第74話 待ちぼうけ

 ロスラント子爵様と共に王都に戻ったが、リンディはそのままロスラント子爵様の館に預けて、久方ぶりに王都の家に戻った。


 翌日目覚めるとロスラント子爵様が王城へ呼ばれるのは判っているので、俺も王城へ乗り込むことにした。

 ここで大失敗。

 ロスラント子爵様の馬車に同乗して王城へ行けば、示し合わせていると邪推されて子爵様に迷惑が掛かると思い別行動にしたのだが、足が無い。

 辻馬車をつかまえて王城へ行けと言う羽目になってしまった。

 辻馬車では正門から乗り込めないので通用門へ、通用門で身分証を示してヘルシンド宰相に面会したいと用件を伝える。


 街着に男爵の紋章が付いていても身分証の提示を求められて、宰相閣下に連絡して欲しいと言っても中々話が進まない。

 子爵様の迷惑など気にせずに同行すれば良かったと後悔した。


 通用門で待たされて、侍従に案内されて男爵の控えの間へ通された後で、宰相閣下への面会手続きをして参りますと出て行ったきり・・・待てど暮らせど迎えが来ない。

 どうなっているのか確かめに行かそうとすれば、控えの間のメイドや従者は私共はお世話をするのが仕事でその様な事は出来ませんの一点張り。


 陽も暮れかけてきたが音沙汰なし。

 男爵風情が宰相に面会を申し込むのは不遜極まりない様なので、呼び出すことにした。


 「何をなさるおつもりですか?」


 「気にするな。お前達は世話係でそれ以外の事は出来ないのだろう」


 「勝手に出歩かれては困ります」


 「なに、庭に出て宰相を呼び出すだけだから黙って見ていろ!」


 近寄ってくる侍従の鼻面にフレイムの炎を浮かべて阻止して、頭上に特大の火球を浮かべると上空へ打ち上げる。


 推定50m上空で〈ドーン〉と巨大なファイヤーボールが破裂する。

 思わず〔玉屋~♪〕なんて言いそうになるが、男は黙ってファイヤーボール。

 〈ドーン〉〈ドーン〉と間隔を開けて五発ほど打ち上げると、そこ此処から警備兵がすっ飛んで来る。

 彼等が近づけない様に、次は雷撃魔法を駆け寄ってくる警備兵の前方に連続して落とす。

 〈バリバリバリドオォォォン〉〈バリバリバリドオォォォン〉〈バリバリバリドオォォォン〉


 連続する雷撃に驚いて遠巻きにする警備兵達、責任者らしき男を手招きして呼び寄せる。


 「何事でしょうか男爵様。此の様な事をなされては困ります」


 「済まないね。ヘルシンド宰相に、ユーゴ・フェルナンドが何時まで待たせるのかと言っていると伝えてくれ」


 「はぁ~」と間の抜けた返事が返ってくる。


 まぁそう言う反応になるよな。

 一介の男爵が宰相閣下に面会を要求しているのだから。


 「行きたくなきゃ行かなくても良いよ。多分向こうから誰かが来ると思うから」


 * * * * * * *


 突然の爆発音が執務室に響く。

 それも間隔を開けて続き、静かになったと思ったら落雷音が連続して響く。


 嫌な予感に襲われながら、この音には聞き覚えがあると考える。

 補佐官に爆発のあった所へ行き、フェルナンド男爵が居れば呼んで来る様に命じる。


 ロスラント子爵を呼び、彼が新たに召し抱えた治癒魔法使いの能力を確認する予定だった。

 だがロスラント子爵に伴われて現れた治癒魔法使いの胸を見て悟った。

 派遣していた手の者からの報告は、此の事を見越して彼からの警告だろう。

 彼と彼の関係者を探るのを止めろと、ならば治癒魔法使いの能力を試す事は彼の警告を無視することになる。


 ロスラント子爵から話を聞けば、当初彼が直接召し抱える予定であったが急遽フェルナンド男爵の配下として、彼からロスラント子爵が預かる事になったと聞かされた。

 ロスラント子爵から直接聞く限り相当優秀な様で、しかも二人も預かったと聞いた。

 これは彼が他の魔法使い達を指南しながら、治癒魔法も二人に指南していたことを示すもので賢者ならではと思わせる。


 伴ってきた治癒魔法使いの女性は、本来筆頭治癒魔法使いとして契約する予定であったが、王都住まいを希望した為に次席の者と変わったと聞いた。

 彼女はロスラント子爵の王都屋敷に住まうことになるので、契約上ロスラント家以外の者を治療する際は所定の費用を徴収する事になる、と意味有り気に伝えられた。


 詳しく聞けば、彼女とは一年契約で双方が納得すれば契約を続行することになる。

 その際腕次第で支払われる給金や待遇も変わると聞き、呆れるとともにフェルナンドの抜け目無さに首を振る事になった。

 そして肝心なロスラント家以外の者の治療は所定の費用を貰い受け、治癒魔法師と子爵家が折半すると聞き再び首を振ることになった。


 各貴族は治癒魔法師を抱えているが腕の善し悪しは当然ある。

 抱えている治癒魔法師で治せない時は、腕が良いと噂の貴族の抱える治癒魔法師に委ねる事になる。


 当然その貴族に頭を下げ費用も支払うことになるが、支払われた費用は召し抱えている貴族のものになるのが通例だ。

 それを半分治癒魔法師に渡すとは破格の扱いだ。


 だがロスラント子爵の示唆は、彼女の腕を確かめたければ治療を依頼しろと言っている。

 フェルナンドの警告を無視する事なく能力の確認が出来る。


 喜んでいたのに、一日も経たずに此れだ。

 連続する爆発音と落雷音は止んだが、ヘルシンド宰相の不安は増すばかりである。


 * * * * * * *


 ヘルシンド宰相の補佐官は爆発音が連続したと思われる方へ向かうと、多数の警備兵や騎士達が詰めかけて右往左往している。

 その中心で問い詰められている警備の責任者、彼の元に向かうと宰相補佐官と認めて皆が頭を下げて通してくれる。


 「先程の騒ぎは何事ですか?」


 「それが・・・」いい淀んだ警備責任者がチラリと見たのは男爵達の控えの間である。

 大窓から見える室内には一人の男がお茶を飲んでいるだけだが、メイドや侍従達の顔色が悪い。

 あの頭髪と縞模様には見覚えが有る。


 「彼の男爵殿が火魔法と雷撃魔法を放った後『ヘルシンド宰相閣下に、ユーゴ・フェルナンドが何時まで待たせるのかと言っていると伝えてくれ』と言われたのですが・・・」


 言葉の意味を警備責任者に問うても無駄なので、男爵達の控えの間に見える侍従を手招きする。


 部屋の外の騒ぎを気にしつつチラチラと見ていると、宰相補佐官がやって来た。

 警備責任者と話していたが二人とも室内を気にしているので、外の様子が気になる自分と目が合い手招きされた。

 自分は一介の男爵控えの間付の侍従であり、相手は宰相補佐官なので無視する選択肢は無い。


 「御用で御座いますか、補佐官様」


 「そこに居るのはフェルナンド男爵に間違いないか?」


 「はい。フェルナンド男爵様に間違い御座いません」


 「警備責任者に何時まで待たせるのかと言ったと聞いたが、彼は何時から此処に居る?」


 「午前中からで・・・御座います」


 「お前達は、彼から何も聞いて居ないのか?」


 「・・・そのぅ、ヘルシンド宰相様にご面会の為に王城に来たと・・・」


 「それで、何故陽も暮れかけたこの時間帯まで、私の元に連絡が来てないのだ!」


 「その・・・案内してきた侍従の方が、待たせておけと申されまして」


 「後でその方達を呼ぶので控えておれ! その侍従の男も呼んでおけ!」


 宰相補佐官から切れ気味の言葉を投げかけられて、失態に気づき顔が青ざめたが後のまつりだ。


 補佐官が男爵の控えの間に入ると、フェルナンド男爵の下へ行き深々と頭を下げている。

 男爵の控えの間付きの自分より、各貴族の案内をするあの男の方が地位が高いので従っていたが、何時も軽くあしらう男爵達とは違っていたと漸く気付いた。

 そこで初めて、彼の男爵の紋章が羽根の付いたドラゴンだったと思い出した。


 侍従やメイド達と窓の外で集まっていた警備兵や騎士達は、宰相補佐官に案内されて出て行くフェルナンドを見送ることになった。


 * * * * * * *


 「来ているのなら、一言連絡をして欲しかったね」


 「連絡は頼みましたよ、午前中通用門に到着した時にね。男爵の控えの間でも何度かメイドや侍従に頼んだが、暫くお待ち下さいとしか言わないものだから、強制的にお報せしたのですよ」


 ヘルシンド宰相は補佐官から耳打ちされて、侍従やメイド達の不手際を知りフェルナンドに謝罪することになった。


 「謝罪は結構です。今日お訪ねしたのは、私の配下なった者や友人知人達の身辺を嗅ぎ回る事について、警告に来ただけです。私は今のところコランドール王国とも王家とも敵対する考えは有りませんが、そちらの出方次第では考えを改める事になりそうなんでね」


 「それは承知しているし、調査の中止を命じたよ。ただ判って欲しいのは王国の貴族や豪商ともなれば、王家としてもある程度把握しておく必要が有るのだ。その為の調査を命じただけで、君と敵対しようとしている訳ではない事を理解して欲しい」


 「判りました。すっかり遅くなってしまったので帰りの足がありません。家まで送って貰えませんか」


 余りにもあっさりと引き下がったので、一瞬何を言われたのか判らなかったが急いで補佐官に馬車の用意を命じた。

 フェルナンド男爵が補佐官の案内で執務室を出て行くと、次席の者に命じて朝からフェルナンドに関与した者全員を集めさせた。


 男爵の控えの間に集められた門衛から、案内係の侍従や男爵控えの間の係員達は、フェルナンドの落雷より恐ろしい雷の連続攻撃を受けることになった。

 そして明らかになった男爵達に対する侮った態度を問題とされ、叱責・降格・解雇とそれぞれ厳しい処分を受けることになった。

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