第70話 邂逅
「お前、何時の間に男爵なんぞになったんだ?」
「去年の暮れだよ。どうでも良かったんだが、治療依頼がどっさり来て面倒だったんだ。それに教会が首を突っ込んで来たので、厄除けの為に貴族になれと言われてね。男爵なんて高位貴族の割り当てとか、高ランク冒険者辺りがなるものなんだろう」
「過去に功績があり、代々男爵って家系が一番多いと聞くぞ。まぁ俗に言う貧乏男爵って奴だ。それに貴族だって冒険者と同じで、高位貴族が少なくて下っ端の数が多いのは当然だろう」
「て事は、俺は有象無象の一人って事か」
「それでも一応お貴族様って事だな、男爵殿」
* * * * * * *
「サブマスに、此処へ行けって言われて来たんだけど」
「ああ、右のカーテンの奥へ行って症状を言えばいいよ。サブマスから注意事項は聞いているよな」
「ああ、黙ってろって言われたよ」
カーテンの奥には椅子と簡易ベッドが置かれ、女が一人と背後に屈強な男が二人立っていた。
促されて椅子に座り、腕を痛めて仕事に行けないとぼやく。
袖を捲りあげて見せた腕は、パンパンに腫れ上がり黒ずんでいた。
それを見てリンディはホッとした。
いきなり大きな傷や自分に手の負えない負傷者が来たらと、心配でドキドキしていたのだ。
腕を見ながら掌を翳し、綺麗に治る様に願いながら(ヒール!)と呟く。
「おお、凄ぇぇ。此れって治癒魔法だよな・・・俺、金を持ってねぇけど・・・」
「今は練習中ですので、お金は要りません」
「終わったらさっさと出ていけ。ペラペラ喋るなよ!」
怪我が治った男がニコニコ顔で出て行ったが、カーテンを隔てた隣からは不遜な声が聞こえて来る。
「怪我を治してくれるって聞いたが、本当だな!」
「あ~ん、信用できないのなら出て行け! 俺も暇じゃ無いんだ。黙って座って症状を言うか、引き返すか好きにしろ!」
「何おぅ、怪我人だと思って馬鹿にしやがると」
「こらこら、喧嘩腰では話にならん。怪我を治したいのか喧嘩をしに来たのかどっちだ」
「ザマール、冒険者の半分はこんな奴だから口の悪いのは無視しろ。気に入らなきゃほんのちょっぴり治して放り出せ」
「けっ、猫の仔が偉そうに」
「ほう、生きが良いな。後で俺と模擬戦を遣るかい」
「えっ、ちょっと・・・それは、あんたとはその~ぅ」
「怪我を治して貰いたかったら、最低限の礼儀は守れよ。今回はただで治してやるが、次はぼったくってやるからな」
足を引き摺っていたので聞くまでも無い。
悪い方の足を蹴って持ち上げると〈ウオッチチチ〉と騒ぎながら簡易ベッドにどさりと座り込む。
ブーツを乱暴に脱がすと、声も上げずに身悶えしているが臭い!
思わず(クリーン)と綺麗にして足を見ると、何かを踏み抜いた様な傷だが腫れて膿始めている。
後をザマールに任せると、傷を見て一つ頷き(ヒール!)と呟き簡単に治したが、相変わらず大雑把で傷痕がバッチリ残っている。
リンディなら傷痕すら残さず治すが、此ればっかりは当人の性格なのでどうにもならない。
まぁ、ゴブリンやオーク・ホーンボア等で練習したので、傷痕なんか気にする必要も無かったのも影響しているのかな。
後をザマールに任せて、次の奴の受付に戻る。
午前中に打ち身切り傷や病気がちな者等の、軽い傷病者は粗方片付いた。
サブマスにギルドまで来られない者を連れてくる様に伝えて、アイアンランクで食いっぱぐれている奴等を雇って運ばせる事にした。
午後からは担架に乗せられた男がやってきたが、胸が陥没して高熱を発している。
ザマールとリンディを並べて各自の見立てを聞く事から始める。
「ザマールは治せそうか?」
「瀕死のゴブリン相手より元気そうですし、治せると思います」
冒険者相手に自信を付けたザマールが、患者の胸に手を翳し(ヒール!)
・・・(ヒール!)・・・(ヒール!)
ちょっと(鑑定!・症状)〔胸部陥没・損傷、脊椎損傷・神経圧迫〕って、此れって詳しいってより此の世界の医学知識に無い情報じゃないの?。
俺だって医学知識は無いが、理解出来る程度に鑑定結果が出ている様だ。
「ザマール、ゴブリンは故意に傷付けていたので、単純な切り傷や骨折だったが彼は違うぞ。使う魔力と治癒魔法で一番大事なことを思い出せ」
困った様に俺の顔を見るが、治癒魔法は使えるのだからその先は自分で考えろ。
(ヒール!)と二度続けて治療を施したが手に負えず、俺とリンディの顔を交互に見て頭を下げる。
次はリンディにやらせてみる事にした。
暫く患者を見て考えていたが、深呼吸を一つして目を閉じると(ヒール!)と呟く。
リンディの掌からは何時もの淡い光りで無く、柔らかで明るい光の球が患部を包み吸い込まれていく。
俺が大量の魔力を使った時もこんな風に見えていたのかと初めて知った。
(鑑定!・状態)〔健康・体力低下〕
俺の様な鑑定情報無しでも、きっちり治している。
ザマールに比べると、リンディの方が治癒魔法使いとしては向いている様だ。
「ザマール、判ったか?」
俺の問いかけに困った顔をするザマール。
「さっきザマールは三回と二回治癒魔法を使ったが、それぞれ一回の治療で治る程度の魔力を使ってっただろう。ゴブリンとオークを同じ様に治療して治してきたが、あの時は未だ治癒魔法の魔力の使い方が大雑把だったから治せたんだ。今では傷一つ治すのに最低限の魔力で治せる様になっているが、逆に言えばこんな重傷者の怪我を治すには魔力が足りないんだ。多分リンディはザマールを見て使う魔力が足りないと気付いたと思うよ、そして何時もより8~10位に魔力を増やして治療したはずだ」
そう言ってリンディを見ると、微かに頷いている。
「兄さん、気分はどうだい?」
「ああ、全然苦しくないよ楽になったぜ。ありがてぇ」
上半身を起こし身体を捻って状態を確かめている。
「体力が落ちているだろうから、たっぷり飯を食って元通り動ける様になってから稼ぎに行きなよ」
牙で足をザックリと切り裂かれている者や、見事な粉砕骨折と思われる者が運ばれてきた。
ザマールが志願して治療していくが、怪我の状態に会わせた魔力の使い方に苦労している様だ。
なので必要と思われる魔力より一つ二つ多目に使えと指示する。
慣れるまでは必要な魔力をきっちり使うなんてのは無理なので、多目に魔力を使うのも仕方がない。
冒険者ギルドに一週間も通えば、治癒魔法が必要な患者も居なくなってしまった。
多少の骨折や切り傷程度なら、治癒魔法使いが二人も居るのだからホイホイ治すので患者は居なくなる。
重傷者が次々と沸いて出ることも無いので、治癒魔法の練習を打ち切ることにした。
* * * * * * *
「シエナラに送り込んだ者からの報告では、フェルナンド男爵が暫く魔法使い達を連れ歩いた後、三つの冒険者パーティーに預けたそうです。土魔法使い一名氷結魔法使い二名に雷撃魔法使い一名、それぞれ見事な腕前だそうです。それとロスラント子爵より、治癒魔法使いに関する報告が早馬で送られて来ました。フェルナンド男爵提案により、男爵の配下としてロスラント子爵が預かる事になったそうです。冒険者ギルドでの治療は、初日だけの報告ながら治癒魔法が使えなかった者とは思えぬ、見事なものだそうです」
「十大魔法の内、土魔法・火魔法・氷結魔法・雷撃魔法・結界魔法・治癒魔法を使い熟し、或いは転移魔法もか」
「その上授かったとは言え魔法が使えなかった者を、短期間に一人前の魔法使いに導ける者となれば、もはや賢者と呼んで宜しかろうと思います」
「我が国に賢者が存在する、大々的に知らしめるべきだが・・・」
「彼は依頼によって男爵を名乗っておりますので、発表には注意が必要かと」
* * * * * * *
ザマールは俺の配下ながら、ロスラント子爵家の筆頭治癒魔法師としてシエナラの館に勤めることになった。
条件として月に金貨10枚の俸給で一年契約、館に部屋を貰い外出には護衛が二名付く事になった。
子爵家または男爵家に仕えるのが嫌になれば、契約満了を持って自由と約束した。
リンディは王都の館にて治癒魔法師を務める事になり、条件はザマールと同じと決まり喜んでいた。
本来ならリンディを筆頭治癒魔法師にするのだが、王都が恋しい様なのでザマールを筆頭に据えた。
* * * * * * *
ザマールとリンディをロスラント子爵様に預けた二日後、コークスやハリスン達と合流しようと冒険者ギルドに顔を出した。
ただ、顔を出しても会えないのが冒険者の辛いところで、エールのジョッキを片手に食堂でのんびりしていた。
「フェルナン! 何故お前がこんな所に居る!」
怒声に振り返れば、見たくも無い奴が立っている。
その横には気位だけが高い、エレノアが俺を睨んでいる。
「此れはこれは・・・誇り高き黒龍族の男爵様が、冒険者の身形で何をなさって居るのですか。と言うか、随分落ちぶれた格好ですなぁ」
半笑いで揶揄って遣ると、額に青筋を浮かべて怒鳴りだした。
「この恩知らずの野良猫が、よくものうのうと生きていたな」
「大恩有るホニングス家を逃げ出したと思ったら、こんな所に居たのね」
「恩知らず・・・そう言えばお前にはよく殴られたよな。親のお情けと女房の里からの援助で威張っていた糞野郎が。聞いたぞ、爵位剥奪の上財産を没収されて領地から叩き出されたんだってなぁ」
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