第83話 討伐依頼

 グレン親子が魔法の練習から家に帰ると、彼の妻が神妙な顔で一通の書簡を差し出した。


 「どうしたんだ?」


 「お城からだけど・・・」


 受け取った書簡の表には王家の紋章が描かれていたので、ビックリして動きが止まってしまった。


 「どうした親父。此れって王家の紋章だよな。何時も来る王国の紋章は赤い二重丸だけど、此奴は茨の輪だもの」


 「ああ、王家の紋章に間違いないが、最底辺の貧乏男爵に何の用なんだか」


 「クリスタルフラワーを売ったのがバレたのかな、寄越せなんて言ってこないよな」


 「それは無いだろうが、何だろうな?」


 書簡を開くと、早い時期に一度王城に出頭してヘルシンド宰相に面会を求める様にと認められた、一行だけの簡素なものだった。

 短い文面から何の用かさっぱり判らないが、王家の呼び出しなのは間違いないので行かざる得ない。


 * * * * * * * *


 グレンは早朝より辻馬車を雇い王城に向かった。

 通用門では何時も待たされるのだが、今回はヘルシンド宰相に面会だと告げると即座に侍従がやって来て、宰相執務室控えの間に案内された。

 控え間に入ると先客の好奇の目が痛いが、執務室入り口脇に控える男に用件を告げる。

 「少々お待ち下さい」と言うや、扉を開けて確認の為に中に入って行った。


 グレンは珍しい事もあるもんだと首を捻る。

 男爵風情を相手なら、婢か下僕程度にしか思っていない侍従達がテキパキと仕事をしている。

 そんな事を思っていると直ぐに宰相執務室に招き入れられたが、そのまま宰相専用の応接間に通された。


 「態々来て貰ったのは他でもない。上級最上級ポーションが枯渇気味でね、その為にドラゴン討伐の一員である君を見込んで、陛下より直々の依頼が有るのだ」


 「陛下直々の依頼ですか?」


 「そうだ、男爵位を賜っても冒険者は続けているのだろう」


 「まぁ領地無しの貧乏男爵ですので。依頼と言われましても、当時のメンバーと言いますかパーティーは壊滅状態になり、今更ドラゴン討伐の一員とは名ばかりのものです」


 「いやいや、それは別の者に依頼を出す。君も判っているだろうが、彼なら討伐可能なのではないかね。君がドラゴンの生息地までの案内を受けて貰えるのなら、彼にドラゴン討伐と希少薬草の採取を依頼する事になっている」


 なる程な、俺達とユーゴの付き合いを知っていて、俺が依頼を承知すればユーゴに話を持ちかけるって段取りか。

 新年の宴の時もユーゴを傍に置いていたがそう言う事か。


 希少な薬草もドラゴンの生息地周辺や、人の踏み込めない場所に生えている。

 クリスタルフラワーなんて希少な物を、あっさり見つけるユーゴにはうってつけの仕事かもしれない。


 「ユーゴ・・・フェルナンド男爵の返事次第ですね、彼が受けるのであれば依頼の条件を示して下さい」


 「判った、男爵の控えの間で待っていてくれ」


 * * * * * * *


 朝っぱらから甲高いノッカーの音で目が覚めた。

 殆ど居ないはずの俺の家を、ノックする物好きっていったい誰だと思いながら秘密の覗き穴から確認する。

 ん、この服装は宰相の使いか?


 絶対ご近所さんで、俺の在宅を報告している奴がいるな。

 居るのを承知でノックしているのであれば、居留守も無駄だと思いドアを開ける。


 「何の用かな?」


 「ヘルシンド宰相閣下が、是非お越し願いたいとの事です」


 綺麗に一礼して答えるが、この優雅さは見習いたいものだと思うが、がさつな俺には無理かな。

 年に一度の公式行事出席と魔法披露は終わっているので、後は依頼って事になる。

 取り敢えず聞くだけは聞くかと、呼び出しに応じる事にした。


 下に降りると王家の紋章入り馬車が止まっていて、付近の住民の注目の的になっている。

 護衛の騎士がいないだけマシかと思いながら、馬車に乗り込む。


 * * * * * * *


 「呼び出して済まない。陛下がお待ちなので案内するよ」


 それだけ言って宰相と共に、侍従の先導で長い通路を歩く事になった。

 前回も思ったが此れほど離す必要が有るのかな。

 しかもこの通路は一度や二度で覚えられそうも無い複雑さだ。

 侵入者対策なのだろうが、権力者って面倒だね。


 今回も気さくにソファーを進められたが、いきなりポーションが不足している話になる。

 王家なんて薬師や治癒魔法使いを大勢抱えているのだから、ポーションの不足なんて大した話ではなかろうと思っていると本題になった。


 「呼び出したのは、ポーションの原料となる薬草や重要品目が不足しているからだ」


 「大勢の治癒魔法使いや薬師を抱えている王家が、ポーション不足で依頼を出すのですか?」


 「その方と同等な者など一欠片だ、薬師は居ても材料が無ければどうにもならない。常に一定の在庫は必要だがそれが不足して、通常必要分まで少なくなり始めているのだ。依頼とはドラゴン討伐と、その生息域での希少薬草の採取を頼みたい」


 「それは受けられません。ドラゴンの生息域を知りませんし、見た事も無い野獣の討伐なんて恐くて出来ません。もう一つ薬草採取と言われましたが、薬草採取って苦手なんですよね」


 「見た事も無いと言うが、ドラゴンの剥製なら飾って在るぞ。ドラゴン討伐に参加したオンデウス男爵も呼んでいる。彼もその方の返事次第で受けても良いとの事で、控えの間で待ってもらっている」


 この野郎、未だ俺の周りを嗅ぎ回って・・・というか周辺の者に金でも握らせて見た事を報告させているな。

 嗅ぎ回るなとは言ったが、見た事まで喋るな報告させるなとは言って無い。

 なのでロスラント子爵から聞いている様に、俺の周辺に居る者から聞いて知っている様だ。


 やはり此の男は狸か狐の生まれ変わりに違いない。

 男爵控えの間に居るという、グレンの話を聞いてから返事をすれば良いか。


 「オンデウス男爵と二人だけで相談したいので、此処へ呼んで貰えますか」


 執務室隣の部屋をあてがわれたが、二人分の茶菓まで用意がされていて抜け目のなさがよく判る。

 依頼料とは別に何か条件を付けて、ほいほい依頼に応じない所を見せておく必要が在るな。


 侍従に案内されてやって来たグレンは緊張気味で、ちょっとおかしくなる。


 「受けたのか?」


 「いや、グレンの話を聞いてからだな。俺は王家の依頼などどうでも良いが、グレンやオールズは又違った思いもあるだろうと思ってね。ところでドラゴンの剥製が有るって聞いたけど、それがグレン達が討伐した奴なの?」


 「ああ、もう30年以上前の話さ」


 30年以上か・・・腕が上がらないってのが八十肩だから、グレン50代前後の話か。

 狼人族の平均寿命って幾らくらいなのかな、日本人の四十肩五十肩で人生の後半だから未だまだ生きていそうだな。


 「それでポーションの材料が切れそうって言っているが、そんなに大量の材料を持ち帰ったの」


 「希少価値の高い薬草やドラゴンの内臓などを使って作るポーションは、上級とか最上級と呼ばれているが、所謂エリクサーとか本当の最上級ポーションの事だぞ。滅多に使われる事が無いので大量に作る必要は無いのさ。腕の良い治癒魔法師が間に合わない時の為に、用意される物だ。俺は魔法使いとして参加したので、薬草の事はよく判らないな」


 「で、どうする」


 「闘わなくても良いのなら、もう一度見てみたいな。後学の為に、伜にあの地を拝ませてやりたいし」


 「それじゃー一度討伐すれば、当分そんな依頼は出ないって事なの。と言うか俺の依頼書にも、ドラゴンなんてのが有った様な気がするな」


 「ドラゴンもピンキリだからな。見栄の為に小さい奴でも欲しいって言う貴族や豪商は、時々現れるぞ」


 「別にやる事も無いし、オールズの後学の為にドラゴン見物に行ってみますか」


 「えらく気楽だな」


 「恐かったら逃げ帰れば良いだけでしょう」


 「違いない。それが出来りゃー、あんなに死なずに済んだのだがなぁ~」


 ちょっとグレンの愚痴が聞こえた気がするが、聞かなかった事にしておこう。


 隣の部屋の扉をノックすると、待ち構えていたかの様に開かれた。


 「話は決まったかな」


 気さくに声を掛けて来た国王を見て、グレンが慌てて立ち上がり跪くという器用な事をしている。

 陛下に声を掛けられて立ち上がったが、何故か恨めしそうな顔で俺を見る。


 「条件次第ですね。そちらの条件と俺からの条件、双方が納得すれば受けても良いです」


 国王の傍らに控える宰相から一枚の紙が差し出された。


 ドラゴン・1頭、金貨6,000枚

 *銀色飛び鼠・5匹、金貨15枚×5=75枚

 *赤斑蜘蛛・20匹、金貨10枚×20=200枚

 *地鈴花の球根・5株分、金貨13枚×5=65枚

 *氷雪草・20本、金貨10枚×20=200枚

 火炎華・10花、金貨7枚×10=70枚

 風精草の花と茎・30本、金貨15枚×30=450枚

 精霊草の新芽と葉・60茎、金貨8枚×60=480枚


 「薬草の値段が随分高いですね。どうしてですか?」


 「それはオンデウス男爵が良く知っているはずだよ」


 「それ等はドラゴンの生息地やその周辺でしか採取出来ない物で、その上極めて見つけ難いんだ。その*印の在る物は冬場なら探せるが、それ以外の季節では見つけるのはほぼ不可能だな。風精草は高い崖の中腹に一株ずつ生えている」


 「銀色飛び鼠と赤斑蜘蛛って何よ」


 「銀色飛び鼠はホーンラビットより二回り小さくすばしっこい、後ろ足が長くて遠くまで飛ぶんだ。赤斑蜘蛛は胴体が俺の拳ほどの蜘蛛だが、木々の葉が落ちた冬で無いとまず見つけられないし猛毒持ちだ」


 聞いていて頭が痛くなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る