第50話 挑発
揶揄われたと思い腰の剣に手を掛けるが、流石に抜く事はしない。
「冒険者如きが、伯爵様を愚弄する事は許されんぞ!」
「お使いご苦労様です、用件を仰いなさい。怒鳴り散らす為に来たのではないのでしょう」
6人とも顔を赤らめ、こめかみをぴくぴくさせている。
「伯爵様が貴様に依頼を出したのに一向に返事がない。どうなっているのかとお怒りだ」
マジックポーチから依頼書の束を取り出し、お怒りの騎士の目の前で振って見せる。
「見えますか、数ヶ月前の依頼が33枚、一件の依頼を完了して帰ってみれば13枚増えているんですよ。そして十日ほど訓練をして帰ってみれば、又7枚増えている。オスロン・レトウィク伯爵様の依頼書は、最後の7枚の中の一枚ですな」
「それがどうした。有象無象の依頼など後回しで良い! 伯爵様の御前でそれを言え!」
「宜しいんですか? レトウィク伯爵様より前に出された、35枚の依頼書の殆どはお貴族様からのものですよ。有象無象の中には公爵家から始まり侯爵,伯爵,子爵様達ですが、彼等を敵に回しても優先しろと仰せですか。それに王都の豪商達かな、それでもと仰られるのでしたら伺いますよ」
依頼書の束を、彼等が見える様にパラパラとめくって見せる。
俺の言った事が理解出来たのか、怒りによる興奮が収まり冷や汗を流して考え込んでいる。
「考えるまでもないでしょう。黙って帰り、間抜けな伯爵様に事実を伝えれば良いだけです。もう一つ今回の治療だけで三月ほどを要しました、レトウィク伯爵様の御前に参上するには、幾星霜の月日が掛かる事やら」
そう言って肩を竦めてから依頼書をマジックポーチに戻して、朝食の続きを始める。
暫く俺を睨んで唸っていたが、何も言わずに帰っていった。
ふと気になってレトウィク伯爵の依頼書を確認すると、お抱え騎士の怪我の治療依頼ってあるが、腕が良ければ召し抱えて使わすって・・・舐めとんのか!
もっと派手に揶揄っておくべきだったと後悔したが後のまつり。
当初の予定が大幅に狂ってしまい、治癒魔法は貴族や豪商達に知れ渡ってしまった。
これからどうすべきか悩むが、良い考えが浮かばない。
取り敢えず金は有るし全ての魔法が使えるので、貴族や豪商達に無理強いされてもやり返せるので気にしないことにした。
* * * * * * *
「宰相閣下、ユーゴなる冒険者の登録情報で御座います」
書記官の差し出した用紙を見て顔を顰める。
〔ユーゴ〕統一歴725年6月生まれ、18才、男。
741年7月、王都クランズの冒険者ギルドにて冒険者登録。
出生地不明、魔法不明、魔力73、犯罪歴無し。
「この出生地不明とは何だ」
「その~、登録地は自由な為に出生地を申告しなくても問題ないそうです。水晶球による犯罪歴も無いとの事ですので、冒険者登録は可能なのだそうです」
「では、この魔法不明とは?」
「本人は魔法無しと申告しておりまして、水晶球の確認でも読み取れなかったそうです。これ以上正確に読み取る為には、教会の魔力判定版が必要になるそうです」
「読み取れなかったとは、どう言う意味だ?」
「申告に寄れば文字を書き損じた時によくやる、縦横に線を数本引き読めなくする時と同じだったそうです」
それは、教会では神様の悪戯と呼ばれる現象だった筈で、魔法無しと判定されていた筈だ。
なのに、この少年は複数の魔法を使い熟している。
こうなるとユーゴと言う名前も偽名かもしれない事になる。
判っているのは、年齢と冒険者登録の他に魔力73だけか。
こんな男を臣下として雇って良いものか、しかし別な報告によれば治癒魔法や他の魔法もずば抜けている。
未だ教会が囲い込んだ様子も無いし、一度呼び付けて魔法試しをしてみた方が良かろう。
此処まで考えて、魔法部隊の師団長を呼ぶ様に書記官に命じた。
* * * * * * *
朝食後のお茶を楽しんでいると、支配人が満面の笑みでやって来て恭しく辞儀をする。
「ユーゴ様、王家よりお迎えが参っております」
お茶を吹きださなかった俺を褒めて欲しいと真剣に思う。
王家か・・・お迎えとは考えもしなかったな。
お迎えなら、エレバリン公爵家の一件は漏れていないのだろう。
王家に知られたら、公爵家の恥以外の何ものでもない話なので当然か。
支配人の後ろに控えている男が王家からの使いの様だが、冒険者スタイルの俺をジロジロと見ている。
「ユーゴだな。王家の魔法師団長より、その方を連れて参れと命じられた。即刻出頭せよ」
「あんたに、俺がコランドール王国の臣民に見えるか?」
「ツベコベ言わずに我に付いて参れば良いのだ! それとも警備兵を引き連れて迎えに来ても良いのだぞ」
「冒険者、流民を相手に王家を名乗って無理矢理連れて行くのなら、お前も魔法師団長とやらも後悔する事になるが良いのか?」
「余計な事を言うな! 黙って馬車に乗れ!」
よーし、腹は決まった。
俺を呼び付けたことを後悔させてやるし、お前も魔法師団長とやらも首は覚悟しておけよ。
「支配人、3日たっても帰って来なかったら部屋は片付けても良いよ。預けている金は良くしてくれた心付けだ」
呆気にとられる支配人に笑いかけ、使いの男について迎えの馬車に乗る。
動き出した馬車の中で、大規模戦闘用に雷撃魔法か火魔法か悩んだが先ず状況を見ることにした。
馬車の中で偉そうにふんぞり返る男を読み取ってみる(読み取り)〔生活魔法・事務スキル・魔力6〕
じっ、事務スキルなんてのも授かるのか、思わず吹き出しそうになったぜ。
アッシーラ様もお茶目だねぇ。
王城は貴族の館に取り囲まれていて、城壁をぐるりと回り通用門から入ると止まる事無く走り続ける。
無愛想な男と膝をつき合わせて馬車に揺られ、到着したところは質実剛健を具現化した建物の前。
横柄に「降りろ!」「付いて来い!」の二言以外は何も言わず歩き出す。
建物内部には警備兵や騎士に混じってローブを羽織った男達がチラホラと見える。
迎えの男の後を歩く冒険者スタイルの俺に、好奇の目を向けてくるが話しかけて来る者はいない。
頑丈な扉の一つを通ると、ローブ姿の者と雑用係と思しき小者の姿だけになる。
幾つもの扉の前を通り過ぎて、衛兵の立つ扉の前で姿勢を正すと「師団長様に命じられたユーゴを連れて参りました」と報告する。
衛兵のノックによって扉が中に引かれると、数名のローブ姿の男女が待っていた。
衛兵の守る部屋なら、魔法部隊の師団長とやらがいるのは間違いないだろう。
探す手間が省けたと思っていると「その小僧か、連れて来い!」と銅鑼声が響く。
偉そうだねぇ~、ちょっとわくわくしてきたけど神妙な顔で声の主を見る。
筋骨隆々・・・戦斧を担いで突撃するのが似合いそうなおっさんが、仁王立ちして俺を見ている。
ローブの片方を捲って肩に掛けているが、魔法使いのイメージが一瞬で崩れ去った。
「小僧、治癒魔法を能くするそうだな。その腕前を披露して貰うぞ。それが終われば土魔法と氷結魔法を試して、最後は結界魔法で我々の攻撃を受けて貰う」
よく調べているが、公爵邸で放った特大のファイヤーボールは知られていない様だ。
「小僧、師団長のお言葉に返事をしろ!」
煩いので、下唇を突き出して肩を竦めておく。
〈貴様ぁぁぁ〉
〈複数の魔法が使えると思い、逆上せ上がっているな〉
〈師団長、結界魔法から確かめましょう。我々の攻撃で血反吐を吐かせてやりましょう!〉
「静かにしろ! 此は宰相閣下からの指示だ。使い物にならなければ、相応の報いを受けさせてやる」
あんまり偉そうに言っていると、相応の報いとして授かった魔法を削除してやるぞ。
「付いて来い」と言われ、むくつけきおっさんの後に続くと、長い通路を歩き一つの建物の中に入る。
純白の服に綺麗な刺繍を施したケープを纏った一団に迎えられたが、此処でもジロジロと値踏みする様に見られる。
治癒魔法使い達と思われるので病棟かな。
通路の左右に並ぶ部屋の一つに入ると、傷病者達のベッド五つほど並んでいる。
一人の男の所へ連れて行かれて「治してみろ」と軽く言いやがった。
そう命じた男に向かい、黙って手を差し出す。
「なんだその手は? 怪我人を治せと言っているんだ!」
「あのなぁ、俺は冒険者なのでただ働きは御免だ。治療しろと言うのなら金を払え!」
「おっ・・・おまっ、お前は・・・」
「言いたいことははっきり言えよ。それとも、言語障害でもあるのか?」
「お前は、王家の命を金に換えると言うのか!!!」
「何が王家の命だ! 依頼も出さずにいきなり呼び付けて治せ等と、巫山戯たことを言うな! 言っておくが、ロスラント子爵の息女の治療には金貨200枚を貰ったし、骨折した足の治療にも金貨200枚を貰った。お前が治せと言った男を治療したら幾ら払うんだ? 金を払う気が無いのなら治療はそこの奴等にやらせろ。それよりも土魔法と氷結魔法を試すと言ったな、それを遣ろうじゃねえか。お前達の土魔法使いと氷結魔法使いと比べさせろ」
「良いだろう。魔法訓練場でお前の魔法をじっくりと試させて貰うぞ」
望むところだよ。
まんまと俺の企みに乗ってくるとは、案外間抜けだよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます