第45話 冷たいエールが最高
ホテルに帰って依頼書を一枚ずつ眺めていると、本当に野獣討伐依頼が3件有った。
そして26枚だった依頼用紙が33枚に増えていた。
野獣討伐は気が向いたらでよし、治療依頼の中に興味が引かれた物が幾つかあり、その中の一つに幼い頃から身体が弱いと記しているものがあった。
治癒魔法師に依頼をしているのだろうが、治らないとなれば先天的な異常かな。
材木商〔ブルメナウ商会〕、カターニア領キエテフって何処だ?
コッコラ会長に貰った略図を取り出して調べると、王都クランズよりサンモルサン王国へと続くサンモルサン街道を南西から西南西方向ね。
カターニア領キエテフの街は王都より四つ目の領地、馬車で何日かかる事やら。
王国各地に支店を持つコッコラ会長に聞けば早いだろうと、訪ねて行くことにした。
* * * * * * *
「ユーゴ様、貴男は何をなされているのですか!」
「えっと・・・エレバリン公爵の事かな」
「王都中の貴族や豪商の間で大騒ぎになっております。王家が動くのではないかとも」
「噂でしょう」
「勿論噂で御座いますが、公爵家に招かれた貴男様が大規模魔法を使われたとか、公爵様が逃げ出したとか・・・との噂です」
「それで公爵様は俺を訴えて出たのかな?」
「それが、サンゲルド通りのフェルドース・ホテルに投宿しておられる様ですが、訴えて出たとは聞いておりません」
「それじゃあ大丈夫じゃないかな」
公爵邸の裏からファイヤーボールを打ち込んだので、扉や窓など色々と吹き飛ばしてしまった。
しかし建物は崩れていなかったし、正面から見ても大被害を・・・窓や扉が無くなっているのを省けばまぁ・・・。
俺の返答に頭を振り振り嘆息している。
「それよりもホテルに押し掛けてきた連中に依頼書を書かせたのですが〔材木商ブルメナウ商会〕の娘ミシェルの病気治療依頼を受けようと思います。
カターニア領キエテフの街までは、馬車でどれ位掛かりますか」
「あの娘を治療して頂けるのですか」
「お知り合いですか」
「父親のブルリナウとは親交がありますし、支店が在るので王都にも時々やって来ますからね。娘のミシェルは身体が弱く、旅は無理なのでカターニア領キエテフの街にいます。馬車ですと二週間もあれば着きますよ」
「それじぁ歩いて17、8日って所ですね」
「えっ、歩いて行かれるおつもりで」
「私は冒険者ですし、乗合馬車は苦手です。それに野営をするので、一々街や村に宿泊するのも面倒ですから」
「それなら私の馬車を提供しますので」
「それも遠慮しておきますよ。噂の俺と余りにも親しい間柄だと思われてもね。冒険者ですので、歩くのも野営も馴れています。それよりもブルメナウ会長に、私が向かっていると連絡をしておいて貰えますか。冒険者の小僧ですから、会うまでに一悶着あっても困りますので」
ホテルに戻り、明日から暫く帰らないが依頼が有れば用紙に書かせて受け取っておいてくれと頼み、二月分のホテル代として金貨六枚を預ける。
* * * * * * *
病気治療依頼の為なので、とっとと行きますかと街道を歩く。
途中の小さな村や町は通過して、夕暮れと共に結界のドームを作って野営をする。
土のドームなら静かでよいが、透明な結界だと周辺に集まる大物の野獣を討ち取るのに都合が良い。
時には身軽な一人旅なのを見て良からぬ魂胆の奴等が近寄ってくるが、見えない結界にぶつかって戸惑っている。
その隙にアイスニードルを心臓に射ち込み、静かにさようならをする。
俺は親切なので野獣の餌にならない様に、即座に埋葬してお祈りは省略させてもらう。
王都からファルラド、モーラス、ダンテベルを経てキエテフに到着したのは予定通り18日目だった。
冒険者ギルドに直行して、マジックバッグの中の獲物を出して査定依頼をすると、代金はギルドの口座に入金してくれと伝えて食堂に直行だ。
七月の暑い中を一人でてくてく街道を歩くのは疲れるし、陽炎の立つ街道にエールのジョッキが見えたりして大変だった。
温いエールは嫌なので一口飲んで量を減らしてから、拳大のキンキンに冷えた氷をエールの中に落として冷やす。
マドラー代わりの木の棒をマジックポーチから取り出して軽く混ぜると、ぐっと一気飲み。
〈プファ~ァァ〉思わず声が漏れる。
「よう兄さん、面白い飲み方をしているじゃねえか」
「すまんが、俺にも氷を貰えないか」
「いいよ、空のジョッキを持って来なよ」
慌てて飲み干した空のジョッキに、拳大の氷を次々と落とし込み溢れる寸前で止める。
「さっきも見ていたが、無詠唱で魔法を使うとは大した腕だな」
同じテーブルの者や周辺の者がジョッキから氷を掴み出しては自分のジョッキに入れている。
俺は空のジョッキを持ってカウンターへ行き、目の前で氷を二つほど入れてからエールを注いで貰う。
汗だくで街道を歩いていて考えたが、ラノベでは耐衝撃・防刃・魔法防御の他に体温調節機能とかも有った筈だ。
夜営中に氷柱で冷やすだけでは旅は辛いので、ブルメナウ商会へ行く前に商業ギルドで確認すると決めていた。
ほろ酔いでギルドを出ると、「ユーゴ様で御座いましょうか」と俺の名を呼ぶ声に止められた。
「確かにユーゴだが、様付けで呼ばれる様な身分じゃないぞ。あんたは?」
「ブルメナウ商会の者で御座います。旦那様に命じられてお迎えにまいりました」
そう言うと馬車の扉を開け、踏み台を出してくれる。
快適な生活が遠のくが、病人が先なら仕方がないので大人しく馬車に乗る。
ギルドを出入りする冒険者達の好奇の目が痛いが、見られたものは仕方がない。
馬車は三階建ての大邸宅の内玄関に回り込み、執事に迎えられて直ぐに病人の元へと案内される。
多分コッコラ会長から連絡を受けて、冒険者に金を掴ませて俺の到着を知らせる様にと手配をしていた感じだ。
病人の部屋では両親と思われる男女がベッドの脇に控えていて、俺の姿を認めると頭を下げる。
見たところ10才前後とみられるが、顔色が悪いのは病人なら当然か。
「お嬢さんを鑑定させて貰いますね」
そう断って(鑑定!・状態)〔血液循環不良・衰弱〕血液循環不良って何だよ。
話に聞く心臓弁膜症かな、医学知識皆無な俺ではその程度の推測しか出来ないが、旅の退屈しのぎに考えた方法を試すことにした。
治れば良し、駄目なら頭を下げて帰ろ~っと。
ロスラント子爵の三女マリエの時は、全魔力の1/5を一気に使い腰骨の修復と神経の損傷治癒を願って魔力を流した。
今回も1/5の魔力を使って、正常な心臓になる様に願って魔力を流す事で良かろう。
メイドに言って少女をベッドの端に寄せて貰い、シーツで首から下を覆って貰う。
今度は無様に座り込まない様に、椅子を引き寄せて準備OK
シーツの上から少女の心臓の上に手を乗せると、正常な心臓になる様にと願い(ヒール!)と呟きながら一気に魔力を流す。
前回同様に閉じた瞼を通して、治癒魔法の光りが見える様な錯覚に襲われる。
〈貴男!〉
〈おお、何と言う!〉
〈アッシーラ様に感謝を!〉
駄目だ、足が震えて立っていられない。
引き寄せていた椅子に、崩れる様に座り込み少女を鑑定してみる。
(鑑定!・症状)〔安定〕 ん、健康じゃ無いのか? だが血液循環不良は無くなっているので良しとする。
「ユーゴ様、治ったのでしょうか」
母親と思われる女性に震える声で尋ねられたが、さて。
「鑑定結果は安定となっていますので、今までの様な症状は出ないと思います。暫く様子を見てからですが、これ以上の事は出来ません」
「旅と治療でお疲れでしょう。部屋を用意しますのでそちらでお休み下さい」
街に到着してホテルも取っていなかったので、甘えることにした。
用意された部屋に通されてソファーにもたれ掛かったまま寝てしまい、起こされた時には陽がとっぷりと暮れていた。
見知らぬ屋敷で迂闊にも寝込んでしまったことを反省したが、腹の虫が飯を要求して鳴くので、クスクス笑うメイドに案内されて食堂に向かった。
一礼して食堂に入ると年配の男から声を掛けられる。
「孫の治療を感謝致します」
「あれから息切れや目眩も無く、胸を押さえられる様な感じもしないそうです。本当に感謝致します」
「多くの治癒魔法使いに治療をお願いしましたが、あれ程神々しい光りを見たのは初めてです」
「『暫く様子を見てから』と仰られたようですので。屋敷に逗留して孫の経過を見て貰えませんか」
「私からもお願い致します」
商業ギルドに行く用事しか無いし、来て直ぐに帰るのも面倒なので求めに応じることにした。
* * * * * * *
「商業ギルドですか」
「ええ、街道を歩くとこの熱さで不快なので、快適に過ごせる魔法を付与出来ないかと思いまして。現在着ている服には、耐衝撃・防刃・魔法防御を付与されていますが暑すぎるのですよ」
「それなら体温調節機能を付与出来る者が居るはずです。魔法陣を描き付与出来る者を紹介して貰えますよ」
「それならフード付きのローブに付与したいので行って来ます」
魔法陣を描けて付与出来るって事は、読み取りと記憶が出来る。
思わず涎が垂れそうになり、慌てて別の事を考える。
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