第86話 転移魔法

 結界を小さくして急降下し、壁の上へジャンプする。

 下から見て草木は見えなかったが岩にしがみつく様に木や草が生えている。

 だが崖っぷちは水が流れ落ちる為か落ち葉や枯れ草一つない。

 もう一度上空へジャンプして大きな結界を張り、落下速度を落としてじっくりと周囲を観察する。


 壁とは言い得て妙、三度上空へジャンプして下を見ると壁の幅は一定せずそれぞれだ。

 狭いところで100m有るか無しか、広いところで4~5倍の幅がある。

 ご丁寧に手前も奥も切り立った崖になっていて往来が断絶されている。


 こりゃー元の世界に帰れば、世界の奇景100選確実だと思う。

 しかも俺達が野営用のトンネルを掘ったところは、他に比べて少し低くなった所だった。

 地上に降りて調べてみたが、地上と言って良いのか疑問だ。

 腐葉土や草が倒れて積み重なった上に小木や草が生えているが、少しの干ばつで全て枯れてしまいそう。


 陽が中天に掛かるまで東に向かって何度もジャンプしたが、壁の上は何処も変わらぬ景色が続くばかりである。

 二日目の夕暮れ前に柱状節理が延々と続く場所に辿り着いたが、グレンを連れて来ても通路を見つけるのは至難の業に思える。

 見つけられるとしても何日掛かるのか、此の場所に辿り着くのに歩きでは無理と諦め戻る事にした。


 * * * * * * *


 目印の柱を見つけたが何やら様子がおかしい。


 ドームと避難所の中から何かを攻撃しているので、結界を五m程に保ったまま地上に降りた。

 猫の群れ? 濃い紫色の身体に尻尾に純白の輪が二つ。


 猫って群れるのか? と言うか体長1.5m程度で太い尻尾が2m前後の虎、チーター、ライオン・・・たてがみは見当たらないので違うか。

 死体が七つ八つ転がっているのに、未だ十数頭の姿が見える。


 猫達は俺の姿は見えないので完全にドームと避難所に意識がいっているので、アイスランスで遠い奴から射抜いていく。

 八頭目を射抜いたところで異常に気付いたのか、群れが引き上げていく。

 隠形を解除して地上に降りると、俺の姿を見てドームと避難所から皆が出て来る。


 「何処まで行っていたんだ?」


 「んーと、東に向かって行って来たよ。グレンの言っていた柱状の崖を見つけたが延々と続いていた。と言うか、此れは?」


 「おお、暇なので鑑定を使って薬草を探していたんだ」

 「俺達も少しは鑑定が使える様になったからな」

 「所がよう、ハティーが何かが近寄ってくるって言いだしたのでな」

 「取り敢えずドームを作り、ハリスン達にも知らせたんだ」

 「暫く様子を見ていたんだが、静かなもので何も判らない」


 「そこでハティーが小弓を藪に射ち込んだら」

 「おお、ビックリしたぜ」

 「あっという間に猫の大群が飛び出して来たんだ」


 「此れってなんて奴なの」


 「以前はこんな奴に出会わなかったから知らねぇぞ」

 「グレンが知らないのなら高く売れそうだね」

 「よーし、転がっている奴をマジックバッグに入れろ」


 危険が去ったら現金なもので、そこ此処に転がっている猫をマジックバッグに入れている。

 此処に到着するまで討伐は疎か薬草一本手にしていなかったので、冒険者の性が疼く様だ。


 「どうしたのボルヘン」


 「いやいや、ハリスン達の索敵に引っ掛からない奴がいるなんて思って居ませんでした」


 「ハリスン達も相当腕は良いけど、上には上がいるからね。奴等だけに頼らず自分でも索敵の練習をした方が良いよ」


 「そうします。気の良い彼等をユーゴに世話して貰って、安心しすぎていました」


 「冒険者生活は気に入ったかな」


 「無理矢理魔法部隊に入れられて大変だったので、今の生活に満足しています」


 遣る気が有るのは良い事なので(索敵スキル・索敵スキル、貼付・貼付)と内緒でプレゼントしておく。


 「ハリスン達に聞いて、練習を怠らなければ使える様になると思うよ」


 その夜皆を集めて、グレンの通った道を探すのは日数が掛かって大変なので、秘密の方法で壁の向こうへ行くと告げる。

 どんな方法なのか聞かれたが、明日のお楽しみと告げて笑っておく。


 * * * * * * *


 キャンプ地のトンネルを封鎖すると、全員を集めて結界を張る。

 ついでコークスとハティーの手を取りジャンプ!

 壁より少し高く跳び、そのまま水平移動して着地する。


 「えっ」

 「おいおい、結界内で隠形で何を?」


 突然三人のの姿が消えたので、何故こんな所で隠形を使うのかと不思議がるキルザ。


 「エッ・・・」

 「何! ここは?」


 「説明は後で、結界を張っておくけど此処を動かないでよ」それだけを告げて再びジャンプ。


 「お待たせー、次ぎキルザとボルトね。手を出して」


 「おいおい、二人はどうしたんだ?」


 「説明は後で! 早く手を出して!」


 訳が判らないようなので強引に手を繋ぎジャンプして、コークスの目の前に跳ぶ。


 「ウォー、何処から出てきたんだ?」

 「ちょっとちょっと、ユーゴったら」


 「何でコークスとハティーが目の前に?」

 「てか、ここは何処だ? さっきの場所と違うよな」


 「直ぐに戻るから待ってて」


 あ~忙しい、総勢11人運ばなきゃならないし、上に跳んだら今度は下に降ろさなきゃならない。


 「ほい、次はグレンとオールズね」


 この二人は肝が据わっているのか、何も判っていないのか素直に手を出した。

 しかし、何も判っていなかったと直ぐに知れた。


 「エッ・・・此処は?」

 「何だよう、何が起きたんだ」


 俺が何をしているのか気付いたのはボルヘンだけだった。


 「まさか・・・転移魔法まで使えるのですか」


 「気付いたの?」


 「公爵様が転移魔法使いを領地で訓練していると聞いていましたので。それに領地から来た騎士の方が、転移魔法の事を話しているのを聞いた事があります。いきなり姿が消えると壁の向こうに居ると」


 エレバリン公爵の糞野郎に命じられて、俺を襲った暗殺者の事ね。

 その騎士ってのは、共に剣の稽古でもしていた奴かな。

 二人とも任務に失敗し、仲間に殺された事は黙っていよう。


 転移魔法と聞いて、ハリスン達がワクテカ顔で手を差し出すのには笑った。

 壁の上の結界の中に全員揃って一息つくと、質問の嵐になって大変だ。


 此処が壁の上だと判らせる為に全員を崖っぷちに連れて行き下を覗かせる。

 手すりもない高所から下を覗いて腰が引ける者多数、俺の立てた二本の石柱を見て初めて信じた。


 それからが又大変で、その筆頭がハティーだ。

 壁の下から此処まで一気に上がれるのなら、もっと高いところまで上がれるのかとお目々キラキラで問いかけて来る。

 ちょっと嫌な予感、こんな目をする奴は高い所大好き人間が多い。

 さっきも平気な顔で崖っぷちに立ち、下を覗き込んでいたからな。


 今は全員を連れて来るのに色々魔力を使って疲れていると逃げたが、下から上に跳んだだけだから12回しか魔力を使ってないと言ってくる。

 下から崖っぷちより少し上に跳び、そこから結界の中に跳んでいる事。

 そのままだと石の如く落下するので、落下防止に一回ずつ結界を張っていると教えると、指折り数え始めやがった。


 魔法の練習もそうだが、ハティーは執着すると粘着質になる傾向があるのを忘れていた。

 その性格で土魔法もあっさり上達したし、索敵も上達した。

 氷結魔法も土魔法と基本的に変わらないのであっという間に習得している。

 治癒魔法はゴブリンが協力してくれないとむくれていたが、ハティーの為にゴブリンが生息している訳では無い事を忘れている。


 ハティーの〔ちょっとお空の上に行ってみたいの〕攻撃に耐えかねて、魔力が完全回復したらと約束させられた。

 コークスが可哀想な子を見る目で俺を見ているが、亭主なら助けろよ!


 壁の上で一夜を明かしハティーに叩き起こされたが、快晴の空が恨めしい。

 下へ行くにも何があるのか判らない、調査は必要なのでハティーとの空中散歩がてら偵察して来る事にした。


 ハティーには空へ上がると耳が痛くなると教えて、唾を飲み込む耳抜きの練習をさせてから、防御障壁を張り腕を取る。

 絶対に暴れるなと念を押してからジャンプ、何時もより大きな結界を張り隣を見ると片手で耳を押さえている。

 「ハティー、息を止めて唾を飲み込め!」俺の声に耳抜きを思い出したのか慌てて口を閉じてゴックンしている。


 * * * * * * *


 「おお~、本当だ!」

 「いきなりあんな所に現れたぞ!」

 「何か落ちてきている気がするんだ・・・消えた?」


 「いや、もっと高い所に見えるぞ!」

 「本当だ! あんなに小さく見える所に」

 「また消えたぞ」

 「駄目だ、何処に行ったのか判らないな」


 * * * * * * *


 「ねぇ~、落ちるって言ってたけど?」


 「ああ、大きな結界を張って落ちる速度を調節しているんだ」


 「大きな結界?」


 「もう一度上へ上がった時に見せるよ」


 話している間に高度が落ちたので再度上空へジャンプ、虎姐ちゃんのヴェルナと同じ琥珀色の結界を展開する。


 「あれっ、何か色が付いているわよ。それにしても大きいわねぇ~」


 「見える様に色を付けたのさ。此れ位大きいと落ちるのが少しゆっくりになるんだ」


 「下を見てみなよ」


 「ふわぁ~ぁぁ。あの細長いくねくねしたのが壁の上なのね」


 「ああ、右手のお日様が東だから、このまま北に向かって跳ぶよ」


 目標物が無いので跳びづらいが、遠くの窪地の様な所を目指してジャンプ。

 琥珀色の結界を張り降下速度を調節しながら、耳が痛くなったら息抜きをする様に注意を与える。


 「何か結界が小さくなってない?」


 「大きいままだと風に流されるんだ。森が少しへこんでいる所におりようと思ってね」


 着地寸前に結界を大きくして軟着陸し、ゆっくりと結界を小さくして地上に降り立つ。

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