第69話 男爵家の配下
「ユーゴ様・・・此って本当に噛みついたりしませんか?」
「んー、此れで暴れたり噛みついたりする様なら、俺の手には負えないよ」
「リンディは怖がりすぎだろう。此れほど頑丈に固定されたゴブリンが、噛みつくなんて無理だよ。だいたい噛みつこうにも口枷をしているので噛みつけないよ」
土魔法で作ったテーブルに大の字に固定したゴブリンを怖がるリンディの為に、ゴブリンの顔が見えない様にボロ切れを被せてやる。
「はいはい、リンディ詠唱から始めなよ」
腰の引けたリンディが詠唱を始める。
「アッシーラ様に我は願い願い・・・、此の・・・ゴブリンの傷を癒やしたまえ」・・・(ヒール!)
掌から淡い・・・眩しいくらいの光りがゴブリンの腕に降り注ぎ、傷付けた腕を綺麗に治す。
「未だまだ魔力を使いすぎているな。今使った魔力の半分でもう一度だ」
そう命じて、可哀想なゴブリンの腕にナイフを突き立てる。
「魔力操作で、治療に使っている魔力の流れは判っているだろう。あんなにに魔力を大量に流さなくても、この程度の傷は治るんだよ。今度はさっきの半分だぞ、忘れるな!」
ザマールは最初こそもたついたが、魔力の流れを把握してからは覚えが早かった。
リンディは治癒魔法が使える様になってからも、中々魔力の調節が上手く行かない。
此れには個人の性格が影響している様で、ザマールは魔力の調整は上手いのだが傷の治りが今一だ。
それに比べてリンディは綺麗に治したいとの思いが強いのか、魔力を大量に使う癖がある。
それもあってか、リンディが治療すれば完璧に治り傷痕も残らない。
だがそれでは一度に数人しか治せないし、そんなに魔力を使わなくても同じ様に治せる事を覚えられない。
「リンディ、魔力がどれ位残っているのか判っているか?」
「えぇ~と・・・半分ちょっとです・・・かねぇ」
「自分の魔力が幾つか知っているよな」
「94・・・です」
「今の様に魔力を使えば四人、精々五人の切り傷を治せば魔力切れで終わり。俺と同じ様に少ない魔力量で治せば、最低でも90人以上の切り傷を治せるんだ。魔力をぶっ込めば治る訳じゃないって何度言えば判るんだ! 言っておくが魔力の使用量を減らさなけりゃ、出来る様になるまで続けるのでゴブリンの死体が山程出来るぞ」
涙目のリンディだが、誰が小汚いゴブリンを捕らえてきて水洗をいしていると思っているんだ。
ゴブリンを何度もウォーターでジャバジャバし、二度も三度もクリーンを掛けているのを他の奴等に見られたら笑い者だよ。
特にコークス達に見られたら、指差して笑われそうだ。
初めてドームの中でゴブリンを固定した時のあの匂いは、馴れている俺でも耐えられなくて即座にドームを潰して埋めてしまったからな。
ちょっと荒療治だが、二人を連れてゴブリンを探しに出掛ける事にした。
ゴブリンの群れを見つけると二人を避難所で待たせて、俺一人でゴブリンの群れに忍びよりアイスアローを両手足に射ち込む。
その状態でリンディを連れて来て、両手足を土魔法で地面に固定してリンディに治療させる。
治療に使う魔力を少なく出来る様になるまで続けると宣言し、毎日ゴブリンの治療を続けさせると一週間目には半分に出来る様になった。
それからは早かった、魔力の使用量を減らしても変わらず綺麗に治せると理解したのが大きかったと思う。
毎日ゴブリン相手で涙目のリンディだが、ザマールにはオークやファングドッグ等の治療を遣らせていたので、彼も結構腰が引けていた。
何だかんだで野獣相手に治癒魔法の練習を続けた結果、何とか合格点になったのでロスラント子爵様の所へ行く事にした。
街に戻りロスラント子爵様の所へ行くと言った時の、二人のほっとした顔には笑ってしまった。
* * * * * * *
ロスラント子爵邸を訪れると、執事のペドロフに執務室へと案内された。
公爵家に仕えていたとは言え地下牢に放り込まれていた二人は、貴族の執務室になど入ったことがないのでガチガチだ。
跪こうとする二人を制してソファーに座らせる。
「練習の成果は如何ですか」
「それなりに満足して頂けると思いますが、最後の試しを冒険者ギルドでやりたいと思います。ギルドなら怪我人には事欠きませんので、それには一つ問題が在ります」
「私が協力出来ることであれば、遠慮無く仰って下さい」
「無所属の治癒魔法使いの存在は騒動の原因になります」
そこまで言ったら子爵様に手で制され、執務机の方へ呼ばれた。
「その事ですが、私の配下にするのは少し都合が悪くなりました。私はコランドール王国の貴族ですし、国王陛下の忠臣を自認しております」
「何か言ってきましたか?」
「貴男のことは逐一報告せよと、但し無理はするなとの注釈付きです。その為に公になっていることや冒険者ギルドでの活動などを報告していますが、王家の手の者も多数送り込まれていて色々と探っています。彼等のことや知り合いのパーティーに預けられた者達の事もね。無理はするなとの言葉通り、彼等に無理強いをする気配は有りませんが、私の配下となれば話しは違ってきます。そこで提案があります」
提案? と首を傾げると、一際声を潜めて俺の配下にしろと言ってきた。
意味が判らず目で問いかける。
「ユーゴ・フェルナンド男爵殿、貴男も立派なコランドール王国の貴族の一員ですよ。そして男爵と謂えども、王家の紋章に酷似した紋章を許された者です。貴男と貴男の配下には、高位貴族と謂えども迂闊に手を出せません。提案とは彼等を貴男の配下または身分証を与え紋章を許した上で、私に預けられては如何ですか。彼等を預かる諸費用は全て私が負担いたします。貴男は名を、私は実利をと言った所ですかね。こうしておけば王家も無理は致しません」
「其処までして王家に睨まれませんか」
「貴男は娘マリエの恩人ですし、王家も馬鹿ではありません。私と貴男の仲を知らない筈はないのに、貴男の事を逐一報告しろと言ってくる程ですからね」
「でも俺の男爵位は何時でも返上可能で、王家に忠誠を誓ったものでもありません。其れでも通用しますかねぇ」
「国内の貴族に対し、貴男に男爵位を与えた理由を説明していません。ただ通達のみでしたが、新年の宴の前日に見せた魔法の威力を見れば、王家が貴男を男爵に据えた意味を理解したはずです。貴男が爵位を返上しても、此の国に留まる限り王家は貴男を優遇しますよ」
「教会はどうです」
「微妙なところですが、貴男は教会の言いなりになりますか」
とんでもないと、肩を竦めて意思表示とする。
ロスラント子爵様との話し合いは、ソファーに座る彼等には聞こえないので不安そうだ。
ザマールとリンディの二人には、俺、フェルナンド男爵の配下としてロスラント子爵様の所へ預けることになったと説明する。
治癒魔法師として俺の配下となるからには、衣服の胸にフェルナンド家の紋章が必要になる。
子爵邸にお泊まりして仕立屋を呼び、急いでそれなりの服を作らせることになった。
俺の身分証を受け取った二人の顔が引き攣る。
「ユーゴ様、いえ、フェルナンド男爵様此れは」
「あー紋章を考えるのが面倒だと言ったら、陛下と宰相が此れにと決めたんだよ」
「エレバリン公爵殿は不満そうだったがね」
エレバリン公爵と謂えども紋章のドラゴンに羽根が無かったが、俺の紋章のドラゴンには羽根が有る。
王家以外で羽根の有るドラゴンの紋章は俺だけなので、ビックリするのは無理も無い。
俺は意味を知らずに決めて貰ったからな。
なんちゃって男爵だし少し上等な街着に紋章を付けているだけなので、配下となる二人の衣服もそれに合わせて作る。
五日程で準備が整ったので領主で有るロスラント子爵様と共に、ザマールとリンディを連れて冒険者ギルドに出向く。
ロスラント子爵様と二人、治癒魔法使いと護衛を引き連れて冒険者ギルドに入った時はビックリされてしまった。
子爵様がギルマスに面会を求めると、慌てた受付がサブマスの所へ飛んでいき「二階のギルマスの所へ行け!」と怒鳴られていた。
話しの内容が内容なのでサブマスにも立ち会ってくれと頼み、ギルマスの部屋を訪れる。
「後ろの二人が治癒魔法使いでフェルナンド男爵殿の配下ねぇ。無料で冒険者達を治療してくれるのは有り難いが、教会や治癒魔法師ギルドに話を通さなくて宜しいのですか?」
「ギルドマスター殿、領主として治癒魔法使いを預かるのだが、経験を積ませる為に暫くの間だけの事です。此の地で野獣討伐に携わる冒険者達の、体調管理だと思って下さい。ただ大々的にやれば角が立ちますので、サブマスが治療する者を決めて下さい。二人は空き部屋をお借りして、そこで治療致します」
暫しギルマスとサブマスで話し合っていたが、サブマスが治療者を選び二人が治すことに決まった。
期間は一月程度で治療費は不要だが、治療に際して口止めだけはギルドがする事になった。
ザマールとリンディは子爵邸から冒険者ギルドに通う事になり、子爵様の騎士が護衛に付くと決まる。
俺は冒険者スタイルに戻り、経験の無い二人に助言と補佐をすることにした。
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