第72話 挑発
書類と俺を交互に見て必死で何かを考えている様だが、お前の望む餌の用意は出来ている。
「俺も一端の魔法使い、冒険者として生きている。この書類が欲しければ、街の外で勝負をしようじゃないか。馬鹿娘と二人、勝てると思うのなら明日の朝西門から出て森へ向かえ。来なくても良いが、その時はロスラント子爵から王家へ此の書類が届けられる事になるな」
「お前が俺の怪我を治したと言ったが、本当ならこの腕を治してみろ!」
「いいぜ、怪我人を甚振る趣味はないので治してやるが、俺はそれ以外の魔法も使えるぞ」
それだけを告げて腕を治してやり、さっさと訓練場を後にする。
食堂へ行くとざわついていた室内が静かになり、俺から顔を背ける奴もいる。
「ユーゴ」
声に振り向くとコークス達がギルドにやって来た所だった。
「何か、食堂の雰囲気が変よね」
「何か有ったのか?」
「ちょっとね。エールを飲みながら話すよ」
四人を食堂の片隅に連れて行き、ホニングス男爵との模擬戦の話をする。
「爵位剥奪財産没収で追放となれば、冒険者家業か何処かの貴族か豪商の護衛か用心棒くらいしか仕事はないだろうからな」
「街中で使い走りや商人に雇われる何て仕事は、プライドが許さないだろうな」
「冒険者になれば、シエナラは良い稼ぎの場だから当然出会うか」
「それにしちゃ、良く模擬戦なんかに持ち込めたわね」
「例の事で揶揄ったのさ。誰の仕業かもね」
「呆れた。あんたって時々突拍子もない事をさらっとやるわよね」
「で、呼び出しに応じるかな」
「来なきゃ、あの書類が出るところへ出ると思っているからね。そうなれば彼奴らは犯罪奴隷だと脅しておいたよ」
「それで勝ち目は・・・って聞くだけ野暮ね」
「奴をどうするつもりだ?」
「出会わなきゃ放っておいたのだけど、出会ったからには落とし前は付けるよ。自分達の無力さをきっちり教えてからね」
コークス達も見届けにくると言いだしたので、一緒にハイドラホテルに向かう。
ホテルの食堂で預けたパルモの姿が見えない事を訊ねた。
「避難所とドームは、ユーゴが指南しただけの腕よね。ストーンアローとランスの命中率がちょっとね」
「彼奴は俺達冒険者に教わるのはプライドが許さない様だったから、知り合いのパーティーに防御担当として送り出したよ」
「いやいや、ハティーにと言うか女に教わるのが嫌そうだったぜ」
「公爵家の魔法部隊に居たプライドかな。冒険者が無理なら、ロスラント子爵様が拾ってくれるからいいよ。迷惑を掛けたね」
「なに気にするな。預けたパーティーは喜んでいたからな」
「防御と野営用のドームが有るのは安心感がまるで違うからな」
「ハティーの土魔法が上達してからは、野営の見張りが要らないし何の心配も無いからな」
「そのうち冒険者パーティーから、土魔法使いは引っ張りだこになるぞ」
「腕が良いとの条件付きだけどな」
「ハティーは此方の方はどうなの?」
掌を下に向けると、ゴブリンに協力して貰っているのでそこそこ使える様になったと笑っていた。
此れから暑くなるので、ハティーの了解を得て氷結魔法を貼付しておいた。
それを知った皆は、寝苦しい夜に氷が使えると知って喜んでいる。
なのでエールのジョッキに、拳大の氷を入れて飲む方法を教えておいた。
それと王家の手先が俺の周辺の事を嗅ぎ回っているので、貼付した魔法は余り人目に触れさせない様にと注意しておく。
「それって不味いんじゃないの」
「探っているだけで実力行使はしてこないよ。ロスラント子爵様も、王家から命じられて俺の事を報告しているってさ。俺の関係者に無理強いはするなと釘を刺されていると言っていたからね」
「何とまぁ~、お前に男爵の地位を与えておいてそれかよ」
「男爵はお願いされて受けただけだから、嫌になったら返す約束だよ。どうも俺の攻撃力と防御力を恐れての事らしいから」
「あれか、自分達のパーティーに所属していれば仲間って感じのやつ」
「敵に回さず、仲間に引き入れておけば安心ってことだな」
* * * * * * *
コークス達と連れだってホテルを出たが、今日は家紋入りの上等な街着でお出掛けだ。
初めて見たハティーが、王家の紋章に似ていると言いだして困った。
王家のドラゴンより一回り小さく赤いってだけでも目立つのに、男爵になった経緯と、紋章がヘルシンド宰相推薦で国王承認のものとは言えない。
四人に防御障壁の結界を施してから、西門の外で待っている筈のウイリーとエレノアを、誰にも見られない森の中へ案内する様にお願いする。
俺は彼等より少し遅れて西門を出るが、衛兵が胸の紋章に驚いている。
俺がロスラント子爵様の身分証を持っている事は知れ渡っていたが、男爵になっている事は知られていないので仕方がない。
* * * * * * *
「ウイラー・ホニングス元男爵様とエレノア嬢ですね。ユーゴ・・・フェルナンから、貴方方を森へ案内する様に頼まれた者です」
「その顔に見覚えがあるぞ、小僧に顎で使われる様になったのか」
「フンザで冒険者をしていた者達ですね。所詮流民同士仲が宜しいことで」
「その流民の仲間入りをした気分は如何ですか。私達は貴方方ほど悪辣ではありませんよ。人を陥れたりせずに、真っ当に生きていますからね」
「私たちに、その様な暴言が許されるとでも」
「あら、今は同じ冒険者であり流民同士対等ですよ・・・元お嬢様。それよりもフェルナンに御用ではありませんか」
「ハティー、あんまり揶揄うな。奴が待ちくたびれているいるかもな」
そう言って背を向けて歩き出すと、後ろを付いてくるのが気配で判る。
「おいおい、後ろから殺気がバンバン飛んできているんだが」
「気にするな、どうせ俺達を殺せはしないからな」
* * * * * * *
俺の索敵限界ギリギリの所を歩くコークス達と、少し遅れて歩くウイラーとエレノアが確認出来る。
彼等から40~50m後ろを二人の冒険者が歩いている。
俺は彼等から少し進路を外し、草叢や灌木を挟んで姿を隠しながらコークス達の向かう方へと歩く。
ご苦労な事に俺にも金魚の糞が二人付いているので、此奴等から排除することにした。
一度上空に跳び、結界を風船の様に張り落下速度を落として追跡者を確認。
彼等の後方にジャンプする。
〈エッ〉
〈消えた・・・〉
「消えちゃいないよ」
俺の声に硬直して、それからゆっくりと振り返る。
「毎日ご苦労さんと言いたいが、好い加減ウンザリしているんだ。これ以上付け回すのなら敵対する事になると伝えろ!」
「脅かすなよ・・・付け回すって何のことだい」
「一度死んでみるか、それとも大人しく王都へ帰るか?・・・・・・返事は無しか」
一人の男の手がそろりと後ろに回った瞬間、そいつの腹にアイスランスを射ち込む。
「待て! 待ってくれ・・・帰る、宰相閣下に伝えるので止めてくれ」
「俺や、俺の関係者を付け回すのを止めろと伝えろ」
「判った・・・必ず伝える」
その言葉を聞き前方の二人の背後に跳ぶと、木立の陰から前を伺っている二人の肩に、アイスアローを射ち込む。
背後から襲われると思っていなかったのか、アイスアローを肩に射ち込まれて振り向き、俺の姿を見て愕然としている。
「王都へ戻れ、お仲間が待っているぞ。言っていることが判らないのなら死んで貰うがどうする?」
「判った、帰らせて貰う」
聞き分けが良いのはいいことだ、その返事を受けて一度ウイラー達の背後に跳び、続けてコークス達の上空へ飛ぶ。
彼等の前方に少し窪地になったところがあるので、そこへ降りて待つことにした。
コークス達から見える様に窪地の縁に上がると、俺を認めて軽く手を上げ背後に何か伝えている。
「中々よさげな場所だな」
「道案内有り難う。巻き添えにならない様に離れていてよ」
って言っている間に、腕を伸ばして詠唱を始めているエレノアの糞野郎。
その横でウイラーも詠唱を始めやがった。
「あっと、吹き飛ばされるけど怪我はしないから安心して。但し目が回るかもね」
言い終わると同時に〈パリパリパリ・・〉と聞こえると同時に俺達の間に雷撃が射ち込まれた。
〈ワーッ〉とか〈キャー〉とか〈うおぉぉぉ〉何て聞こえるが、悲鳴を上げる余裕はある様だ。
目を回して何処に飛ばされたのか判らなくなれば、探すのが面倒だから一安心。
やれやれと立ち上がると、詠唱を終えたエレノアが待ち構えていてアイスランスを射ち込んでくる。
マジックポーチから訓練用の木剣を取り出し、飛んで来るアイスランスを横から殴り叩き折る。
まさかアイスランスを叩き折られると思わなかったのか、フリーズしているので中指を上に向けてちょいちょいとする。
「あぁ~びっくりしたわぁ~」
「不意打ちたぁ~、元男爵の矜持も無い様だな」
「結界魔法って便利だな。吹き飛ばされたけど怪我一つ無いぞ」
「いやいや、目が回って吐きそうになったぜ」
のんびり感想を述べながら集まって来るコークス達。
「あ~、追加が来るから注意してね」
「エッ」
ハティーのビックリした声と同時に、アイスランスがハティーに着弾する。
〈キャーあぁぁぁ・・・〉
「あの野郎!」
〈パリッ・・ドーン〉
〈うおぉぉぉ〉
〈またかよぅ~〉
面倒だからウイラー達の魔法を消してやる!
(読み取り・雷撃魔法・雷撃魔法・・・)(削除・削除・削除)
エレノアの魔法も(読み取り・氷結魔法・氷結魔法)(削除・削除・削除)
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