第75話 シャリフ・ホニングスの驚愕

 リンディは王都のロスラント子爵家で治癒魔法師として仕えるのだが、使用人としては執事に次ぐ地位と部屋を与えられてのんびりと過ごしていた。

 主な仕事は訓練で怪我をした警備兵や騎士達の治療で、病人などがそうそういる訳もない。


 一月程して子爵様に呼ばれて執務室に行くと、知り合いの商人からの治療依頼が来ているので、頼めるかと問われた。

 冒険者ギルドで大怪我をしている者達を多数治療した経験から、怪我人ならそれなりの自信はあったが、病人となると経験不足は隠しようがない。


 それを正直に伝えると、病人だがフェルナンド男爵の教えを受けたのなら大丈夫だろうと言われてしまった。

 不安な思いが顔に出ていたのか、別に治らなくても何の問題もないから気にせずやってくれと言われて、仕方なく引き受けることにした。

 ユーゴ様は病人を治すには、健康な身体になって元気に生活出来る様に願って治療をすれば、大抵治ると口癖の様に言っていたので試してみることにした。


 当日執事見習いの男を供に、ロスラント家の馬車に乗り貴族街を抜けて街に向かった。

 馬車の窓から見えるのは立派な家が建ち並ぶ通りで、その中の比較的大きな家の前で馬車は止まった。


 執事の様な身形の男に迎えられて屋敷に入ったが、誰にも会わずに二階の一室に通された。

 窓際に寄せられたベッドに横たわるのは壮年の男性だが、差し込む光でみる顔色がいささか黄色く見える。

 ベッドの脇に置かれた椅子に座り、病人をじっくり観察すると目も白目の部分が黄色く感じられる。


 「失礼ですが、ロスラント子爵様の治癒魔法師だと伺っていますが?」


 ベッドの傍らに控えていた上品な女性に声を掛けられて戸惑う。


 「はい、ロスラント家より派遣されましたリンディ様に御座います。リンディ様は、彼のユーゴ・フェルナンド男爵様から治癒魔法の手ほどきを受けておられます」


 供の見習い執事がすらすらと答えてくれる。

 ユーゴ様は病人から話を聞き良く観察しろと仰っていた教えに従い「身体のお加減を詳しく教えて貰えますか」と問いかけた。


 「身体が怠くなり、皮膚や白目も黄色くなってきた様に思う。最近は身体も痒くて」との答えが返ってきた。

 此れはユーゴ様の言っていた内臓の病だろうと見当をつける。

 ユーゴ様曰く、病は頭・胸・腹が殆どでそれ以外の場合も、その部分に症状が出るので重点的に治癒魔法を使えば良いと言っていた。


 今回は腹で内臓の病に違いなく、重病と思われるので教えに従い何時もの怪我治療の五倍・・・十倍の魔力を使い治療する事にした。

 両手を患者の腹の上に置き、ユーゴ様の教えに従って〔健康な身体になり元気に生活出来きます様に・・・〕(ヒール!)


 腹の上に置いた掌から魔力が流れ出るのが判り、病人の腹部が淡く光るのが見える。

 腕を通して流れる魔力が途切れたのを感じて掌を離す。

 病人を見ると黄色く見えた顔色が消え、窶れてはいるが血の気の差した頬が見える。


 「有り難い! 身体の怠さが消えたぞ、痒みも無い!」


 上手くいった様で、病人も喜んでいるが暫く様子をみる事を勧めておく。

 病気というものは治った様に見えても病気の元が残っていて、暫くすると又ぶり返してくる事があると伝えてお暇する。


 * * * * * * *


 リンディが帰って三日後、王家から二人の男が訪ねてきて症状を尋ねた。

 当主で病人だった男は、腕の良い治癒魔法師を紹介して貰えてと感謝の言葉を述べた。

 傍らに控える女性も、リンディの治癒魔法が行われた時の状況を詳しく話した。


 「それ程の光りに包まれたのですか」


 「そうでは在りません。彼女はお腹の上に両手を置いていましたが、ヒールの言葉と共に主人のお腹の中から光りが溢れ出た様でした。その後主人を見ますと浮腫や嫌な顔色が消え頬には赤みさえさしていました」


 「私もヒールの声を聞くと同時に、腹から身体全体に暖かいものが流れ込んで来る様な感じでした。その感覚が消えた時には、身体の怠さが消え痒みも無く爽快でした」


 質問してきた男の傍らに控える者が、その話を聞きながら頬を引き攣らせていた。


 * * * * * * *


 「宰相閣下、リンディなる治癒魔法師の腕は確かです。彼女が数ヶ月前まで、簡単な治療すら出来なかったとは信じられません。彼が質問している間、病人を観察していましたが、三日前まで重病だったとは信じられませんでした。そして治癒魔法を行った際に、患者の体内から治癒の光りが溢れ出たと証言しました。此れはごく少数の、上級者の治療にのみ見られる現象です」


 「ご苦労であった。今後一切彼女の事と治療の事を口にすることを禁じる。魔法師団の者や治癒魔法部隊に話が漏れた時は、相応の処置をするので肝に銘じておけ」


 簡単な治癒魔法使いの能力確認だと思っていたので、腕の良い治癒魔法師を見つけたと喜んでいたのも束の間、宰相の言葉を聞いて青くなった。


 * * * * * * *


 依頼の治療を無事終えて館に帰り、いつもの怪我人の治療をしていた在る日、執事見習いの男に呼ばれて子爵様の執務室を訪れた。


 リンディが部屋に入ると、にこやかな子爵様にソファーを勧められた。

 緊張の面持ちで座るリンディに対し、先日の治療の結果再発することも無く日々元気になっていると知らされた。

 ホッとするリンディに対し、治療の謝礼として金貨200枚が子爵様の所へ届けられ、リンディにも上等な生地や髪飾り等の贈り物が届いていると告げられた。

 それ等の品々は後ほど自室に届けられるが、契約通りリンディの取り分として、金貨100枚を商業ギルドの口座に振り込んだと言われる。


 話しについて行けないリンディに、今回の事で噂になれば治療依頼が増えるかもしれないが、無理はさせないので気に沿わなければ申し出る様にと言われる。

 一日の治療が終わり自室に戻ると、世話係のメイドが興奮気味に贈られた品々を見て彼此言っている。


 ユーゴ様が契約による給金は少ないが、腕が良ければそれなりの見返りがあると言っていたのは此の事かと納得する。

 ユーゴ様とロスラント子爵様に守られていて、安全で快適な暮らしが出来る事を嬉しく思う。

 あの時、ユーゴ様に治癒魔法の教えを請うたのは間違いではなかったと、改めて思いユーゴに感謝した。


 * * * * * * *


 フンザの町の代官から届いた報告書を読み、シャリフ・ホニングス侯爵は仰天した。

 ウイラー・ホニングス家で使用人の子として生活していた者に、フェルナンと言う名の子供が居たこと。

 母親がホニングス家に勤めていたが、男爵の手が付き産まれた子がフェルナンだと町で専らの噂である。

 元ホニングス家の使用人からも聞き取りをして、間違いないと思われる事。


 フェルナンは統一歴726年の6月生まれで、外見は猫人族にして鈍い銀色の頭髪で縞模様、目の色は赤銅色。

 母親はエルフ族と猫人族のハーフで、フェルナン14才の時に病死。

 基礎教育を終えた12才過ぎより、〔フンザのあぶれ者達〕と名乗る冒険者パーティーに預けられていたことが書かれていた。


 極めつけは授けの儀に際し、フェルナンは魔法を授かっていない事。

 神父の言葉によれば、極々希に現れる神様の悪戯と呼ばれる現象で、魔法は授かって無いが魔力が73有る事。


 外見は猫人族にして鈍い銀色の頭髪に縞模様で目の色は赤銅色とは、新年の宴で出会ったフェルナンド男爵に間違いない。

 だが神様の悪戯と呼ばれる現象で魔法は授かっていないって・・・そんな馬鹿な!


 混乱する頭を酒で鎮めて考えた結果、この館で起きた事は忘れようと決めた。

 私が見たのは小柄な男で、スカーフで顔も頭髪も隠していたので誰だか判らないし知らない。


 宰相閣下もウイラーの事ならそれだけを聞けば良いのに、フェルナンと言う名を出して調べろと言ったのなら、知りたいのはフェルナンの事だろう。

 フェルナンド男爵については色々と憶測が飛び交っている。

 あの魔法の腕を見て誰しも王家が召し抱えるに相応しいと思っているが、王家には別の思惑がある様だ。


 この報告書をそのままヘルシンド宰相に差し出し、素知らぬ顔でいれば良い。

 フェルナンド男爵も王城で出会った時に、男爵も陛下も素知らぬ顔でいたし何も言ってこないのだから。


 * * * * * * *


 ホニングス侯爵はフンザの代官から送られて来た書類を持ち、ヘルシンド宰相の下を訪れた。


 「ご依頼の調査報告書で御座います」


 ホニングス侯爵から差し出された書類を受け取り目を通すが、思わず〈エッ〉と声が漏れてしまった。


 報告書の内容から彼に間違いないし、同姓同名で同い年の人間とは思えない。

 されど報告書では、彼は魔法を授かっていない・・・神様の悪戯とは書き損じを消した見た目で魔法名では無い。

 アッシーラ様の書き損じだが、間違いと言えずに悪戯と称している現象のはず。


 自分は何度も彼の魔法を見ている、あの男は厄介事の塊なのかと思いながら国王陛下の下へ報告に向かった。

 ヘルシンド宰相から受け取った報告書を読み、考え込むコランドール国王。

 暫しの沈黙の後、調査を命じたホニングス侯爵を呼び寄せる。


 「此れが誰だか判るか?」


 固有名詞を言わずに問いかけられて、陛下の言わんとする事を察する。

 背後に控える近衛騎士にすら知られたく無い事だとは思えないが、迂闊な事は言えない。


 「彼だと思われます」


 「調査した者が彼だと気付くと思うか」


 「通常の指示の中の一つですので、気付く事は無かろうかと」


 「では、此の事は忘れよ! 此に関しては配下の者に何も言わず捨て置け!」


 「はっ」


 一言答えて頭を下げたが、やれやれ無事に乗り切ったし彼の事には関わりたくないので異存は無かった。

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