第85話 壁

 俺達の備蓄分とハリスン達が買い集めた食糧で二月程度は大丈夫そうなので、フェルカナに向かって出発する。

 総勢12名でシエナラを出発したのが11月の半ばで、そろそろ木の葉も落ち初めていて都合が良い。


 相変わらず視線を感じるが、敵意が無いので放置している。

 サモン村から森に入れば視線が消えるのか、はたまた監視者の場合は何処まで着いてこられるのか、そちらの方が興味がある。

 フェルカナからはサモン村を目指して歩き始めたが、視線の数も増え監視者に違いない。


 * * * * * * *


 「馬車をコッコラ商会に預けて歩き出しただと。何方へ向かっている!」


 「総勢12名、シエナラ街道を王都方面へ向かっています」


 総勢12名、大量の食糧を持って王都方面・・・あの男の魔法の威力なら、ドラゴン討伐か?


 「サモン村から森に入ったなら直ぐに報告しろ! 五日間追跡して更に奥地に向かう様なら引き上げろと伝えろ」


 陛下はドラゴン討伐を依頼する為に、奴を男爵にしたのではあるまいな。

 あの魔法の威力を見れば、ドラゴン討伐を依頼したくなるのも判るが・・・

 ドラゴン討伐なんぞ、そうそう成功するものではないし、高価な薬草だけでも滅多に採取されない。

 壁まで行ける者はごく少数で奥地の薬草は高価で貴重だ、そのの高価な薬草は我がザワルト家が王家に献上する物だ。


 * * * * * * *


 「何処にも寄らず討伐もせずに奥地へ向かっているな」

 「ああ、伯爵様の見立て通りだが、あの人数なら薬草採取に違いないと思うぞ」

 「もう引き返しても良いんじゃねぇか」

 「念には念を入れて確認だ。俺達の稼ぎにも影響するからな」


 斥候で追跡担当の男が停止の合図を送ってくる。

 またか、彼奴らも用心深く時々周辺を探るので気が抜けない。


 * * * * * * *


 「み~っけ♪ 皆避難所に籠もって暫く休憩していてよ」


 「あんた、又悪い顔になっているわよ」

 「今度は何を企んでいるんだ?」

 「こんな時のユーゴには近寄りたくないね」


 「森のお友達を紹介してやろうって思ってね」


 「紹介って、後ろの奴等にか?」


 「そう、後を付いてくるだけじゃ暇だろうし、冒険者なら獲物も欲しいだろうと思って」


 「そのお友達って、何よ?」


 「気配からして、オーク6~7頭って所かな」


 「仲良くなれるかしら」


 「気に入らなけりゃ、別口もいるから大丈夫! ちょっと行ってくるね」


 * * * * * * *


 「これだ! 又ユーゴの腹黒さを、た~っぷりと見せられるのか」


 「面白そうな話ね。教えてよグレン」

 「是非聞かせて欲しいな」

 「彼奴に掛かると、敵対した奴が可哀想になるからな。で、話せよ」


 グレンは皆の期待に満ちた顔に囲まれて苦笑いになりながら、フィラント伯爵邸での出来事を話した。


 「あっきれた! 自分で射ち込んだアイスアローの傷を治して、金貨300枚もせしめたの」


 「相手の伯爵殿も、呼出状を依頼書だと言ったものだから、治療費を払わざるを得なかったのさ。俺も頼まれて同席したが、決闘の立会人にされるところだったぞ。その代わり手間賃と言うか口止め料として、金貨100枚を貰ったけどな」


 「その伯爵様も、お可哀想にねぇ~」


 ハティーがしみじみ呟くと、皆がニヤニヤと笑っている。


 「まっ、下位貴族を侮って配下の者に好き勝手をさせた報いなので、同情する必要は無いな。それより今度は何をやらかすのか、後で詳しく聞かせて貰わないとな」


 * * * * * * *


 樹の枝から枝へとジャンプして、オークを確認すると目の前に飛び降りる。

 いきなり目の前に現れた俺を見て〈ウゴッ〉とか〈ギャッ?〉なんて言って、首を傾げる可愛いオークちゃん。


 鼻面に柔らかいアイスバレットを叩き込むと、発狂して襲い掛かって来る。

 さあ鬼ごっこの始まりだ、後をつけてきている奴等の方へ向かって走り出す。


 グレンやコークス達の潜む避難所の側を走り抜けたが、オーク達は気にも留めない。

 お友達を直接紹介すると俺の顔を見られるので、茂みの直前で上空へジャンプし奴等の向こう側へ降りる。


 「おい! 何か凄い勢いで走ってくるぞ」

 「糞ッ、戦闘用意!」

 「相手は何だ!」


 おー慌ててる慌ててる♪

 俺の姿が消えて戸惑っているオークの群れに向け、奴等の背後からアイスバレットを放物線を描く様に射ち込む。

 直接オークは見えないが、俺が飛び越した茂みに向けアイスバレットを数発射ち込むと、思惑通りオークが茂みに突っ込んだ。


 茂みを突き抜けたオークは、槍や剣を構えた冒険者達がお出迎え。

 双方紹介の手間も省けて、即行で戦闘に突入したがオーク七頭対冒険者九人。

 面白そうだがのんびりと見物している暇は無いので、俺に一番近い奴の背にアイスバレットを射ち込む。


 オークに向かって戦闘態勢のところを、後ろからアイスバレットを喰らって崩れ落ちる。

 すかさず男の傍にジャンプして襟首を掴むと、遠くの立木を目指してジャンプ。

 男の意識がはっきりする前に両足を土魔法で固定して、両肩にアイスアローを射ち込んで抵抗出来ない様にする。


 「誰だ、お前は・・・というかオークは?」


 肩の痛みで目が覚めたが、状況が理解出来ない様だ。

 親切な俺は男の背後を指差してやり、横たわっていては見えないだろうと土魔法で身体を持ち上げてやる。


 「遠くに煌めく物が見えるだろう。お仲間達がオークと戦闘中だが、お前には聞きたい事が有って来て貰ったんだ。誰に命じられて付け回す?」


 「何の事だ・・・それよりも此れはお前の仕業か、許さんぞ!」


 「ん~、長々とお話しする気は無いんだ。誰に頼まれた? 言わないともう数本アイスアローを射ち込んでから、此処に放置するよ。後はどうなるのか判るよね」


 「何の事か知らんが止めてくれ! こんな所で死にたくない」


 「なら聞いたことに答えろよ。喋る気が無いのなら放置するぞ」


 何も言おうとしないので足の固定を外し、両太股にアイスアローを二本ずつ射ち込み放置してグレン達の所へ戻る。


 * * * * * * *


 「お待たせ~」


 「仲良くなれたのかしら」


 「ん~、紹介する前に手槍や剣を構えていたので、気が合わないみたい」


 「無理もない。俺達だってオークとお友達にはなりたくないからな」


 奴等が行きに手を出さないってことは、帰りが恐いって事で用心すれば良いだけなんだけど、それ迄生きているかな。

 森に入って十日もすれば、出会う野獣も街の近くでは見ない大きな奴が多くなってきた。


 「こりゃ~、シエナラより獲物が多いんじゃないのか」

 「ハティーのドームが無けりゃ大変だぞ」

 「俺達もホウルがいなけりゃ帰りたい気分です」

 「俺もハティーさんが居なけりゃ、とっくに魔力切れになるので帰ってますよ」


 「でもまぁ、ユーゴが居るので何とかなるだろう」

 「グレンよう。本当にこの道で良いのか?」

 「サモン村から北へ進むと、壁に突き当たるんだ。其処まで行くのが大変で、其処らか先がもっと大変になるんだ」

 「俺はユーゴの話に乗ったのを、ちょっと後悔してます」


 「此処まで来たら諦めなよ。貴重な経験とお宝を夢見て頑張れ~」


 * * * * * * *


 皆の愚痴を聞きながら17日目に壁の前に立ったが、推定・・・高い!。

 10~15階建てのビルの下から見上げた感じだが、窓などが無いので高い崖としか判らないし登れるのかと問われれば無理!


 「確かに壁だねぇ」

 「壁と言われりゃ間違いねぇな」

 「こんなの登れるの?」

 「道がない事はないだろうけど、登りたくは無いよ」


 垂直とは言わないが其れに近い断崖絶壁、て言うより岩の断層だな。

 此処まで来るのも大変なのに、よくこの先へ進もうと思った奴がいたなと感心する。

 人跡未踏の地へ突き進む奴は、何処の世界にも居るって事かな。

 グレンに何処から壁に取り付くのかと問えば首を捻っている。


 「何せ30年以上前に、案内人の後を付いて来て辿り着いた場所だからな。こんな一枚岩じゃ無く、六角形の岩の柱が密集している所だったぞ。その柱の隙間を伝い落石で出来た岩の隙間を進んで行ったんだ」


 30年以上経っていれば森の景色は変わるし、案内人に付いてきたのなら詳しい場所に連れて行けってのは無理か。

 六角形の岩、柱状節理の場所を探して歩くのは時間が掛かり過ぎるので、俺一人でジャンプして探した方が早そうだ。


 万が一の事を考えて崖に穴を開けて、トンネル状の野営地を作る。

 皆には十日程待って貰い、俺が戻ってこなければ帰って貰う事にした。


 「あんた一人で大丈夫なの?」

 「二手に分かれて探した方が早くないか」


 「大丈夫だよ。歩くより速い方法があるからね」


 翌日の早朝、野営地に作ったトンネルの前に目印の石柱を二本立てると、隠形で姿を隠してから上空へジャンプする。


 「相変わらず、あの子の隠形は凄いわね」

 「時々思うけど、彼奴はいったい幾つの魔法が使えるのかと」

 「俺達に魔法やスキルを与える事が出来るんだ、全魔法とスキルを自在に使えても不思議じゃないな」


 「アッシーラ様じゃ無いので、魔力の無い奴には無理だと言ってはいるが、魔法の事を熟知しているのは不思議だぜ」


 「グレンは、奴の本気の魔法を見た事は有るのか?」


 「本気では無いが、王家の魔法師団が束になっても勝てそうも無い威力だったぞ。ファイヤーボールなんて、自分の背丈の倍以上だったからな。初めて国王陛下に披露した時は、魔法訓練場の防護壁を軽く吹き飛ばしたと聞いたな」


 上空にジャンプして結界を張ると再び上空に上がる。

 三度繰り返して推定高度300m直径30m以上の結界を作り下を見てびっくり。

 確かに壁だ、それも不揃いな壁が延々と続いているではないか。

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