第58話 とんだ食わせ者
流民たる自分が公爵邸で暴れたのでは罪に問われる恐れがあるので、後日公爵殿ときちんと話し合う必要があると思い改めて出向いたが、警備兵の訓練場に連れ込まれて魔法部隊の一斉攻撃の歓迎を受けたと話す。
攻撃を受ければ反撃するのは冒険者として当然のこと、雷撃魔法にて撃退して公爵邸に向かったが、途中でホリエント騎士団長が待っていた。
ホリエント騎士団長は一人の男を連れていていて、彼は騎士団長の職を解任されていて近々首になるだろうと話し、連れの男が後任だと紹介した。
何故攻撃を止めたのかと問えば、主人の命令で魔法部隊に攻撃を命じたが、部下には勝てそうもなかったら逃げろと指示をしていると話した。
俺も首だなと笑っていたが、その後本館に乗り込んだが公爵殿は嫡男共々逃げ出して居なくなっていた。
事の経緯を話し終わっても周囲は静まりかえり、陛下は態とらしいしかめっ面でエレバリン公爵を見ていたが、やがて静かに口を開く。
「エレバリン、その方の館で争いがあったとの報告は受けていない。フェルナンドだけの言葉を信じる訳にはいかぬ、その方の見解も聞いておこう。話せ!」
「陛下、此の様な下賎な者の言葉を信じるのですか? 確かに私はユーゴなる治癒魔法使いを呼べと配下に命じました。されど邸内に招き入れるといきなり配下の者を攻撃し始めた為に取り押さえよと命じました。されど雷撃魔法を受けて配下の者が次々と倒れた為に、騎士団長より我がいては戦い難いと進言されて館より退きました。偏に無頼なる男を取り押さえる最善の策の為です」
「では聞くが、二度目はどうして逃げ・・・何故館の外に出たのだ?」
「陛下、宜しいでしょうか」
〈無礼者! 陛下の許し無く勝手な事を申すな!〉
〈これだから、無頼の者を貴族になどしてはならないんだ〉
「その方達こそ黙れ! お前達は誰に仕えているのだ。フェルナンド話せ」
「解任されたホリエント騎士団長と、後を継いだ騎士団長を呼び出し詳細を聞けば宜しいのです。未だ首になっていなければですが」
「そうだのう。エレバリン公爵、その二人を予の前に連れて来い。ヘルシンドは調査の準備をしておけ」
ヘルシンド宰相が一礼すると、エレバリン公爵の顔色がますます悪くなった。
「双方の見解が違いすぎる。騎士団長とやらの話を聞いて判断しよう。今日は新年の宴だ、その方達も楽しめ」
この王様、とんだ食わせ者だな。
どうやら宮廷闘争か危険分子の排除に利用されている様だ。
高々男爵風情に羽根の付いた蜥蜴の紋章を与えたのも、囮か餌としてだろう。
その餌でエレバリン公爵って大物が釣れたので、国王陛下はご機嫌の様だ。
公爵の取り巻き達は公爵の顔色を見て不利を悟ったのか、黙り込んでいる。
「フェルナンド、付いて参れ」
おいおい、男爵を引き受けたけど臣下になった訳ではないぞ。
と思ったが、国王が男爵に気を使っていては示しが付かないだろうと思い我慢して従う。
各国の公使達から新年の挨拶を受けながら上機嫌な国王陛下、公使達に次いで王国の高位貴族から順に挨拶を受けながら、時々俺に話しかけてくる。
俺は完全な晒し者だ、覚えていろよ。
また顔色の悪い男が現れたと思ったら、ホニングス侯爵じゃないの。
不味った、公式行事の場に出れば顔を会わせることがあるのは当然だし、俺の声を聞いて誰だか判ったのだろう顔が引き攣っている。
絶対に陛下の手先として動いていたと思われているだろうな。
約束は守られたし、これ以上関わる気は無いのでさりげなく陛下の陰に隠れる。
約束の顔見せは終わったしさっさと逃げ出したいが、公式な主人の挨拶も終わっていないのに帰る訳にもいかないし、帰る方法も判らない。
と言うか、エレバリン公爵のせいで挨拶が無かったよな。
先ずは案内人のロスラント子爵様を探さねば迷子だ。
* * * * * * *
一月の半ばに、商業ギルドからお求めの部屋が見つかりましたと連絡が来た。
市場に近い所を希望していたが、市場までは10分程度の距離。
グレスビ通り8番地3階左、四階建て屋根裏を含めると五階建ての三階の部屋は、頑丈一点張りなのが気に入った。
部屋の広さは日本風に言えば三間五間と行ったところで片隅に台所とトイレ以外は作り付けのストーブが有るだけ。
お家賃金貨六枚、たっかーと思ったが庶民の住宅はもっと狭くて天井も低い。
それでも王都だと銀貨の7、8枚は必要なので、広ければ広いほど家賃は跳ね上がるそうだ。
家賃は商業ギルドからの引き落としの手続きを済ませてお引っ越し。
紋章官に住まいの変更を知らせて、取り敢えずベッドとソファーにテーブルと椅子を求めて何日も掛けて王都内をウロウロする事になった。
一日銀貨3枚で貸し切りの辻馬車のお世話になったが、思ったよりも快適で便利だった。
ちょい乗りだと王都の端から端まで行っても銀貨1枚と、タクシー料金を考えると割高で庶民には無理なお値段。
扉に注文の紋章を付けて漸く雑用が終わった時には二月になっていた。
* * * * * * * *
ベルリオホテルの支配人から受け取った依頼用紙の中から、グレン・オンデウス男爵のものを抜き取り訪ねて行くことにした。
バシタル通り7番地4階右奥、庶民の家より少しマシな感じの家で扉には紋章が取り付けられている。
多分街の警備兵やチンピラの難癖避けの効果くらいはあるのだろう。
吊るしの街着で行ったので「小僧さん、何か用なの」と言われてしまった。
名を名乗りグレンと約束していたので訪ねてきたと伝えると、息子と二人で薬草採取に出ていて夕方にならないと戻らないと言われてしまった。
毎日王都の外へ出掛けているとのことなので、明日の早朝訪ねてくると伝えて家に帰った。
* * * * * * *
早朝グレンの家を訪ねて、彼の息子オールズと三人で王都の南門ズダリン街道に出て森に向かう。
道中許可を得て彼等を鑑定すると、グレンは〔生活魔法・雷撃魔法・短槍スキル・魔力92〕、息子のオールズは〔生活魔法・長剣スキル・気配察知スキル・魔力24〕と分かる。
冒険者としての能力を見る為にオールズが斥候でグレンと続き、俺は少し離れて歩く。
二時間ほど歩いて休憩し、俺が気付いたことを話す。
「オールズは気配察知に頼り過ぎだな。索敵をもっと練習すべきだと思うよ」
そう言って遠くの茂みを指差し、アイスバレットを叩き込む。
アイスバレットが茂みに飛び込み音を立てると、ホーンラビットが飛び出し逃げて行く。
「ほう、此れほど離れているのに判るのか」
「小さい奴なら40~50m位が限界だが、大物なら倍程度の距離でも判るな。オールズの場合は気配察知を授かっているので、それに頼りすぎだよ。それと冒険者を続けるつもりなら、剣に頼らず短槍や弓を使うべきだね。短槍なら常に手に持っているし、弓なら多少距離があっても倒せるからね」
そう言ってマジックポーチから少し大きめの小弓を取り出して、弦を弾いて見せる。
「小弓だけど一回り大きい奴で、矢もそれに会わせた物で鏃を少し重くしている。ホーンボア程度なら楽に狩れるよ。暫く俺が斥候をするのでよく見ていて」
「その・・・ユーゴ、魔法の指南を頼みたいのだが」
「それは夜ね、いきなり教えても無理だよ」
休憩が終わる前に、二人には内緒で索敵スキルを貼付しておく。
〔索敵スキル×4〕になったので、冒険者ギルドに行った時に補充を忘れない様にしなくっちゃ。
二人の20m程前を歩きながら、索敵による全周警戒をする。
現在俺の索敵能力は80~100m程度で、これ以上は余り必要無いと思って練習をしていない。
獲物の多い場所だと、索敵範囲内に大小無数の反応が出て煩い。
今もゴブリン6匹の群れと、ホーンラビットかヘッジホッグの反応が三つばかりある。
先ずゴブリンから片付ける事にして、グレン達に合図を送ると静かに近づきながら矢筒を腰に付け小弓を手にする。
草叢からゴブリンまで約40m、距離がありすぎるので20m付近までダッシュする。
ゴブリンが気付いて向かって来るが、即座に小弓の連射を開始して最後の一匹は5m程手前で仕留める。
周囲を索敵して安全を確かめてから、ゴブリンの魔石を取り出しに掛かる。
「小弓の腕は良いのだが、魔石の取り出しは下手だな」
「普段はゴブリンを討伐したら、埋めてお終いにするからね。俺はホーンラビットやヘッジホッグにチキチキバード等の鳥程度で満足しているよ」
「ん? ユーゴは冒険者ギルドでは、時々大量の獲物を持ち込むことで有名だぞ」
「確か、アイアンランクの時にオークを一人で三頭倒していると聞いた覚えが」
「未だその話が残っているの。王都を離れるとオーク程度は普通に居るけどなぁ」
「ああ、俺も旅をしている時は結構狩ったけどな。腕の、と言うか肩の調子が悪くなってからは全然駄目だな」
「他に仲間は? 魔法使いなら仲間がいなきゃ遣りづらいだろう」
「昔ドラゴン討伐の依頼が出てな、五つのパーティーが合同で受けたんだ。総勢31人で何とか討伐はしたが、死人が半数以上出てボロボロさ。その功績で男爵になったが、パーティー仲間で五体満足なのは俺一人だ。皆引退しちまったよ」
その後ヘッジホッグ二頭を狩り、魔法の練習に都合の良さそうな場所に野営用のドームを作る。
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