第71話 積年の恨み

 「暫く見ない間に、随分生意気になったものだな」


 「相変わらず馬鹿な男だなウイラー。何故お前達の計画が頓挫して、お前のパパが死んだのか判らないのか。お前の横に居るお嬢ちゃんと、馬鹿なお坊ちゃまが教えてくれたのさ。それをある人に教えたのでお前のパパと兄弟が死んだんだよ」


 俺の言葉の意味が理解出来たのか、横に立つエレノアをマジマジと見ている。


 「嘘よ! お前の様な馬鹿猫に話した事なんてないわ!」


 「それそれ、それだよ。俺を奴隷にするとか何とか口走ったのが馬鹿なボンボンで、慌ててそれを咎めたのが馬鹿娘なのさ。そしてその一言が、自惚れ屋のホニングス一族没落の弔鐘を鳴らしたのさ」


 「なるほど、色々と知っている様だな。お前にはそれを聞かなければならない様だ」


 「落ちぶれた男に用は無い。死にたくなければこの街から消えな」


 「そうはいかん、お前を見逃す訳にはいかない様だ」


 「言っておくが、15、6の時の俺じゃないぞ。お前も冒険者に落ちぶれたのなら、冒険者の掟に従って模擬戦で方をつけようか・・・恐くなけりゃだがな」


 「いいだろう。血反吐を吐かせてから聞かせてもらうぞ」


 〈おい! 奴が模擬戦を吹っ掛けたぞ!〉

 〈よーし、大穴狙いで落ちぶれ男爵に銀貨三枚!〉

 〈猫の仔と黒龍族じゃ勝負にならんだろう〉

 〈奴は無類の魔法使いだぞ〉

 〈馬鹿! 銀貨よりサブマスを呼んで来い!〉

 〈魔法使いと黒龍族の元男爵様か〉

 〈ただの魔法使いじゃねえよ。奴は強いぞ〉


 俺達の遣り取りで静まりかえっていた食堂が、一気にお祭り騒ぎになってきた。

 森で出会ったのなら殺して埋めるが、ギルド内で出会ったので半殺しにして放り出してやる。


 サブマスが不機嫌そうな顔でやってきたが、俺の顔を見て別な意味で不機嫌になった様だ。


 「お前、貴族になっても模擬戦をするのか?」


 「そこに居る、落ちぶれた元男爵とはちょっとした因縁があってな」


 「元男爵?」


 「ああ、一族で裏稼業に精を出していてヘマを打ち、爵位剥奪財産没収の上で追放された哀れな身だよ」


 「それは又、随分面白そうな話だな」


 俺の話を聞いたサブマスが、ウイラーに模擬戦を受けるのかと確認している。

 話の流れから模擬戦は避けられないと知っている冒険者達が、見物に良い場所を確保する為に、ゾロゾロと食堂から出て行っている。


 ウイラーの横に立つエレノアを好奇の目で見ている者も多い。

 さて積年の恨みを晴らす時だが、今日は俺の実力を見せるだけにしてやるよ。


 〈おい、見ろよ〉

 〈あちゃー、俺は奴に賭けたんだぞ〉

 〈黒龍族の前ではマジで猫の仔と変わらんな〉

 〈よーし、この勝負貰った!〉


 外野の声に改めてウイラーを見るが、何時も見上げていたので何とも思わなかったが確かに大きいな。

 サブマスの後ろに立つエレノアですら、サブマスより背が高い。

 何の因果で猫人の外見に生まれたんだか、積年の恨みと猫人と馬鹿にされ続ける元凶にお仕置きをしてやる!


 「お互い模擬戦の経験が有るようだからグダグダ言わないが、辞めろといったら即座に辞めろよ」


 「余計な事はいい、さっさと合図をしろ」


 「おいおい、未だに男爵気分が抜けないのか」


 「始め!」


 サブマスの合図を聞き、悠然と歩き出すウイラー。

 俺は何時もの訓練用木剣を下段に構えて待つ。


 「ふん、少しは練習したようだが、所詮は付け焼き刃だな」


 「俺が恐くて、棒きれ一つ持たせなかった男が良く言うよ。お前が恐れた俺の力を、直ぐに味合わせてやるさ」


 〈フン!〉一息吐くと喉を狙った突きがくるが、軽く身体をずらして躱し鍔元で弾きあげる。


 「遅いよ、裏家業が忙しくて訓練を怠っていたようだな」


 弾きあげられた木剣を上段に構え、ジリジリとにじり寄ってくる。

 対人戦特化型の剣さばきだが怖さは無い。


 誘いに〈トン〉と軽く足を踏み出すと、真っ向唐竹割りとばかり頭上から木剣が振り下ろされる。

 これも軽く横に弾くと「首から上を攻撃するのなら、俺がお前を殺すぞ!」とサブマスのドスの利いた声が飛ぶ。


 「だってさ。黒龍族と威張っていたが、猫の仔と蔑む俺相手に必死だな」


 ニヤリと笑ってからかってやると、顔が朱に染まる。

 〈ウオォォォ〉一声吠えると、袈裟斬りから返す刀で下から掬い上げ、横殴りにと連続攻撃が来るが悉く弾き返す。


 〈かー、良い勝負だな〉

 〈ばーか、何処を見ているんだ〉

 〈猫の仔相手に必死で射ち込んでいるのに、軽くあしらわれているじゃねえか〉

 〈こらあ~、でかい図体して何をやっている! 己に金を賭けたんだぞ〉

 〈あららら、お可哀想になぁ~。俺は奴に賭けたよ〉

 〈ケッ、大穴狙いだとほざいていた奴が偉そうに〉


 「ゴブリン程度なら通用するが、ゴールドランク相手では通用しないな。ブロンズやシルバー辺りに野次られるとは、随分落ちぶれたものだな」


 正眼に構え直して打ち込んで来るのを待つ。

 動かぬ俺にジリジリと近づき、再び突きを入れてきたが木剣を横に弾き飛ばす。


 突きの態勢から横に弾かれて体勢が崩れたところで、延びきった腕を叩き折り序でに横腹を蹴り飛ばす。

 木剣を手放し、俺に蹴られて転がり血を吐いて倒れたきり動かない。


 「止めー」


 〈かー、どっちが猫の仔か判らん試合だったな〉

 〈黒龍族より強い猫の仔って、化け猫かよ〉


 「あー、お前等、気安く猫の仔猫の仔と言いやがって、挙げ句に化け猫だぁ~。俺はお前等より耳は良いので声の主は判っている。此れから毎日模擬戦に誘って血反吐を吐かせてやるから覚悟しろ! 其処の意気がった赤い軽鎧の屑、相手をしてやるから降りて来いよ」


 「おいおいユーゴ、ブロンズの一級から昇級出来ない腰抜け相手に・・・」


 「駄目だね。人が大人しくしていると思って好き勝手を言い過ぎだ」


 コソコソと逃げようとするので、魔力を纏った脚力を披露して見物席に駆け上がる。

 背中を見せた男の襟首を掴み、訓練場へ投げ込んでやった。


 〈ギャー〉って悲鳴が聞こえたが生きているので訓練場へ飛び降りる。


 「サブマス、次の相手は此奴ね♪」


 〈うぉ~ぉぉぉ、凄え力だぞ〉

 〈あんなチビ・・・身体であの男を投げ跳ばすか〉

 〈俺は絶対に奴を揶揄わないと誓うよ〉


 「なかなか強引だな。しかし・・・相手は完全に腰が引けているぞ」


 「大丈夫だよ。人を舐めきって大口を叩いていたんだ、逃げたりしないよな」


 にっこり笑って問いかけたが、ほっぺをプルプルさせて歯をカチカチ鳴らしている。


 「ほらサブマス、今にも噛みつかんばかりに歯を鳴らして戦闘態勢だぜ」


 「お前も大概に性格が悪いな、どう見ても怯えているじゃねえか。お前、模擬戦を受けるのか?」


 ありゃりゃー、サブマスの足にすがって必死に首を振っている。

 駄目だ、代わりを用意するか。


 「おい! そこの三人組、お前等も大概人を馬鹿にした様な事を言ってたな」


 俺に声を掛けられてビクンとなり、顔色を変えて訓練場から逃げ出した。


 「おい、弱い奴を揶揄うのは止めろ。それより邪魔だから此奴を動ける様にしてくれ」


 「怪我は無料で治してやるよ。ちょっと其奴に内緒の話が有るんだけど」


 「はいはい、此処では殺すなよ」


 此処じゃ殺さないよ。

 それよりもっとダメージを与えてやるさ。


 ウイラーに縋り付いているエレノアを蹴り飛ばし、血反吐を吐いて伸びているウイラーの前に立つ。


 「何をする! 薄汚い妾の子が!」


 「邪魔なんだよ屑が、お前の相手は後でしてやるよ」


 脇腹を思いっきり蹴ったので肋骨が肺を突き破っているのか、苦しそうに咳き込む度に血を吐いている。

 魔力が勿体ないが二つほど使い(ヒール!)

 暫くすると咳も治まり、気がついた様で起き上がろうとしたが折れた腕の痛みに顔を顰める。


 「弱いねぇ~。碌に訓練もせず、血筋と親の権力だけで威張っていた結果だ」


 「己には恩も忘れて逃げ出した報い、必ず受けさせて遣るからな」


 「そりゃどうも、頑張ってね。それより此れを見ろよ」


 マジックポーチから一枚の書類を取り出し、ウイラーの目の前に突きつけてやる。

 眼前に突きつけられた書類を無意識に読み出したが、次第に顔色が悪くなっていく。


 「ノルカ・ホニングス侯爵の署名血判付きだ、お前達の計画は漏れていたのさ。そうそう、七月にコッコラ商会を襲撃したカディフは、襲撃者達と共に死んだぞ」


 そう言って、別の書類の束を見せてやる。


 「此方はお前達一族が裏仕事をしていた一覧で、これもノルカ・ホニングスの直筆で署名血判付きだ。フンザのコッコラ商会支店が襲われた経緯と、トリガン商会との仲も確り書かれているな」


 「何故・・・お前が此の様な物を持っている? 兄者達や父上の死の原因を知っているのか!」


 「声が大きいよ。お前達一族の裏仕事の事は、領民なら薄々知っていた事さ。お前達がフンザのあぶれ者達を犯罪者に仕立て上げ、俺を犯罪奴隷にする計画を潰すのは簡単だったよ」


 「お前は、計画を知っていて潰したと言うのか」


 「オルドの馬鹿が漏らした一言を、エレノアが冗談じゃないと教えてくれたからな。それに町の噂で俺は何れ殺されるか犯罪奴隷と判っていたしな。時々お前の所へ来ていた、カディフとの密談を聞けば後は簡単さ」


 「信じられん・・・お前にそんな力が有るなんて」


「父上! 此奴は授けの儀で神様の悪戯と言われていた屑なのに・・・屑の癖に、先程治癒魔法を使いました」


 「神様の悪戯ね。ほんと、神様もお茶目なことをするよ。ノルカ・ホニングス侯爵は死んだが、此れを王家に差し出せばお前達一家は間違いなく犯罪奴隷落ちだな」

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