第57話 紋章の意味

 ロスラント子爵様の馬車に同乗して王城に向かうが、どうも俺の知る男爵と待遇が違う。

 俺の知る男爵家はウイラー・ホニングス男爵で、彼は王城へ出掛けたことが無い。

 生活もフンザの税と親元のノルカ・ホニングス侯爵から援助を受けていた。

 それ以外にも、妻の実家からもお小遣いと称して毎月幾許かを貰っていた。


 ロスラント子爵様にそれを尋ねると、公・侯爵権限で授ける男爵と国王陛下が授けるものでは扱いが違うそうだ。

 前者は公、侯爵の配下であって王城に出仕登城する責務は無いが、国王陛下に任じられて授爵した者は他の貴族と同様に扱われる。


 俺の場合は忠誠を誓った訳ではないが、国王陛下より男爵位を授かっているので後者の扱いとなる。

 しかし男爵位と領地を授かった場合、領地は概して僻地にあり王都迄出て来るだけで多額の金子が必要になる。

 町や村一つ程度の領地では資金を捻出できないので、公式行事も招待状は出すが来なくても何の不都合も無いとの事。


 男爵位の年金貴族もいるが、冒険者から臣下に加わった者達は集まりに出たがらない者もいるそうだ。

 俺もそれを見習いたいが、年に一度以上は顔見せをしてコランドール王国に所属していることを示さなければならない。

 面倒事を避ける為に面倒事に巻き込まれる、難儀だねぇ。


 子爵専用の入り口から案内の従者に従ってロスラント子爵様の控えの間に落ち着いた。

 男爵には個人用の控えの間は与えられておらず、男爵専用の一室を共同で使う様だ。

 個人で従者を連れていない者が殆どなので、世話係の者が身の回りから場内での細々とした雑用をしてくれる様になっている。


 ロスラント子爵様は俺の世話係を王家より命じられているので、以後も子爵様の居る時は男爵用の控えの間を使わなくても良いと教えられた。

 こんな所へホイホイ来て喜ぶ趣味は無いので、有り難く使わせて貰う事にしよう。


 暫くして侍従が迎えに来て、宴の会場へ向かう。

 大きく開かれた扉の前で「ロスラント子爵様。フェルナンド男爵様」とよく通る声で告げている。


 大広間へ足を踏み入れると注目の的だが、注目の意味が少し違う。


 〈あれよね〉

 〈意外と小さいな〉

 〈あの身体であの魔法を使うのか〉

 〈噂通り冒険者上がりの様ね〉

 〈見て、あのみすぼらしい姿〉

 〈冒険者の成り上がりだ、貴族社会の厳しさを教えてやろう〉


 チビで悪かったな、ほっとけ! 

 貴族の厳しさより、冒険者相手の方が厳しいと教えてやるぞ!


 子爵様の後に続き会場の中程に移動するが、奥の方がガラガラだ。

 子爵様曰く、爵位の低い者から会場に入るそうで、貴族社会だねぇ~と感心する。

 顔見知りから挨拶を受ける子爵様の後ろで、お茶を飲んでいるとコッコラ会長がやって来た。

 そう言えば子爵待遇だと聞いた覚えがある。


 「フェルナンド様、ご気分を害されることも有るかと思いますが・・・」


 「大丈夫ですよ。相手の名前をきっちりと覚えておき、後日話し合いに行きますので」


 笑顔で返答する俺を見て、首を竦めるコッコラ会長。

 しかし下位貴族とその伴侶達は皆華やかで、少し上等な街着の胸に男爵の紋章を刺繍しただけの俺は相当浮いた存在の様だ。


 「フェルナンド男爵殿かな?」


 不意に声を掛けられて振り向くと、目付きの鋭い狼人族の男が俺を見下ろしている。

 胸の紋章には男爵位を示す細い赤線一本、衣服も周囲から比べると余り上等な物では無い。


 「そうですが、貴男は?」


 「すまん、グレン、グレン・オンデウス男爵だ。昨日の魔法を見て興味が湧いてな。俺は見ての通り冒険者上がりで、こんな所に顔を出さないのだが」


 「私も冒険者ですよ。ギルドカードも持っていますし」


 「やはりそうか。中々の魔法だが討伐した獲物は?・・・と違った、どうすればあれ程の魔法が使えるのだ?」


 「練習としか、魔法を授かってから毎日魔力切れを起こすまで練習をしていました」


 「それであれ程の魔法攻撃が出来る様になるのか?」


 「それはそれぞれの相性と言いますか、同じ魔法を授かっても個人差が出ますからね」


 「今も王都周辺へ狩りに出掛けるのだが、少し腕を悪くしてな。それを補う為に俺の魔法を見て貰い、直すところが有れば教えて欲しいのだ。言い遅れたが雷撃魔法と短槍スキルを授かっている」


 冒険者にしては素直だし、俺の様な小僧を侮りもせず真剣に教えを請うとは好感の持てる男だ。


 「今のところホラード通りのベルリオホテルに泊まっています。殆ど居ませんが、支配人に俺への用件と住所を記した用紙を預けておいてくれれば、約束は出来ませんがお訪ねできるかも。その時は一度一緒に狩りに出ませんか」


 「是非お願いしたい。年金貴族と言っても王都周辺で稼いでいるので、何時でも来てくれ」


 「フェルナンド男爵様、宰相閣下がお呼びです」


 宰相の補佐官に声を掛けられて話は終わったが、普通の男爵の生活に興味があるので、一度訪ねてみたいものだ。


 補佐官の後に続き、高位貴族の群れる方へ進むと大注目。


 〈男爵如きが宰相様に呼ばれるなんて〉

 〈あれって、昨日の魔法使いでは?〉

 〈子供を男爵に任ずるなんて〉

 〈先日、通達のあった男か〉

 〈あれ程の魔法使いなら、召し抱えられて当然か〉

 〈ユーゴ・フェルナンドと言えば、治癒魔法で噂のあのユーゴではないのか?〉


 治癒魔法の言葉が聞こえると、いっそ周囲が騒がしくなった。


 〈それなら昨日の五大魔法に治癒魔法も熟す事になるぞ!〉

 〈なんと・・・六属性持ちの魔法使いか!〉

 〈糞ッ、もっと早く呼び出していれば配下に置けたものを〉


 見るからに高位貴族と思われる群れの中に、ヘルシンド宰相の姿が見える。


 「宰相閣下、フェルナンド男爵様です」


 「おお、フェルナンド殿、済まないが暫く傍に居て貰えるかな。もうすぐ陛下がお見えになるのでな」


 「余り目立ちたくないし、面倒事は御免ですよ」


 「なに、昨日のことで十分目立つ存在になっているぞ」


 ニヤリと笑いながらそう言われて、一月金貨30枚は安かったかなと少し後悔した。


 「ヘルシンド殿、その男が昨日の魔法使いですかな」


 「エレバリン殿か、紹介しておこう」


 「必要在りませんな。其れよりお聞きしたい事がある。何故由緒あるドラゴンの紋章を下賎な者に許したのか? ドラゴンの紋章は王家と其の血筋に許されたものではないか。しかも、翼を持つドラゴンは王家のみが使うものと知らぬ訳でも有るまい」


 「許すも何も、国王陛下が与えられたのですぞ。彼の魔法にはそれだけの価値が有ると仰られましてな」


 おいおい、蝙蝠の羽が生えた蜥蜴ってそんなご大層なものだったのかよ。

 しかも真紅のドラゴンなんて、黄金色のドラゴンより目立っているじゃないの。

 此の男、羽の無い蜥蜴の紋章で太い赤線一本ってことは公爵だよな。

 エレバリン公爵・・・二度も逃げ出した男って此奴か。


 マジマジと紋章と顔を見比べていると、公爵と目が合った。


 「その方何を見ておる、無礼であろう!」


 「エレバリン公爵様とお見受けします。ホリエント騎士団長は御健在ですかな」


 〈お前の様な下賎な者が許しも無く公爵閣下に何を問う! 下がっておれ!〉

 〈無礼であろう!〉

 〈男爵風情が、宰相閣下に声を掛けられて舞い上がるな!〉

 〈公爵様に直接話しかけるとは礼儀知らずにも程がある〉


 「無名の冒険者を無理矢理館に引きずり込み、抵抗されると逃げ出した男に何の遠慮の必要がある。しかも呼び付けた相手に会いもせずに、部下を見捨てて逃げた奴が由緒ある王家の血筋って・・・ハン!」


 「己ぇぇ、よりにもよって逃げたなどと。儂を侮辱するとは」


 〈公爵閣下に対し、何と言う無礼な言い草だ〉

 〈取り消せ! 取り消して謝罪しろ!〉


 「えっ、ご主人様の身の安全を慮った騎士団長を解任したり、二度目の訪問では配下に命じて俺を攻撃させただろう。なのに自分はさっさと逃げ出してしまった。ホリエント騎士団長の後釜に据えられた男も、優れた判断力で魔法部隊が壊滅した時点で、配下の者を逃がしたな。聞けばその男も首になるなと笑っていたが、主がこれじゃぁーねぇ」


 周囲に人垣が出来、俺の話を興味津々で聞いている。


 「なかなか面白そうな話だな」


 「へっ、陛下!」

 「触れも出さずにお出でになられるとは・・・何の真似事ですかな、陛下」


 「なに、面白そうな話しに興味が湧いてのう。フェルナンド、詳しく聞かせて貰えるか」


 狼狽えるエレバリン公爵をちらりと見て、陛下に一礼して話し始めた。


 「ダブリンズ領シエナラから王都に戻り、久方振りに知り合いを訪ねました」


 治癒魔法の腕で俺の名が知れ渡り、知り合いに紹介を強要する者が多数いて難儀していた事。

 俺の宿泊先を教える様に伝えたところ、貴族の配下の者が直接俺を呼びに来る様になった。


 その中にエレバリン公爵配下の者もいて、余りにも無礼なので叩き返したが再び現れたので面倒になり、直接断る為に公爵邸へ同行した事。

 しかし、公爵邸ではエレバリン公爵の所へは行かず、連れ込まれた先は拷問部屋だったことを話す。


 そこでは公爵閣下に対する礼儀を教えると言われて、いきなり棍棒で殴られたこと。

 やられたのでやり返すと、それからは武器を振りかざして襲って来るので返り討ちにした。

 俺を呼び付けたエレバリン公爵に文句を言おうと本館に乗り込んだが、まんまと逃げられたと話す。


 横に立つ、エレバリン公爵の顔色が冴えないのは気のせいかな。

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