第78話 呼出状か依頼書か
剣を抜き向かって来たと言った時に、伯爵の顔色が蒼白に変わった。
「伯爵殿の配下とは言え、貴族に対する暴言の数々に加え殺意を持って剣を抜いたのですよ。剣を抜いた輩にはアイスアローを一発射ち込み、反抗心を削ぎ放置しています」
「まさか・・・配下の者がその様な狼藉を」
「お前は馬鹿か!!! 日頃下位の貴族に対する言動が、部下の態度に出ただけだろうが! 王都のホテルで俺を呼びに来たお前の配下も、子爵家の騎士達に対する態度が此奴とそっくりだったぞ。その時の礼と今回の無礼に対し、お前に決闘を申し込みに来たんだ。配下の者がやった事などとは言わせないぞ。幸いお前の使いが残した呼出状も手元に有る。俺が男爵になっても取り下げていないという事は、お前が下位の貴族に対して配下や領民以下の扱いをしていた証拠でもあるしな。言っておくが、俺に対して出された依頼書や呼出状は、全てヘルシンド宰相が目を通している!」
フィラント伯爵は元より、執事も呼び出された騎士達も俺の言葉に理解が追いついていない様だ。
最後の一言は嘘だけど、そこ迄理解出来ないだろう。
「どうした伯爵殿、下位の者を馬鹿にはするが決闘は受けられないのか。俺は男爵である前に冒険者だ、舐められたままで引き下がるつもりはない。ヒュイマン・フィラント伯爵殿に決闘を申し込む為に、友人であるグレン・オンデウス男爵殿に同行して貰ったのだ。返事を!」
「まっ、ままま待ってくれ。突然その様な事を・・・」
「誇り高きフィラント伯爵殿とも思えぬ言葉、何の覚悟もなく他者を侮蔑していたのか。領地でなら歯向かう者を討ち取り素知らぬ顔も出来るが、王城内で決闘を申し込まれたら逃げようがないぞ。そんな事も判らずに、伯爵などと反っくり返っていたのか」
「誠に申し訳御座いませんでした。私の不徳によるご不快には深くお詫び致しますので、何卒お許し下さい。王都で差し出した依頼書は取り下げさせて頂きます」
変わり身が早いが、そうは烏賊の金キラキンのタマだ。
「伯爵が男爵風情に謝る事はない、決闘が恐いのなら手勢を集めて襲って来れば良い、卑怯などとは言わないので安心しろ!」
「ユーゴ、その辺で勘弁してやれ。伯爵殿が手勢を集めても、お前に勝てない事を理解しているのだから」
「折角オンデウスに立ち会って貰い、魔法の全力攻撃を見せたかったのに残念だよ。まぁ良いや、しかし依頼書と言ったよな伯爵殿」
「はっ、はい。使いの者に申し込ませた依頼書は取り下げさせて頂きます」
マジックポーチから取り出した依頼書や、依頼にかこつけた呼び出し状の束からフィラント伯爵の物を抜き出す。
「此れって、どう読んでも呼出状に見えるんだけどなぁ~。即刻出頭せよとか、腕が良ければ金貨七枚で召し抱えてつかわすって書いてあるけど、依頼書に間違いないのだな!」
「はい・・・間違い御座いません。その~ぅ、使いの者が少々言葉遣いを間違えた様で・・・」
「そうなの? 何せ新米男爵なもので、貴族の言い回しって奴に疎くてねぇ~。あっ隊長さん、ちょっとこっちへ来てくれるかな」
自分のヘマで大事になっているので冷や汗たらたらの隊長さん、いきなり呼ばれてビックリしている。
手招きされて恐る恐る俺の前に立ったので(ヒール!)と判る様に呟き、腹の傷を治してやる。
「はい、依頼完了ね! 依頼書はお返しするけど、治療費は金貨300枚だよ」
「ヘッ・・・あの」
「依頼書なんだろう? 見事傷を治せれば金貨七枚で召し抱えるって、貴族の言い回しでは治療依頼の事なんだろう。違うの?」
「えっ・・・あの・・・はい、確かに治療依頼で御座います」
「でしょう~♪ 俺の場合、治療費は金貨300枚が相場なの。この間治療したミシェルちゃんの時もそれだけ貰ったからね。別にオンデウス男爵を連れて来たからって、ごねて金を出せなんて言わないよ。正当な治療費を請求しているだけ!」
「暗にもっと寄越せって聞こえるのは」
「幻聴だよ、げ・ん・ち・ょ・う。耄碌するには未だ早いよ」
* * * * * * *
フィラント伯爵様自らお見送り頂き、恐縮しながら伯爵邸を後にした。
「呆れたもんだねぇ。ちゃっかり金貨をせしめてしまったよ」
「正当な依頼と、治療に対する報酬ですよ♪ 迷惑料を貰ったんだから、文句は無いでしょう」
「伯爵ともなると太っ腹だな」
「親父達は中で何をやっていたんだ? 伯爵邸に着いてからは扱いが丁寧になって気持ち悪かったぞ」
「ユーゴの腹黒さを、たーっぷりと見せられたのさ」
「見物料にご不満でも」
「いやいや、冷や汗を掻いたがそれに見合うだけの物は貰ったよ」
「金貨100枚って事は、口止め料も入っていると思うよ」
「そりゃーそうだろう。伯爵様の醜態をペラペラ喋られたら、今まで侮蔑していた下位貴族達から手痛い反撃を受けるだろうからな。王城内で次々と決闘を申し込まれてみろ、伯爵殿も身が持たないだろうからな」
フィラント伯爵家騎士の先導でダンテベルの街を抜け、キエテフ迄後四日の予定。
野営地で御者のアガニスには、肝を冷やしただろうからと特別にボーナスとして金貨10枚を渡しておく。
グレンとオールズには、エレバリン公爵邸の地下室から掻っ払った酒を振る舞い、お疲れ様と労っておく。
* * * * * * *
キエテフのブルメナウ商会に寄り、アガニスと馬車を置いて街を出た。
馬車なら半日の距離を歩きながら森へ向かい、グレンの雷撃魔法を見せて貰う。
以前と比べて短縮詠唱の後に射つ雷撃魔法はスムーズで、2/92の魔力を使っているので威力も十分だ。
それ故に野獣相手では過剰戦力と言うか過剰な攻撃力になっていて、仕留めた野獣は毛皮がボロボロでお肉も生焼け状態になっている。
鑑定で確かめながら、腕から流す魔力の量を半分にする様に指導していく。
魔力の使い方を習得したために雷撃魔法がスムーズに射て、慣れ親しんだ魔力量を減らすのに精神的な不安がある様だ。
それなら別の魔法で魔力の使用量を減らす練習をした方が、魔力の操作が簡単だろうと思い内緒で氷結魔法を貼付する。
「グレン、氷結魔法が使えると言った事を覚えているかい」
「覚えているがそんな冗談より、もっと威力を落とす方法を教えてくれよ」
「だからその為に、氷結魔法が使えるのでそれを教えると言っているんだよ。こんなにバリバリドンドンやっていたら、小さい獲物は逃げるし森の奥なら大物を引き寄せてしまうだろう。それに煩いしさ」
「確かに以前より落雷音も大きくなったので、王都周辺では練習し辛いんだ」
「だからさ、俺が魔法の事で嘘を教えた事はないだろう。この糞暑い最中に、自由に氷を作れるのって便利だし気持ちいいぞ~」
「確かに、お前の作ってくれる氷柱は冷たくて気持ち良いからな」
「グレンは雷撃魔法がスムーズに使えるのでそんなに難しくはないはずさ。こうやって掌に拳大の氷を乗せる事を思い、魔力を送り出すだけさ」
俺の掌に現れた氷塊を、汗だくのオールズに投げてやる。
オールズが受け取った氷を額や首筋に滑らせながら、気持ちよさそうな顔になる。
「親父試してみなよ。ユーゴの教えで雷撃も格段に上達したんだ、出来なくても元々だろう」
小さくなった氷を口に放り込んで笑っている。
「そうそう、やってみなくちゃ出来るか出来ないか判らないよ。こうやってさ、掌に氷をのせるつもりで雷撃の様に魔力を流すだけだよ」
そう言って、再び掌に氷のせて見せる。
「この氷を見ながら同じ物を作るつもりでやってみなよ」
「こっ、こうか?」
おずおずと差し出した掌を上に向け(氷!)っと呟く。
〈ウワーアッチ〉
掌の上に現れた氷を、放り投げて騒いでいるグレン。
「凄えぇぇ、本当に出来るんだ」
オールズが地面に落ちた氷を拾い上げて繁々と見ている。
「親父、冷てえぞ! 確かに氷だぜ」
「だから言っただろう。グレンは雷撃魔法を自在に仕えるんだから、氷結魔法だって直ぐに出来るさ」
「親父もアイスアローやアイスランスをバンバン射てる様になるのか?」
「そりゃー無理。氷を作るのと、アイスアローやアイスランスでは根本的に違うからな。それなりの練習は必要さ」
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