第55話 フェルナンド男爵
思いもしない依頼を受けて男爵になる事を承諾したが、紋章と家名を決めろと言われて悩む。
日本にいた時も紋章、家紋なんて気にも掛けなかったし知らない。
此の世界の紋章も碌に知らないのにどうしろと、と悩んでいると助け船を出してくれた。
宰相が紋章は此方で適当なものを用意しても良いと言われたので、お任せする。
家名はユーゴに続ける語呂の良いフェルナンにしようと思ったが名前が二つになるので、ドを付けてユーゴ・フェルナンドに決めた。
これで用事は終わったと思ったが、面倒事はここからが始まりだった。
先ずこのままホテルに戻ると、教会の者が来て諍いになるのは間違いない。
男爵位授爵の通達が行き渡るまで、別の場所に居て欲しいと言われたが住まいの手配までも出来ていた。
新たな者がやって来て、国王の前に跪いた者のはロスラント子爵様。
俺が依頼を受けると見越して、手配は出来ていたって事か。
男爵位授爵の通達は、王都内なら翌日には届くが紋章と身分証の手配に一週間は掛かるそうだ。
その間はロスラント子爵家に滞在して、準備が整うのを待つ様にと言われる。
昼食が振る舞われて食後、公式に披露する魔法を見せて貰えないかと頼まれる。
公式に披露する魔法なのに、国王が知らないってのも不味かろうと思うので了承する。
披露する魔法は土魔法と氷結魔法に火魔法、それとエレバリン公爵邸で使った雷撃魔法に決めた。
国王陛下とヘルシンド宰相に続き、ロスラント子爵様と共に魔法訓練場に向かう。
魔法訓練場には50人を超す人々が参集していたが、皆それぞれローブを纏った魔法部隊の者の様だ。
前回見た腰下までのローブかケープか判らない物から、足首までの長いものまで様々で、ローブの長さが階級に直結している様だ。
宰相がローブの一団に俺が〔ユーゴ。フェルナンド男爵〕だと伝えている。
最初に結界の魔力を抜き消滅させると、的より50m程の位置に立つ。
的の数は10本、アイスランスで左から五本の的を連続で射ち抜き、次いでストーンランスで残り五本の的を射ち抜く。
〈何だ、あの早さは!〉
〈無詠唱で連射とは・・・〉
〈早さもだが、あの威力と正確さは驚異的だぞ!〉
〈あれだけの能力が在ればこそ、無敵の結界か!〉
「宰相閣下、全員を私より20m以上後ろに下がらせて下さい」
魔法部隊の者が不審げな表情で後ろに下がる間に、土魔法と氷結魔法を削除して火魔法と雷撃魔法を貼付する。
〔雷撃魔法×7・火魔法×10〕と一つずつ減ったが、魔法使いの集団が居るので隙あらば補充させて貰おう。
全員下がっているのを確認してから、雷撃魔法を連続して五回落とす。
〈バリバリバリドーン〉
〈バリバリバリドーン〉
〈バリバリバリドーン〉
〈バリバリバリドーン〉
〈バリバリバリドーン〉
一息ついて、直径3m程の火球を作り、的の背後の壁に向かって射つ。
〈何だあれは!〉
〈嘘だろう〉
〈そんな馬鹿な!〉
巨大なファイヤーボールが壁に吸い込まれると〈ドォォォーン〉と轟音と共に砕け散り火花と土煙が舞い上がる。
壁を粉砕したファイヤーボールは爆風となって俺の方に押し寄せて来るが、横長の壁の様に張り巡らせた結界によって上空に逸れる。
爆発の衝撃で壁が消失しているので、攻撃魔法の披露を止めた。
爆風避けの結界を消滅させてから、国王陛下に向かって一礼して終わりを告げる。
「何とも凄まじいものだな」
「以前見た火魔法より随分大きかったですぞ・・・あれで手加減をしていたのか」
「雷撃魔法まで使えるのか。治癒魔法に結界魔法、そして攻撃魔法の土魔法・氷結魔法・雷撃魔法・火魔法。十大魔法の内、六つも使えるとはな。驚いたぞ」
「陛下、陛下・・・とんでもない逸材ですぞ。六つの魔法を使い熟すだけでなく、これほどの威力を持つ魔法使いなど初めて見ました! 是非我が魔法師団の指南役に御命じ下さい! ユーゴ殿是非我が師として魔法のご教示を願いたい」
このおっさんこの間の事を忘れたのなら、もう一度手枷を嵌めてやろうかしら。
今度は手加減無しの強力な奴で、泣いて謝るまで壊れないやつをな。
魔法の指南役なんぞ遣る気はないので、宰相の顔を見て軽く顔を振っておく。
魔法師団長が騒いでいる間に、土魔法・氷結魔法・雷撃魔法を各五個ずつ読み取り記憶しておいた。
* * * * * * *
「ユーゴ殿・・・フェルナンド殿、陛下に問われて話してしまった。お約束を守れず申し訳ない」
「宜しいですよ。子爵様のお隣の領主殿も知っていましたし、王都に来てからは多数の依頼が舞い込んできました。皆さん情報源を多数お持ちの様ですから」
「それとフェルナンド殿がシエナラで何をしていたのかと、王家が気にしていましたよ。冒険者をしていたのは知っているが、詳しい事は何も知らないと答えておきました」
「子爵様、ユーゴで宜しいですよ。依頼として男爵位を受けましたが、気に入らなければ何時でも放棄可能ですから」
こりゃー、遠からずハリスン達王都の穀潰し達の事も調べられそうだな。
俺との繋がりで王都の穀潰しからコークス達大地の牙と調べられれば、フンザの町に辿り着くのもそう遠くなさそうだ。
シャリフ・ホニングス侯爵は父親や兄弟の死に付いては喋らないと思うし、ウイラー・ホニングス男爵は爵位剥奪財産没収の上領地より追放になっている。
俺の出自が判ってもそれ迄だろ。
ロスラント子爵邸では、杖をついたマリエお嬢様の出迎えを受けた。
「ユーゴ様、良くお出で下さいました」
「お加減は如何ですか」
「教えて下さった補助具のお陰で、何とか一人で歩ける様になりました」
マリエお嬢様の手を取ってサロンに落ちつくと、改めて俺がユーゴ・フェルナンド男爵になった事を子爵家の家族に紹介された。
怪我が治って間のないマリエ様まで、何故王都にいるのかと疑問に思い尋ねた。
「マリエの事は多くの者が知っていて、それが完治して歩く練習をしていると王家までもが知る事になりました。私がユーゴ殿の事で呼ばれた時に、娘も連れて来るようにと命じられたのです。噂の確認の為でしょう。現に陛下と謁見する時に娘も同行する様にと、ヘルシンド宰相から指示を受けました」
「閲見は初めてでしたが、私共が控え室に到着してから多くの方々に怪我の回復祝いの言葉を頂きました。好奇心からでしょうね、まるで珍獣を見る様な目付きでしたわ」
「私も同様ですよ。どうやって歩けなくなった者が治ったのかと・・・治癒魔法に決まっていると返事をすると、あの噂は本当なんだとね。それでなくとも貴方に対する問い合わせが殺到していましたが、無視していましたので噂によって動いた方も相当数いたようです」
確かにね、噂だけであれだけの人間が俺に依頼してきたからな。
治癒魔法師が少なすぎるのだろうが、アッシーラ様は必要な人数に治癒魔法を授けていると思う。
欲に駆られた奴等のせいで、治癒魔法を授かっても習得しようとしない者が多く絶対数が足りないのだろう。
「ロスラント子爵様、御領地で治癒魔法使いは集まりましたか?」
「ユーゴ殿、様は不要ですよ。治癒魔法を授かっていると判っている者に声を掛けてみましたが、捗々しくありません」
「それは多分使いの者のせいだと思いますよ。貴族や王家・大店の使いの者は、得てして横柄で高圧的な態度で接しますからね。どんなに好条件を示されても、接する人間の態度を見れば約束が守られるとは思わないでしょう」
ロスラント子爵様は、腕を組んで考え込んでしまった。
* * * * * * *
二日後、王城より紋章官が俺の紋章と身分証を持ってロスラント邸にやって来た。
ロスラント子爵様と同席の上、宰相に任せていた紋章を受け取ったがやってくれるよ。
〔茨の輪に交差する槍と剣、その上に真紅のドラゴン〕勿論蝙蝠に似た翼付きで王家の紋章のドラゴンより一回り小さいだけ。ドラゴンを黄金色にして槍と剣が無ければまんま王家の紋章になる。
「これはこれは、王家がフェルナンド殿をどの様に考えているのか一目で判りますね。教会や他の貴族達も、迂闊な事は出来ないと理解するでしょう。勿論他国の公使達もね」
それはそれで面倒な予感がするのだが、出たとこ任せにするしかないな。
紋章官が紋章の見分け方、公・侯・伯・子・男爵の違いを教えてくれる。
公爵は紋章の下に赤く太い横線一本。
侯爵は紋章の下に、公爵家の紋章を二つに分けた赤く太い横線二本。
伯爵は紋章の下に、侯爵と同じ太さの赤い横線一本。
子爵は紋章の下に、細く赤い横線二本。
男爵は紋章の下に、細く赤い横線一本。
差し出された俺用の身分証も紋章の下に細い赤線一本が引かれている。
それとは別に配偶者や親族用に10枚と、配下の者用に青線の引かれた物が20枚と使用人用に20枚渡された。
足りなければ紋章官に言えばお作り致しますと丁寧に言われたが、はてさて。
俺の住まいはと聞かれたので、ホラード通りのベルリオホテルと伝えると、お屋敷が決まりまればお報せ願いますとの事。
毎月振り込まれる年金は商業ギルドのカードを見せておく。
自分用の身分証に血を一滴落として確認した後は、マジックポーチに放り込んでおく。
ロスラント子爵様から預かった身分証の事を思い出して、お礼を言ってお返しする。
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