第106話 賢者の影響
崩れ落ちたセリエナを談話室から医務室に運び込んだが、怪我はしていないし程なくして目覚めたので、貧血だろうと言われて早退することになった。
一度に五人も担ぎ込まれた医務室ではパニックに陥りかけたが、次々と目覚めた少女達が震えながら家に帰りたいと言いつのるので、帰らせることにしたのだ。
アブリアナ侯爵邸では、早退してきたセリエナの様子が余りにもおかしいので当主に報告がなされた。
その為、学院に付き添うメイドと護衛を呼び寄せて詳しい話を聞こうとしたが、護衛の男は顔色を青くして言葉にならない。
メイドはお嬢様が談話室で倒れたとしか連絡を受けていなかった。
ただ、セリエナが倒れた場所が下位貴族の子弟達が使用する談話室と聞き嫌な予感に襲われた。
その為に仕事の補佐として常に傍らに控える、嫡男のラングスに確認する。
「お前、セリエナにきちんと言い聞かせたのか?」
「はい、ミシェルには関わるなと申しつけました」
「それだけか、お前はセリエナの護衛を見ただろう。そしてセリエナが倒れたと、先日のお前と護衛達とよく似ていると思わないか」
「まさか・・・そんな。セリエナにはミシェルなる者には関わるなと申しつけました。それに貴族学院の中に、男爵風情が勝手に入れる訳が無いでしょう」
アブリアナ侯爵は、セリエナの護衛に気付けの酒を飲ませて、見聞きした事を全て聞き出せと執事に命じた。
ラングスは何かと考えや行動が甘く、今回もミシェルに関わるなと一言言っただけなのかもしれない。
メイドの言葉から自分達の談話室ではなく、下位貴族の談話室で倒れたのならミシェルの所に行ったのは間違いない。
疫病神の目の前でミシェルに絡めばこうなって当然だが、警告を受けたのは私だ。
警備を強化するか、強化して彼を阻止出来るだろうか。
陛下はあの男を魔法の賢者だと言ったし、十大魔法の内八つまでを自在に使い熟すと噂されている。
それにあの魔法の威力だ、手勢を掻き集めても勝てるとは思えない。
出来る事は少ない、周囲から手を回して王国に居られなくするか暗殺か。
あの男を陛下が手放すとは思えないし、他国に追いやり恨まれて此の国に仇なす事になれば不味い。
暗殺は出来るだろうか? 使えない魔法は水魔法と風魔法と言われているが怪しいものだ。
四大攻撃魔法に転移魔法と結界魔法が有ればほぼ無敵だろうし、あの服には耐衝撃・防刃・魔法防御の魔法が付与されていると思って間違いない。
彼には『敵対する気は無い』と明言している以上、取るべき手段は一つだけだと覚悟を決める。
「セリエナを呼べ!」
「お嬢様は伏せっておりますが」
「構わん、連れて来い!」
「父上、何をなさるおつもりですか?」
「お前の尻拭いだ。私の指示通り、あれにキツく言い聞かせておればこんな事にはならなかったのに」
メイドに支えられて現れたセリエナの顔色は今も優れぬようだ。
「お祖父様、御用でしょうか」
「お前には貴族学院を退学して貰う。もう一つお前が引き連れていた者達の名を言え!」
「何故で御座います! 私が何か致しましたか?」
「お前はラングス、父親から注意を受けたはずだが何を聞いていた。お前の事を伝えに来た男はユーゴ・フェルナンド男爵、国王陛下が賢者と呼び称える者だ。お前が王妃の名を騙り、ミシェルなる少女に嫌がらせをして王妃に媚び、クラリスの立場を支えていたつもりだろうが逆効果だ」
「私はそのような・・・」
「それと、モーラント伯爵家の娘ルシアナからお前に『嫌味を言う為に、ミシェルの所まで来る必要は無くなった』とフェルナンド男爵からの伝言だそうだ。お前はゆっくりと療養しているが良い」
「待って下さい、お祖父様!」
セリエナは、侯爵に命じられたメイドと執事によって自室へ連れ戻された、
「父上、少し厳しすぎませんか」
「厳しいだと? お前も色々と報告を受けている筈だが、フェルナンド男爵のことをどう思っている」
「彼の魔法を見ましたが国内随一の使い手に間違いないでしょう。あの威力と連射は貴族に取り立てるに十分値します。ドラゴン討伐を成したことも含めると子爵程度に取り立てても良いかと」
「子爵程度か。初めて彼の魔法が披露された時、各国の大使達を見たか。あれ程の威力と連射能力に強力な結界魔法、彼一人で王国の魔法部隊以上の戦力だ。それを理解した大使達の顔は引き攣っていたな。エレバリン公爵邸の異変の際、彼は一人で公爵邸に乗り込んでいる。王国の騎士団や官吏達は後から片付けに回ったほどだ。その時公爵家の魔法部隊の一部を引き抜いたが、王家は黙ってそれを許した。引き抜かれた者の中には、数週間で格段に腕を上げた者が多数いる。ロスラント子爵に預けられた治癒魔法使いは、数ヶ月で王家の上級治癒魔法師を凌ぐ程だと言われている。判るか、治癒魔法を授かったがまるで使えなかった娘を数ヶ月でだぞ。クラリスを頼って王家に取り入るのも良いが、コランドール王国は陛下が治めている」
「それは十分承知致しております。なれどエレバリン公爵家が消滅した穴を埋める位置に・・・」
「もう良い。フェルナンド男爵が現れなければ、お前のやることを黙って見ていただろう。だが状況が変わったことを、お前は理解出来ていない様だな。もう一つ、ドラゴン討伐を陛下が内外に知らせたが、それ以前に異変があった事を知っているか」
「はい、どこぞの伯爵家が取り潰されたと聞きましたが、それが何か?」
「そうか・・・」
どこぞの伯爵家か・・・ラングスにアブリアナ家を継がせるのは心許ないな。
フェルナンド男爵に依頼を出して招待したが、陛下に目を掛けられるだけの器量が有るのか試したのは不味かった。
それに貴族学院内部にまで、身軽く入って行くとは思いもしなかった。
フェルナンド男爵と敵対する気は無い、その言葉に嘘は無いが、なれどやる事なす事裏目に出ている。
執事のムルバを呼ぶと、紹介状を書いて貰ったコッコラ商会長に無理を言った事を詫びに行かせた。
ついでブルメナウ商会のミシェルに、セリエナが数々の無礼を働いた事を詫びる手紙を認め届けさせた。
その後先触れの使者としてムルバを送り、訪問の許可を貰った。
* * * * * * *
翌日アブリアナ侯爵はムルバを伴ってリンガル通り15番地を訪れ、フェルナンド宅のドアをノックした。
フェルナンドとの会見は簡潔なものだが、セリエナを御しきれなかったことを詫び、ミシェルの学院生活に支障が出ない様に取り計らったと伝えた。
其れに対し、ユーゴは謝罪を受け入れると同時に侯爵邸での無礼を詫びた。
アブリアナ侯爵が帰った後、又々質問の嵐がユーゴを襲ったが今回は何も話さなかった。
ただホリエントだけが『侯爵の身で直接謝罪に来るとはな』と言い、エレバリンが配下に喚き散らして逃げ出したのと比べている様だった。
俺も黙って引き下がると思っていたのだが、執事が先触れとして現れた時に(あの男は、国王とはタイプの違う狐か狸に間違いない)と感じたことが当たっていたと知った。
その日の夕暮れ前にはブルメナウ会長から、アブリアナ侯爵よりミシェルに対して、セリエナの無礼を詫びる書状とお詫びとして宝飾品が届いたと連絡が来た。
翌日にはコッコラ会長より、アブリアナ侯爵の執事が紹介状を書かせた謝罪に現れたと連絡が来たが、その後を濁して書いている。
ホニングス侯爵の様な事はしていないのだが、その方面を心配している様なので、自分の所へは侯爵本人が来て話し合って和解したと連絡しておく。
俺ってそんなに乱暴者に見えるのかねぇ~。
やれ此れで収まったと思ったが、レオナルに見られていたことを忘れていた。
学院の休みの日にレオナルが突撃してきて、どうして談話室にいたのか、何故それ迄誰も気付かなかったのか?
俺の姿が突然ミシェルの後ろに現れたように見えたけれど、どうなっているのと質問の連射を浴びる。
それをルッカスやホウルが興味深げに聞いているが、俺の隠形スキルを知っているのでニヤニヤと笑って見ている。
俺を助ける気が全然無いようなので、今夜の対人戦の訓練では腕の一本もへし折ってやろうかしら。
学院では数日後にセリエナの取り巻き達が談話室に現れ、ミシェルに謝罪した後は近寄らなくなったそうだ。
ただ、俺の名は学院でも結構知られていた様だ。
と言うか魔法を授かった者達が指導を受けるのだが、魔法の指南係から俺の事を聞かされていて、レオナルやミシェルの所へ紹介してくれと頼みに来る者がいると聞いた。
一難去ってまた一難、もう一度貴族学院へ行く必要が出来てしまった。
発行して貰った身分証は無期限の物なので、近々副学院長に面会して紹介を強要しないようにお願いしておくと約束した。
* * * * * * *
再び王立貴族学院へ出向いて副学院長に面会を求め、レオナルやミシェルに俺を紹介するように要求するのを止めさせてくれとお願いする。
副学院長はそんな事になっているとは知らなかったと、即座に止めさせると約束してくれた。
しかし耳の早い者が居るのか、魔法指導の教官が学院長室に飛び込んで来た。
「フェルナンド男爵様にお願いが御座います! 是非魔法を授かった生徒達の手ほどきをお願いしたい!」
やれやれ、後先見ずに跳び込んで来る奴は何処にでもいるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます