入れ準備が整って晩餐会に正式招待されたのが、ギルドにドラゴンを引き渡す前の事。


 その晩餐会の始まる前に、大広間で俺の事を賢者と紹介されてしまったと話す。


 「王様の鼻先にドラゴンを出した、仕返しじゃねぇのか」

 「あんたは無茶をするからねぇ」

 「まぁ、ユーゴならだな」

 「それで、賢者って貴族とは違うの?」

 「それそれ、態々言うのって何かあるのか?」


 「ただの称号さ、色々な魔法が使える魔法の賢者って。前の家に色々と押し掛けてきたのは、陛下が俺を賢者と呼びドラゴンの討伐者と言ったからなんだよ。だから、俺の事を賢者と呼んだりしないでね」


 「貴族や豪商達の使いが押し掛けてきたのはそのせいか」

 「使いっぱとは言え、お貴族様や豪商の使い相手は疲れるからよぅ」


 「別な意味で、俺と誼を通じて甘い汁を吸おうって輩さ。だから皆もドラゴン討伐や壁の向こうに行った話はしない方がいいよ」


 「変な依頼が来ちゃ堪らんので言わねえよ」

 「そうそう、ハティーやボルヘンがいても、ユーゴが居なきゃあんな所へは行けないぜ」

 「まず、壁を越えられないわよ」


 「それなんだが、薬草採取に行っている間に、貴族や豪商以外にも俺の事を賢者と公表したそうで大迷惑。王様に取り消せって直談判したけど手遅れだったよ。これ以後は賢者と広めないと約束はしてくれたけれど、一度公表した称号は取り消せないってさ」


 「あんたも大変ねぇ」

 「気楽に生きている様だけど、ユーゴも苦労しているんだな」


 * * * * * * *


 レオナルと会ってから一週間程して、ブルメナウ会長がミシェルを連れて訪ねてきた。


 「ユーゴ様、ドラゴン討伐お目出度う御座います。まさか賢者と呼ばれるほどの魔法巧者とは存じませんでした」


 「討伐は依頼で受けたものです。それに賢者と呼ばれるとは思っていませんでしたので、大迷惑ですよ。お願いですから、会長は賢者と呼ぶのは止してください」


 「実はその事とは別に、と言うか関連して困った事が起きましてね」


 「もしかして紹介しろと?」


 深く頷かれてしまった。

 コッコラ会長にも紹介しろと詰めかけているかもと思っていたが、俺への紹介状を要求する書状が届いたと言ってきた。

 騒ぎになる前は依頼の用紙も届かなくなっていたので油断していた。


 騒ぎになった時も直接俺の所へ来るので、両会長のところへ行くとは思いもしなかったが全員追い返したのでそうなるのか。

 迷惑を掛けた事を詫び、リンガル通り15番地の俺宛に用件を記した書状を送るようにと言って貰う事にした。

 その際に紹介状を持っていると強要して書かせたと看做されると、相手に伝える様にお願いする。


 既に数十通の紹介状を書いて渡したが、その紹介状を持って俺の所へ行ったが受け付けられず、門前払いをされたと言ってくるのでと言葉を濁す。

 又かと思ったが、会長にお願いして紹介状を書いた相手の名を記してもらう。

 紹介状を要求した相手には、紹介状を差し出せば私に書くことは強要したと俺に思われますよ、と告げているそうだ。

 それでも諦めずに要求した者には、俺への紹介状を書いたことを詫びている。


 前回の治癒魔法騒動と違うのは、騎士達を寄越しての直接呼び出しが無い事だった。

 今回訪ねてくる者は腰を低くしてのお願いに変わったので、コークスやハリスン達も何とか追い返せたと言うことだった。

 それも王家が乗り出してきたので接触が不可能になり、何とか俺と接触しようと躍起になっているのだろう。


 俺に媚びを売っても、何の利益にも繋がらないとどうして判らないのだろう。

 そう考えていると、どうやら別の意味でミシェルにも被害が及んでいるようだ。

 ブレメナウ会長が言い難そうに、俺から貰ったクリスタルフラワーの事で困っていますと言う。


 話を聞くと、制服から香るクリスタルフラワーの移り香に気付いた上級生が、王妃様と同じ香りがすると騒ぎだしたので、入学祝いにクリスタルフラワーを贈られたことを伝えたそうだ。


 その上で父が王妃様に望まれてクリスタルフラワー採取を俺に依頼して、王妃様に献上したと言ったのが余計に悪かったらしい。

 王妃様に献上した物と同じ香りを、子爵待遇風情の娘が身に纏うなど不敬極まりないと責められたと。

 それからは彼女の取り巻きを含む数人から、出会う度にチクチクと嫌味を言われて困っているとのことだ。


 「クリスタルフラワーはオークションにも出品されているので、入手できなかった者の僻みでは?」


 「そうだと思います。王妃様に献上した時に、娘が二本入学祝いに貰ったと断っていたのですが」


 「オークションに出品されたのは三本で、落札出来なかったのでしょう」


 「相手の娘さんの素性は判りますか」


 会長に促されてミシェルが言うには、アブリアナ侯爵家の娘セリエナだそうだ。

 セリエナは高等部三年で、食堂なども高位貴族と下位貴族の子弟では部屋が違うのだが、態々ミシェル達の所までやって来るそうだ。

 思いついて会長の書きだした紹介強要者の一覧を見ると、ばっちりアブリアナ侯爵の名が記されている。

 これは可愛いミシェルの為にも、一度ご挨拶に伺う必要のある相手だ。

 治療依頼だったらがっぽりふんだくってやろうと決めた!


 * * * * * * *


 「コッコラ会長からも、紹介状を強要する者がいて困っているそうなので、此方で対処します。紹介を要求されたら私の住所を教えて、書状で依頼する様に言って下さい。紹介状を書かされた方には紹介状も添えてとね」


 下の警備の者に、依頼書や紹介状を受け取っておく様に頼まなくちゃな。

 ブレメナウ会長が俺の提案に「穏便にお願いしますよ」と苦笑しながら言って帰っていった。


 どんな反応が起きるのか知らないが、これから先グレンやハリスン達に彼等の相手をさせるのは可哀想だ。

 誰か適任者はと考えて心当たりが一人、体力は回復していると思うが無職かな。

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