第73話 ウイラーの祟り
魔法を削除されたとも知らず、二人は再び詠唱を始めた。
「止めてよねぇ。怪我はしてないけどビックリするじゃない」
「二度も吹き飛ばされたぞ」
「雷撃魔法って結構威力が有るのな」
「ああ、黒龍族で魔法の名門だと威張っていただけの事はあるが、所詮この程度の魔法しか使えない様だね」
「おい、又詠唱をしているぞ!」
「大丈夫、奴等の魔法を消したから」
「消したって?」
「何を?」
「魔法を読み取ったり貼付出来るって言っただろう。不用なら削除も出来るんだよ、他人の魔法でもね」
「あっきれた! て言うか、あんたは創造神様以上の魔法使いね」
「アッシーラ様だって、授けた魔法を取り上げたってのは聞いたことが無いぞ」
詠唱を終えた二人が力んでいるが、何も起こらず焦っている。
腕を伸ばして二度三度詠唱しては掛け声を掛けているが、何も起こらない。
「本当だ、魔法が使えない様だぞ」
「マジかよぅ~」
氷結魔法と雷撃魔法使い相手なので、俺も土魔法を外して氷結魔法と雷撃魔法に変えている。
雷撃魔法の何たるかを教えてやろうじゃないの。
(雷!)〈バリバリバリ ドーォォォン〉10m程手前に落とした雷撃により吹き飛ぶ二人。
(雷!)〈バリバリバリ ドーォォォン〉
(雷!)〈バリバリバリ ドーォォォン〉
(雷!)〈バリバリバリ ドーォォォン〉
前後左右に四連発の雷撃を受けた為に、頭を抱えて蹲っている。
その二人の左右に巨大な墓標の如き氷柱を建ててやる。
何が起きているのか知らず、静かになったので恐る恐る顔を上げた二人は巨大な氷柱に驚いている。
雷撃魔法を見せ終わったので、土魔法と入れ替えて彼等の背後に防壁の様な土壁を造り、アイスバレットを左右の氷柱に射ち込む。
〈ドカーン〉〈ドカーン〉と二度轟音を立て氷柱とアイスバレットが砕け散り氷の欠片が二人に降り注ぐ。
最後はアイスジャベリンを背後の防壁に叩き付ける。
対戦車ミサイルジャベリンの様に爆発こそしないが〈ドオォォォン〉と爆発音にも似た轟音を立てて背後の壁を粉砕する。
至近距離での雷撃四発の後に氷の欠片が降り注ぎ、最後は防壁の欠片を雨霰と身に受けボロボロになった二人。
口笛でも吹きたい気分でゆっくりと歩き、二人の前に立つ。
ウイラーの目の前に、彼の父ホニングス侯爵直筆の書類の束を投げてやる。
のろのろと書類の束を手にしたウイラーが、ゆっくりと顔を上げる。
「やるよ」
俺の言葉と手に持つ書類を交互に見て、ウイラーの顔に血の気が戻ってくるのを見ながら、足を固定してゆっくりと二人を沈めていく。
〈えっ・・・お父様!〉
〈何だ此れは!〉
〈嘘っ足が、動けない〉
「あばよ、何れ機会があれば、女房のエイラとオルドも後を追わせてやる」
〈嫌ぁ~、足が足が抜けない! 止めて・・・助けて! お願い〉
〈さっきのは神様の悪戯と言われたお前の魔法か?〉
「魔法が使えなくなった気分はどうだ?」
俺の言葉が理解出来ないのか、ウイラーは沈んでいく地面と俺を見て足掻いている。
二人をゆっくりと穴の底に沈めると小さな空気穴を残して蓋をする。
防壁を崩して氷柱の魔力を抜き綺麗に均しておく。
折角揶揄ってやろうと思い、男爵の紋章入りの街着を着てきたのに、最後まで気付いてくれなかったのが残念。
「終わったか」
「ああ、有り難う。手間を掛けさせたね」
「お前の本気の魔法は恐ろしいな」
「何時もの魔法ですら凄いと思っていたのだが・・・」
「なんて言うのか、貴族に取り立てられるのも判るわ」
* * * * * * *
思いも寄らぬ出会いであったが無事に片付き、シエナラでのんびりしようと思ったがそうもいかなくなった。
ザマールとリンディが正式にロスラント家に勤めることになったと知った王家から、子爵様に呼び出しが掛かった。
その際二人の内一人を伴って王城へ出頭せよとの事と聞かされた。
ロスラント子爵様に預けたとはいえ、二人は俺の配下なので王家に勝手な事を遣らせるつもりはない。
と言うか、どれ程シエナラと王都の間を早馬が駆けているのやら。
ギルドの食堂ではウイラーと出会った際、挑発の為とは言え色々と喋りすぎた気がする。
王家から送り込まれている奴等に余計な事を教えてしまったし、追い払うのが一日遅かったのが悔やまれる。
絶対に追い返した奴らの仲間が食堂にも居て、話を聞いていたはずだ。
フンザの名は出していないがホニングス家にウイラーと男爵のヒントが有れば、簡単にヴォーグル領フンザの町に辿り着くだろう。
それに、ウイラーが大声で『フェルナン』と叫びやがったし。
ロスラント子爵様が王都に向かう馬車に同乗させて貰い、王都に向かった。
子爵様のお供で王城に乗り込み、王家にも釘を刺しておく必要がありそうだ。
* * * * * * *
「陛下・・・フェルナンド男爵を監視させている者からの急報です。フェルナンド男爵から彼と彼の関係者から手を引けと警告を受け、調査を続行するか問い合わせがきています。その際一名が殺されています。その時に『これ以上付け回すのなら敵対する事になる』そう伝えろと警告を受けています」
「何故知られた? 送り込んだ者は手練れ揃いの筈だな」
「十分経験を積んだ者達で、任務を悟られたことは無い者ばかりでした。その際彼は転移魔法を使っています」
「やはり転移魔法も使うのか」
「これで十大魔法の内七つを使える事になります。と申しますか七つの魔法を完璧に使い熟しています」
「仕方がない、彼の周辺から手の者を引かせろ。今後はロスラントや付き合いのある商人達からの聞き取りだけにしておけ」
「先程の事に関し、シエナラの冒険者ギルドで諍いが有ったようです。報告では黒龍族の親子との確執から闘いになり、翌日双方が街を出て森に向かったそうです。そこでフェルナンド男爵から警告を受けましたが、別の者が冒険者ギルドでの遣り取りの一部を聞いています。その者の報告に依りますとフェルナンド男爵をフェルナンと呼び、彼はウイラーとかホニングス男爵家没落とかの言葉を発した様です」
「ホニングス男爵・・・ホニングスの家名は一つだけだな」
「はい、ホニングス侯爵の権限で男爵に任命した親族だと思われます。ホニングス侯爵の領地はヴォーグル領ですので、ウイラー・ホニングス男爵の素性を調べさせています」
「それがフェルナンドの素性に繋がると思うか」
「まず間違いないかと。それを知られたくなくて、手の者を遠ざけたと思われます。先年、ホニングス侯爵家の嫡男と次男が相次いで病死していますが、半年ほどで当主の死亡届が出されました。そして三月もせずに三男が病死しています」
「やれやれ、ホニングス侯爵家の内紛にフェルナンが関与していると?」
「過去を知られたくないのであれば、まずその辺かと」
「話しに無理があるな。王都で冒険者登録をし、同じ様な時に冒険者になった者達と行動を共にしているのだろう。16才で侯爵家の内紛に関与する能力が有るとは思えんな」
「これは考えが飛躍しすぎた様です。現在の彼の能力を思えば・・・」
「だがホニングス男爵と呼ばれた男と、フェルナンドには諍いを起こす繋がりがあると言う事だな」
「ヴォーグル領内で、ウイラー・ホニングスとフェルナンと言う名を調べさせてみます」
「ウイラー・ホニングスについて聞きたい事が有ると言って、明日にでもホニングス侯爵を呼べ」
* * * * * * *
ウイラー・ホニングスについて聞きたいことがあると、ヘルシンド宰相より突然の呼び出しに仰天した。
あの事が露見したかと思ったが、新年の宴の時に会った彼は素知らぬ顔であったし、国王陛下も何も言わなかった。
ならば領地より追放したウイラーが、何か不味い事をしでかした可能性が高い。
聞かれるとすれば、爵位剥奪と財産没収の上領地より追放した原因についてと思われる。
彼と父の悪事で判っている事となれば、フンザの町でコッコラ商会が襲われた事とトリガン商会の繋がりで押し通す事にした。
幸いトリガン商会は消滅しているので、齟齬があっても誤魔化せる。
自分のした事ではないがホニングス家を潰す訳にもいかない。
しらを切り通すと覚悟を決めて、ヘルシンド宰相との面談に臨んだ。
* * * * * * *
「態々来て貰ったのは他でもない、ウイラー・ホニングスとは御当家の一員であったと思うのだが」
「はい。彼の者は私の弟で男爵位を授けられ、ヴォーグル領フンザの町を与えられていました。彼が何か?」
「いや大した事では無いのだが、冒険者同士の諍いに彼の名が出てきたのだよ。彼は追放になっているが御当家で何か不始末を? いや無理にとは聞きませんが、ただ彼と諍いを起こした者が古くからの知り合いらしくてね。フェルナンと言う名に心当たりは無いかね」
「残念ながら私は父に疎まれていて僻地で暮らしていましたもので、ウイラーの事は殆ど知りません」
フェルナンと言われて一瞬フェルナンド男爵が思い浮かんだが、名前と家名では全然違うので直ぐに忘れた。
もともと兄弟とはいえ性格が全然違ったし、自分は僻地暮らしで家族とも疎遠であった。
宰相よりウイラーが男爵でいた当時、フェルナンと言う名の少年と何らかの繋がりがあったと思われるので、調べておいて欲しいと頼まれた。
宰相からの頼みを引き受け、父や兄弟の悪事の事で無かったことに安堵して館に戻った。
宰相の頼みは執事を呼び、領地全域でフェルナンと言う名の少年を探せと命じた。
特にウイラーの領地であったフンザの町を一番に調べろと指示した。
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