第101話 王家の気遣い

 王都に帰り着いた時には十月になっていたが、薬草を引き渡せば完全に依頼完了なので、王都に帰り着いた翌日には王城に向かった。

 通用門で名乗り用件を告げると、前回同様さくさくと進む。

 男爵用控えの間でお茶を飲み終わる頃には、宰相の補佐官が迎えに来た。


 前回同様ヘルシンド宰相が待っていて、程なくして国王陛下もやって来る。

 今回は薬草の引き渡しのみなので簡単に終わったが、宰相が咳払いをして王都の住まいを確保できたと言ってきた。


 「君の望んだ広さのアパートを用意してあるので、男爵を続けて貰えないだろうか」


 「王家は十分俺を利用できたでしょう。これ以上男爵でいても大して役に立ちませんよ」


 「いやいや、君が我が国の貴族として居てくれるだけで、十分に貢献してくれている。ドラゴンの時の様な事の無い様に計らうので、今後とも宜しく頼みたい。それに爵位返上となれば各国の大使達が動き出すし、教会も黙ってはいないと思う。此の国を捨てれば良いと思うだろうが、もっと面倒な事になると思うぞ」


 「俺が在籍していれば良いのなら、公式行事出席は俺が王都にいる時に気が向いたらって事にして下さい。年に一度と言えども、他領に行くとなると結構な制約になるのです」


 俺の言葉を受けて宰相が陛下の顔を見ると、頷いている。

 良し! 余計な制約が外れたのでもう一押し。


 「それと賢者と呼ぶのは止めて下さい」


 「それは良いが、もう君の名は国中に広まっているので、賢者の称号を消すのは不可能だよ」


 「ユーゴ、一度広まったら取り消せないぞ。俺の時もドラゴン討伐の一員として、長い間持ち上げられたし余計な頼み事も多かったからな」


 グレンの奴裏切ったな、と睨んだが、肩を竦めて首を振っていやがる。


 「お前が魔法に造詣が深く、此の国随一の魔法使いで在ることに変わりはないからな」


 「オンデウス男爵の言う通り、君が優れた魔法の使い手であるのは間違いない。我々が言い出さずとも、何れ賢者の称号は付くだろう」


 コークスやハリスン達に被害が及ばないように、この辺で手を打っておくか。


 * * * * * * *


 薬草を引き渡した翌日、王家の使いが来て用意されたアパートを見に行ってびっくり。

 リンガル通り15番地の四階建ての二階、通りも建物も立派で高級住宅街だ。


 「何とまあ、凄いお屋敷じゃない」


 「二階部分だけだよ。とは言え広そうだな」


 「まあ、あの家が狭過ぎたんだよ」

 「そうそう、男爵様が一間の家に住んでいるとはね」

 「少しは貴族らしくなるんでねえの」


 「ユーゴ、中に入ってみましょう♪」


 好奇心丸出しのハティーに引っ張られて建物に入ったが、折り返し階段を上がって玄関ホール。

 厨房・食堂・サロンに使用人の控え室を除いても広い部屋が八室、案内人によれば中流階級の者が住まう家だと教えてくれた。

 確かに、コッコラ商会やブルメナウ商会の屋敷と比べて建物は小さい。


 他の階の住人の事を聞けば俺以外は、一階左の数室が警備隊詰め所になる以外住人はいないと言われてしまった。

 賢者と呼ばれて以来、グレスビ通りの家に来客が押し寄せて困ったと文句を言ったので、虫除けに警備隊詰め所を付けたようだ。


 「凄いわねぇ~、どの部屋も立派な家具が揃っているわ」

 「お貴族様の家のようだな」

 「ユーゴは男爵様だぜ、当然だろう」


 「いやいや、男爵がこんな豪華な家に住める訳ないよ」

 「でも此処を借りたんだろう」

 「お家賃が凄そうねぇ」

 「ちょっと贅沢しすぎじゃね」


 「あっ、これは王家が貸してくれたのでただだよ」


 「ドラゴン討伐の英雄が、あんな小さな家じゃ格好が付かないので王様も気を使っているんだな」

 「此れだけ広けりゃ、家具を放り出したら訓練に使えるな」

 「無茶を言うなぁ~」


 「いや、家具は全て片付けて貰うよ。俺には立派すぎて使い辛いし掃除が面倒そうだから」


 「えぇ~、こんな立派な部屋に住めるのに」


 「じゃあーハティはご立派なベッドでお休みください。俺はアパートのベッドか野営用のベッドでいいよ。それに使用人を雇ったりするのも面倒だもの」


 「それもそうね。ホテルのベッドか野営用の簡易ベッドが気楽よね」


 使いの者に家具は要らないと宰相に伝えてと言ったら、呆れた顔をされてしまった。


 翌日には多数の人間が来て、家具調度類全てを三階の部屋に移動させてしまった。

 やることが素速いというか、空き部屋が多いので持ち出さなくて良いので簡単に終わった。


 同時に警備隊詰め所にも警備兵が詰めて、責任者が挨拶に来た。

 邪魔者だけ排除してくれれば御の字なので、俺達が通る時には挨拶は一切不要と言っておく。

 狐と狸は相当気を使ってくれているようだ。


 * * * * * * *


 皆が獲物を売りに行き、ギルドでドラゴンのオークション価格を聞いてきた。

 ドラゴン1頭、364,300,000ダーラだと大興奮で教えてくれた。

 一人当たり33,000,000ダーラちょいか、他の野獣や薬草代金を含めると35,000,000ダーラを越えそうなので、誘った甲斐がある。


 商業ギルドに寄ると、冒険者ギルドから俺の口座に振り込まれてきたと報告を受ける。

 取り敢えず一人頭33,000,000ダーラを振り込み、残金は薬草代と旅の費用を貰ってから精算すると皆に伝える。


 * * * * * * *


 「おいおい、アパートをまるまる一軒貰って仰天したが、此処も大概にでかいな」


 「でも借り物だよ。家賃は必要無いけどね」


 「陛下も、お前相手では勝手が違って大変だな」


 「いやいや、こっちも結構面倒くさいのよ。まあ、行動の制約が無くなったので、落ち着いたらシエナラにでも行くかな」


 「俺も行ってみたいな。適当な森でそこそこ獲物が居る場所って最高だろう」

 「蓄えもたっぷり出来たし、アパートの家賃で生活は楽になったからな。真面目な冒険者をやる良い機会だ」


 「でももう暫くは大人しくしてないと目立つので、訓練にでも励みますか」


 「あんたは未だ訓練をするつもりなの」


 「魔力の調整をしないと強力すぎるんだよね。ストーンランス一発でも威力が有りすぎて使い辛いんだよ」


 「まぁねぇ~。あの大きなドラゴンを一発で撃ち抜いていたものね」


 * * * * * * *


 俺が王都の外で魔力調整をすると言うと、何故か皆が付いてくる。

 幸いグレン親子は来ていないが、10人の冒険者が貴族専用通路を通るのはちょっと目立ちすぎ。

 魔力の調整だけなので一時間ほど歩き、以前グレン達の魔法練習に使った所へ行く。


 「こんな所でやるのか」

 「ユーゴの魔法は派手だから、音が王都迄聞こえるんじゃないのか?」


 「今日はアイスランスだけだなので大した音は出ないよ」


 50m地点に的を作り、アイスランスを射ちながら鑑定を使って魔力の減りを確認する。

 10発射って残魔力が65、百分割の魔力だから標的+10発なので間違いなさそうだが、思った通り威力が上がっている。


 残魔力が65なので、此の魔力を100分割して10発射ってみるが余り威力が落ちたように思えない。

 (鑑定!・残魔力)〔魔力・58〕

 今度は残魔力58を100分割してアイスランスを射つ。


 「威力が少し落ちたわね。此れって送り出す魔力量を少なくしているの?」


 「そう、ハティーの治癒魔法でも魔力を絞らせただろう。一回の魔法に使う魔力が少なければ使える回数が増えるからね。常に使う魔力量を把握しておけば、いざという時に安心だし、使う魔力を増やせば威力を上げられるんだよ」


 「あんたが自在に魔法を使えるのは、魔力をコントロールしているのも関係しているのね」


 魔力が58の100分割でも安定した魔法が使えるので、単純計算で125回魔法が使える計算になる。

 もう一度同じ魔力量でアイスランスを射ってみるが不都合は感じられ無いので良しとする。


 「満足そうね」


 「ああ、今の状態なら125回魔法が使える計算になる。魔力切れを防ぐ為に100から110発に押さえるけど十分だろう」


 「未だ魔力切れを続けているの」


 「しているよ。ハティーは?」


 「私もやっているわ」


 「なら、回復時間が短くなっているのが判るよな。ハティーの場合は魔力も増えているし」


 「昨日鑑定してみたら、72になっていたわ」


 「時々魔法が安定して発現する、最低ラインを知っておいた方が良いよ」


 「あの治癒魔法でそれは感じたわ、それで今日は付いてきたのよ」


 そう言って俺の標的を使って、ファイヤーボールを射ち始めた。

 ファイヤーボールの大きさをみれば、一回の使用魔力が増えれば判りやすいからな。

 それを見てホウルとボルヘンがやって来て的が欲しいと言いだした。

 結局こうなるのかとホウルには30mの位置に、ボルヘンには50m位置に的を立ててやる。


 そして他の者は袋竹刀を取り出し、対人戦訓練と言う名の叩き合いを始めて大騒ぎ。

 まるで小学生の遠足か運動会のような騒ぎになり、俺一人脱力気味で見学となった。


 * * * * * * *


 新しい家にも慣れた頃、外出していたホウル達三人がレオナルを連れてきた。

 聞けばすれ違った馬車からルッカスを呼ぶ声が聞こえて、振り返るとレオナルが手を振っていたそうだ。


 「フェルナンド男爵様、お久し振りで御座います」


 「ん、俺が男爵になったのを良く知っているな」


 「国王陛下が、フェルナンド様を賢者とお呼びしたと父から聞きました」


 「あぁ~、レオナル、俺の事は以前と同じユーゴな。それと賢者は忘れてくれ」


 「でも父が、フェルナンド様は男爵ながら国王陛下のお側に立つ御方なので、お会いする事が在れば失礼の無いようにと」


 「大丈夫だよ。以前と同じユーゴで頼む」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る