第77話 伯爵家の配下

 何事も無く旅は続くかと思われたが、キエテフの一つ手前ダンテベルの街で門衛に止められた。

 貴族専用通路に侵入した馬車の後ろに、騎馬隊が追いついて来たのだが彼等からの声で衛兵が馬車を止めた。


 「供も護衛も連れず、貴族専用通路に侵入するのは何処の馬鹿だ!」


 「またまた面倒そうな奴が現れたぞ」


 「俺が行くよ」


 馬車を降りて声を掛けて来た奴を見ると、胸に貴族の紋章を付けた騎士達だった。


 「男爵の身分で貴族専用通路を通るのが馬鹿なのか? 伯爵家の紋章の様だが、御当地の騎士団か」


 「それがどうした、ヒュイマン・フィラント伯爵様配下の騎士団だ。供の一人もいない様な貧乏男爵は、即刻我等に道を開けろ!」


 「フィラント伯爵の騎士団と言ったな。伯爵ではないのだな」


 「それがどうした。グダグダ言わずに道を開けろ!」


 20数騎を従えて偉そうに喚いている男を、アイスバレットで叩き落とす。


 〈なっ、何をする!〉

 〈隊長、大丈夫ですか?〉

 〈おのれぇぇ、男爵風情がフィラント伯爵様の騎士団に手を出したな!〉


 一斉に下馬して腰の剣に手を掛けている。


 「喧しい! おのれ等伯爵の配下とは言え貴族ではあるまい、伯爵の権威を笠に着て図に乗りすぎだ!」


 フィラント伯爵ってあれだよな。


 「此れでも一応貴族だ、おのれ等の横暴を見逃す訳にはいかない。お前等の主人に挨拶をするから案内しろ! 出来ないのなら伯爵家の臣下を名乗る不届き者として殺すぞ!」


 アイスバレットで叩き落とされた奴が鼻血を出しながら立ち上がり、腰の剣を抜き「ゆるざん。おまえをごろす」と滑舌の悪い言葉を発する。


 寝言は寝て言え! 即行で腹にアイスアローを射ち込む。


 〈あっ・・・やったなぁ~〉

 〈殺せ!〉

 〈取り囲め!〉


 喚く暇があるのなら切り込んで来いよ。

 即行で馬車の周囲を結界で囲むと、剣を抜いて向かって来る奴等にアイスアローを連続して射ち込む。


 騒ぎに戸惑っていた衛兵が必死の形相で警笛を吹き鳴らし応援を呼んでいる。

 抜刀して俺を取り囲もうとした騎士達が崩れ落ちたので、後続の者達が慌てている。

 抜き身の剣を手にする奴等には、背を向けていても遠慮無くアイスアローを射ち込んでいく。


 あっという間に多数の騎士が腹や背にアイスアローを受けて倒れたので、出入り口は大混乱になってしまった。

 警笛を聞き駆けつけて来た警備兵達は近づいてこず、遠巻きにして何か喚いている。


 アイスアローを腹に受けて呻いている、隊長と呼ばれた男の前に立つ。


 「フィラント伯爵の騎士団と言ったのなら、お前にフィラント伯爵の所へ案内してもらおうか」


 「止めてくれ、悪かった謝るから殺さないでくれ。頼む此れを抜いてくれ」


 「大人しくフィラント伯爵の所まで案内するのなら抜いてやるが、違えれば殺すぞ」


 「判った、判りました。伯爵様の所へご案内致しますので此れを・・・」


 アイスランスの魔力を抜き、騎馬隊の後方でウロウロしている三人を呼び寄せ、隊長の馬を持って来させる。

 その三人と隊長に先導させて、フィラント伯爵邸に向かう事にした。


 衛兵や駆けつけて来た警備隊の兵士が、騎士達に先導させて伯爵邸に向かう俺達を見送る。

 心優しい俺は、転がっている騎士達を早く治療してやらないと死んじゃうよと教えてやる。

 まあ鏃もない細いアイスアローだ、内臓を傷付けていなきゃそうそう死んだりしないだろう。


 「それで、フィラント伯爵とやらの所に乗り込むのか」

 「相変わらず鮮やかな魔法だねぇ」


 「ああ、以前朝食中に俺を呼びに来て、頭の上から唾を振り掛けてくれた礼を言いにね。それと配下の躾がまるでなってない、男爵が相手なら何をしても許されると思っているところが気に入らない」


 「だが、貴族同士の争いは不味いんじゃないのか」


 「男爵位を受ける時に、上位の貴族に従わなければならないのかと国王と宰相に尋ねたのだが『序列として、普通は上位者には従うものだね。ただそれぞれの器量によるとしか言えない』と言われたよ。つまり気に入らなきゃ実力で排除しても良いって事だな」


 「ユーゴの男爵授爵には裏が在りそうだな」


 「狐に騙されたか利用されたかってところだな。まぁ、俺にも都合が良かったので受けたのだけれど」


 正門から入り馬車は玄関前に横付けする。

 馬車を降りると同時に玄関が僅かに開き、執事と思しき男が現れる。

 隊長と呼ばれた男が説明しているのを押しのけ、身分証を執事に示して用件を伝える。


 「ユーゴ・フェルナンド男爵だ。ヒュィマン・フィラント伯爵に挨拶に来たと伝えろ。それとユーゴの名に覚えが在るだろうともな」


 じっくりと身分証を見て扉を開け、玄関ホールに招き入れられたが暫しお待ちをと言って消えた。


 「流石は伯爵邸だな、俺達貧乏男爵とは桁が違うなぁ~」

 「まあね、見栄とはったりの世界ってのがよく判るよ。上が馬鹿なので此奴等が勘違いして人を見下す様になる。そして自分は貴族でもないのに、下位貴族に対して横柄になるって寸法さ」


 そう言って傍らに控える騎士達を見ると、気まずそうに目を逸らす。


 * * * * * * *


 執事は慌てて主人の下に向かうと「ユーゴ・フェルナンド男爵様が伯爵様にご挨拶に参っております」と告げた。


 「フェルナンド男爵、誰だ其奴は?」


 「何でも『ユーゴの名に覚えが在るだろう』と仰っています」


 「ユーゴ・・・ユーゴとな」と首を捻る伯爵。


 「男爵位を示す身分証を見せられましたが、羽の生えた真紅のドラゴンの紋章でした。此れは先年の11月、王家より通達のあった御方の紋章で御座います。粗略に扱わぬ方が宜しいかと」


 執事にそう言われたが、男爵位を授爵した男の通達など読む価値も無いと見ていない。

 だが羽の生えたドラゴンとなると、相手が男爵と謂えども迂闊な事は出来ない。

 もう一度執事に、確認した身分証の事を尋ねる。


 「茨の輪に交差する槍と剣、その上に羽根の付いた真紅のドラゴンでした。王家の紋章と酷似しておりますがドラゴンが一回り小さいものでした」


 「サロンで待つ。失礼のない様に連れて・・・ご案内しろ」


 執事によってサロンに案内されたが、待っていたのは虎人族の男だが値踏みする様な目付きに品がない。


 「良くおいで下された、フェルナンド男爵殿。其方の御方は?」


 「突然の訪問をお許し下さり感謝致します。彼は私の友人でグレン・オンデウス男爵です。実は以前王都でフィラント伯爵殿配下の方より、伯爵様がお召しだ! 即刻出頭せよと命じられました。生憎エレバリン公爵の騎士達が割り込んできた為に、呼び出しに応じられず失礼致しました」


 俺の言葉を聞いて伯爵本人より、背後に控える執事の顔色が変わった。

 伯爵も俺の言った言葉の意味が理解出来たのか、段々と顔が強ばってくる。


 「では・・・あの、ユーゴとは」


 「私で御座います。当時は男爵位を授かる前でした。私の治癒魔法が知れ渡り様々な方々からお誘いが掛かりましたが、無礼な方達が多かったものです。特にオルソン、ゴトランス両子爵様の使いの方が酷かったものです。食事の最中に私の頭の上で、主人がお召しだ即刻参れとそれはそれは頭の上から唾を振りまき騒ぎ立てたものです」


 そう言ってフィラント伯爵を見ると、部屋が暑いのか汗を流している。

 ちゃんと思い出した様なので止めを刺してやろう。


 「その騒ぎの最中、伯爵様の騎士と名乗る者達が」


 「フェルナンド男爵殿! 誠に・・・その辺で、ご勘弁を」


 「そうですか。思い出して頂ければと言いたいのですが、そうもいきません。本日御当地に到着して、街の出入り口にて御当家の騎士達から暴言を浴びせられました。貴族位の末端とは言え一応男爵位を与えられていますが、御当家の配下の方々は男爵などは領民以下とお思いの様ですな」


 「何か・・・当家の者が粗相を」


 「私を案内してきた騎士達を呼んで下さい。彼に話しをさせましょう」


 呼ばれてやって来た騎士達四人、一人は腹から血を滲ませて顔色が悪い。


 「お前は隊長と呼ばれていたし、自分が言った言葉だ忘れてはいまい。もう一度此処で言え!」


 「申し訳御座いませんでした。私の心得違いによりご不快な思いをさせ・・・」


 「謝罪など必要ない! 街の出入り口で領民や衛兵・部下達多数の前で、俺に怒鳴った言葉をそのまま言え!」


 俺の剣幕と、顔色を悪くした伯爵に睨まれて一言も発せずに項垂れてしまった。


 「何故黙る。あれ程伯爵家の配下を誇り人を侮蔑しておいて、言えないはずがなかろう」


 「フェルナンド殿、配下の無礼はお詫びします。彼は怪我をしている様なのでその辺に」


 「フィラント殿は、おかしな事を言われますね。彼は満座の中で『供も護衛も連れず、貴族専用通路に侵入するのは何処の馬鹿だ!』と怒鳴り、男爵の身分で貴族専用通路を通るのが馬鹿なのか。との問いかけに『それがどうした、ヒュイマン・フィラント伯爵様配下の騎士団だ。供の一人もいない様な貧乏男爵は、即刻我等に道を開けろ!』と答えました。余りの暴言にアイスバレットを射ち込み黙らせましたが、その後彼等は『男爵風情が、フィラント伯爵様の騎士団に手を出したな!』と言って剣を抜き向かって来ました」

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