第51話 実力差
魔法訓練場は練兵場の片隅に有り、高さ6~7mの壁を巡らせて標的が十数本立っていた。
「何処からでも良い、射ってみよ」
「えっ、王家の魔法師団の実力を隠す気なの、と言うか人を呼び寄せて魔法を披露しろうってんのなら先に射てよ。それとも偉そうに言っているが自信が無いの」
「一々煩い小僧だ、宰相閣下の言葉がなければ即座にひねり潰してやるところだぞ。オイ! 魔法師団の実力を示してやれ!」
〈はっ〉と返事をして出てきた男は、腰までのローブ・・・ケープを払い肩に乗せる気障な仕草から構え、徐に詠唱を始めた。
〈冬の凍てつく大気に満ちる、精霊の加護を集めて我の力となれ!・・・ハッ〉
アイスランスが射ち出されたが、精々強弓から射ち出す矢の速度で楽に目で追える。
此の世界では強弓から射ち出される矢の速度以上の物が存在しないので無理もないか。
振り向いた顔は、どうだと言わんばかりに鼻高々で笑いそうになる。
「一発だけですか?」
「能書きはいい、己も射ってみよ!」
へいへい、奴は35m程の距離から射ったので、俺はちょいと下がって40m程の所から射つ。
奴の射った的を狙い(まぬけなばかやろう・ハッ)と口内で呟きアイスランスを射ち出す。
但し、速度は砲弾を想定した速度で〈ドゴーン〉と、轟音と共に一瞬にして的と背後の防壁を射ち抜いた。
続けて
(まぬけなばかやろう・ハッ)〈ドゴーン〉
(まぬけなばかやろう・ハッ)〈ドゴーン〉
(まぬけなばかやろう・ハッ)〈ドゴーン〉
と追加で三連射して、全て的と背後の防壁を射ち抜いて見せた。
振り返ると全員フリーズしているので予定変更。
真っ昼間だが指向性フラッシュの連射で目潰しをして、全員の視界を奪う。
その隙に標的の前に直径10m程の結界を張り、10/100の魔力を二回込めておく。
〈何だ・・・何も見えないぞ〉
〈何が起きたんだ?〉
〈どうなっている?〉
〈此は何事だ?〉
〈目が、目が・・・〉
なんて言っている奴には、お前はムスカ大佐かと突っ込みそうになったが我慢我慢。
隠形スキルに魔力を乗せて姿を隠す。
戦斧を持たせば似合いそうな、筋骨隆々とした仁王様には一人だけ手枷足枷を嵌めてやる。
「どうだ手枷と足枷を嵌めているし、息がし辛いのは首輪のせいだ。宰相が俺を呼び出す様に命令をしたと言っていたな」
「これはお前がやったのか?」
「そうだ。目が見えないだろうが、お前には手枷と足枷を嵌め首にも土魔法の輪を嵌めている」
そう告げながら首輪を締めたり緩めたりと繰り返し、俺の自由に出来ることを教える。
「お前の部下達は目潰しだけで放置しているが、お前達全員を何時でも殺せるんだ。王家に好き勝手に扱われる気は無いと、宰相に伝えておけ。不満なら取り押さえに来れば良いが、死人の山を築くだけだぞ。魔法部隊を寄越しても、あんなひょろひょろ魔法なら俺の結界を破るのは百年無理だな。足枷は外してやるが、手枷と首輪は大口を叩いた代償に魔力が抜けるまで付けておけ」
そう告げて手枷と首輪に追加の魔力をしっかりと込めてから、足枷の魔力を抜いてやる。
「みんな大丈夫か」
「師団長、目が見えません」
「私もです」
俺も自分もと申告する声が上がるのを、師団長から少し離れた場所で見物する。
暫くすると目をしばたかせたり、目をこすって回復した視力を確認している。
「師団長、それは?」
「土魔法の手枷と首輪だと言っていたな。魔力が抜けると外れるとは言っていたが・・・」
不自由な手で目をこすり視界が戻ったのを確認している。
「師団長! あの男が居ません!」
「逃げたのか?」
「馬鹿め、城内で逃げても無駄な事を」
「直ぐに警備隊と王城の護衛騎士に賊が逃げ出して行方が知れないと連絡しろ! 俺は宰相閣下に報告してくる」
そうそう、しっかりと宰相の所へ案内してね。
手枷が恥ずかしいのかスカーフで隠して急ぎ足で歩く師団長。
俺とのコンパスの差を考えろよと文句を言いたいが、余計な事をして隠形が外れても困るので黙って付いて行く。
漸く城内に入ったと思ったら、メイドや従者達専用の通路らしき所をずんずんと行く。
道案内をしてくれるのならもっと判りやすい所を通れと、胸の内で毒づきながら付いて行くと、突然広く立派な通路に出た。
歩いている者達の身形も良く、貴族や官吏と言った面持ちの者達ばかりになる。
ノックもせずに一つの部屋に入ると待合室の様で、そこ此処には立派な椅子が置かれているが他の調度類が無い。
十数人居る者達は、突然現れた魔法師団長を見てびっくりしている。
突き当たりの扉脇に控える男に「非常事態だ、急ぎ宰相閣下に面談を願いたい」と小声で告げる。
頷いた男が扉の奥に消えたが、直ぐに出てきて師団長を招き入れたが俺も静かに付いて行く。
左右の壁際に護衛騎士が四人、こんな所にまで護衛を置くとはね。
「魔法師団長、非常事態とは何事かね?」
「例の男に逃げられました。今城内を捜索する様に命じていますが・・・」
な~にが逃げられましただ、と思いながら後方から師団長の股間に蹴りを入れる。
〈ウゴッ〉と一声漏らすと、股間を押さえてしゃがみ込む師団長。
〈誰だ!〉
〈貴様ぁぁ、何処から入って来た!〉
おっと、静かにしているのを忘れて隠形が外れちゃったぜ。
即座に護衛騎士達に指向性フラッシュを浴びせて、目潰し攻撃で無力化する。
序でに部屋の出入り口を結界で封鎖する。
呆気にとられている宰相と呼ばれた男の前に立ち、軽く一揖する。
「魔法師団長は逃げたと言いましたが、貴男に文句を言いに来たのですよ。人を無理矢理ホテルから連れ出しておいて、金も払わずに病人を治療しろだとか抜かす馬鹿の元締めにね」
「するとお前がユーゴか。どうやって此処まで入って来た」
おっ、割と冷静だね。
「こうやってですよ」
そう言って隠形に魔力を乗せて姿を隠して見せてから、再度姿を現す。
〈えっ・・・消えた〉
〈閣下、危険ですお下がり下さい!〉
書記の男が宰相を庇う様に前に出て来ると、殴りかかって来た。
勇敢というか無謀というか、俺は黙って殴りかかってくるのを見ている。
魔力を纏っているので、殴りかかってくるのがスローモーションの様に感じられるが、拳が当たるのを待つ。
避けも防御姿勢も取らない俺に、勝ったと思ったのか拳が届く前から笑いが出ている。
拳が当たり頭から斜め後ろに跳ばされるが、体表より5cm程外に張られた結界は俺に対する衝撃を防いでいる。
但し足下が固定されていないので棒立ちのまま不自然に転がると、取り押さえる為に飛びかかってくる。
馬乗りになり腕を掴んで捻ろうとして違和感に目を見開く。
「勇敢だねぇ~、殺しに来ないから見逃すけど無駄だよ」
そう言って、転んだ姿勢のままで男の顔面にアイスバレットを叩き込む。
〈ドンドンドン〉〈ドンドンドン〉扉が激しく叩かれ〈閣下、宰相閣下何事ですか?〉と声が聞こえる。
顔面にアイスバレットを受け、後方に跳ばされて身動きもしない男をぼんやりと見ている宰相。
「冒険者である俺が、何故王家の命に従わなければならないのか説明して貰おうか」
〈無礼者!〉
振り向くと、頭を振り振り目の焦点を合わそうとする護衛騎士が、剣を手に向かって来ている。
他の三人も何とか目が見える様になったのか、腰の剣に手を掛けている。
武力で俺を制圧出来ないことを教える為に、振り下ろしてくる剣も黙って身に受ける。
〈キン〉と音がして身体が飛ばされることも無く立っているので驚いているが、二度三度と剣を振りかぶり振り下ろしてくる。
その度に踏ん張っていても身体が左右に揺れるが、何とか立っていると後方から横殴りの一閃を受けて跳ばされた。
〈糞ッ・結界か〉
〈打ち砕いてみせる!〉
前後左右から斬り付けられたり蹴られたりと散々だが、痛くも痒くも無いので笑って見ている。
流石に彼方此方に跳ばされ叩き付けられて目が回りそうなので、ドーム状の結界を張り起き上がる。
〈閣下!〉
〈宰相閣下、ご無事ですか?〉
〈誰か戦斧を持ってこい!〉
扉の向こうが煩いが、態とらしく立ち上がると服を払い護衛騎士達を見る。
肩で息をしながらも攻撃の手を緩めないが〈ガンガン〉と剣が結界に当たって煩いので黙らせる事にした。
よく判る様に、結界から離れた奴の右肩と左足の太股にアイスアローを射ち込む。
〈エッ〉
〈糞ッ、攻撃魔法も・・・〉
〈駄目だ! 宰相閣下、逃げて下さい!〉
おお、忠臣だこと。
四人とも肩と太股にアイスアローを受けて転がっているのに、上司思いだねぇ。
ドームを解除して、騎士の落とした剣を手に宰相と向かい合う。
「宰相閣下、返事は?」
「中々の魔法巧者だが、王城の中で好き勝手に暴れて無事で済むと思っているのか」
「それはこっちの台詞ですよ、宰相閣下♪ 本気で暴れて見せましょうか。但し、死人の山を築くことになりますよ」
土魔法を削除して火魔法を貼付すると、待合室の扉の結界を解除する。
その瞬間扉が開き、扉を押していた数人が雪崩れ込んで来たが、全員アイスバレットで叩きのめす。
扉の前に直径2m程のファイヤーボールを浮かべて見せ、宰相の顔を見る。
〈馬鹿な!〉
〈此が火魔法だと!〉
〈逃げろ!〉
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