第44話 二人の騎士団長

 ホテルに帰ってからは、俺に対する訪問がピタリと止まった。

 と言うか、支配人から差し出された依頼用紙は26枚、ご丁寧に支配人が教えてくれていた。


 翌日にはマジックバッグの中の野獣を売り払い、代わりに食料をせっせと買い込み備蓄する。

 はっきりと貴族を敵に回したので、食事や飲み物は鑑定してから食べる様にしている。

 直接攻撃には対処出来るが、毒を盛られて死ぬなんてのは御免被りたい。


 公爵邸から帰って以来露骨な監視下に置かれているが、この一件が片付いたらそいつ等も排除してやると心に誓う。


 * * * * * * *


 エレバリン公爵がホテルから館に帰って来たのは、脱出して三日後であった。

 詳細は騎士団長から報告を受けたが、公爵たる自分が逃げ出したのでプライドが傷付我慢ならない。


 「騎士団長、あの不届き者に勝つ見込みが無いと申すのか!」


 「公爵様、先ず姿の見えない相手にどの様な闘いが出来ましょうか。その上に氷結魔法に土魔法と雷撃魔法を無詠唱で使うのですぞ。討ち取れと仰せなら闘いますが、王都内で闘えば公爵様にも咎が及びます。彼の申し出通り、5日後に邸内に引き入れて後ならば」


 「討ち取れるのか」


 「魔法部隊の一斉攻撃の後、騎士団の総戦力を投入しすれば討ち取れると思いますが・・・」


 「思いますが、とは何じゃ。はっきり申せ!」


 「あの男の言葉が気になります。あの男は『兵も魔法使いも好きなだけ集めておけ。攻撃してくる者は皆殺しにするからな』と言いました。迎えの馬車に乗るのなら、彼に勝算が有ると言う事です。魔法の一斉攻撃を受けては、耐衝撃・防刃・魔法防御の服では耐えられません」


 「まさか、結界魔法も使うと申すのか。それは余りにも考えすぎだぞ、臆したか」


 「姿が見えなくなる上に治癒魔法・氷結魔法・土魔法・雷撃魔法と、四種の魔法を使い熟しています。多数の魔法を授かる者も時にいますが、自在に使い熟す者は希です。それが無詠唱で使い熟しています。出来れば安全策を採られる様に願います」


 「もう良い。その方を騎士団長の職から解く、次席の者を寄越せ!」


 「公爵様!」


 「下がれ!!!」


 * * * * * * *


 「どう思います。騎士団長」


 「よせよ、騎士団長は首になって一兵卒だ。幸い腕を折られて役立たずだから今日は見物させて貰うよ。騎士団長殿」


 「お話を聞く限り勝てる気がしないんですが、こんな馬鹿な事で死にたくないんですがねぇ。団長の言った通りの布陣を敷いたんですが」


 「何度も言わせるな。団長じゃない、ホリエントだ!」


 「で、ホリエント団長、一斉攻撃の後逃げたら首になりませんかねぇ」


 「なるだろうな、その時は俺も辞めるさ。それで多くの者の命が助かる事になる。前回の時は相当手加減されていたからな、俺の報告を聞けば少しは考えるかと思ったが、無駄だったよ」


 「私も迎えに行った者から話を聞きましたが、公爵家の家名を笠に着ての狼藉で良く生きていられたなと思いました。・・・到着したようですね」


 駆けつけてくる警備兵を見て、溜め息交じりに呟く騎士団長。


 * * * * * * *


 迎えの馬車は帰りに送って貰った馬車と同じ物で、護衛の騎士も8騎従っていた。


 何事も無く公爵邸に到着したが、馬車は館に寄らずに走り続けて広い場所に出ると高い壁際に止まった。

 標的が見える所をみると、練兵場の一角で魔法の訓練場の様だ。

 壁とは馬車を挟んだ反対側に、多数の人間が駆け寄ってくるのが見える。


 御者が馬車から降りると、俺を降ろさずに駆けだした。

 護衛の騎士達も御者の後に続いて離れて行き、俺は馬車の中に放置されてしまった。

 駆け寄って来たのは魔法部隊だろう。

 遠くの集団は騎士と警備兵の様だが、近寄ってくる気配は無いが公爵様は闘いを望まれるか。

 2/73の魔力を使って防御障壁を張り直して、闘いに備える。


 馬車の窓から見ていると、35m程の距離で扇形に広がり詠唱を始めた。

 自衛隊の駐屯地祭りで見た装甲車の装甲をイメージした防御障壁なので、石っころや火の玉なら問題なく耐えるはず、と思う。


 〈ドカーン〉〈バキーン〉〈ドーン〉と様々な音が馬車を襲う。

 激しく揺れる馬車の中は破片が飛び散り、俺は馬車の中でシェイクされて目が回りそうだ。

 2斉射でストーンバレットやストーンランス、アイスバレットにアイスランス等の攻撃が終わった。


 公爵家の魔法部隊の攻撃もこの程度かと、風通しの良くなった馬車の中で考えていると、目の前が真っ赤になると同時に〈ドーン〉と爆発音が聞こえた。

 バラバラになった馬車の残骸と共に、標的を掠めて背後の壁に叩きつけられた。


 大規模攻撃としては、火魔法の方が広範囲を攻撃出来るので有効かな。

 叩き付けられた壁にもたれて氷結魔法と土魔法を削除して、雷撃魔法と火魔法を貼付する。

 〔雷撃魔法×9〕〔火魔法×10〕〔治癒魔法・結界魔法・転移魔法・雷撃魔法・火魔法・5/5〕

 火魔法も二度の一斉攻撃の後静かになったので、自分に貼付している魔法を確認してらかゆっくりと立ち上がる。


 あれっ・・・魔法部隊の者が居ない、て言うか俺に背を向けて走っている。

 馬鹿にしているが、その程度の距離じゃ逃げられないぞ。

 (雷!)〈バリバリバリ・ドーン〉

 (雷!)〈バリバリバリ・ドーン〉

 (雷!)〈バリバリバリ・ドーン〉


 逃げて行く集団の中心部に3発の雷様を落とすと、半数程度が倒れたので攻撃中止。

 公爵様との闘いに備えて、魔力を温存しておく事にする。

 練兵場の先、木々を通して見える館に向かって歩く。


 * * * * * * *


 「所定の位置まで下がって待機していろ」


 配備していた騎士団と警備兵を下がらせると、練兵場を再び見る。

 何事も無かった様に歩いてくる少年。


 「やはり結界魔法も使えるのか」


 「団長殿の推測通りですね」


 「ホリエントだ、何度言ったら覚えるんだ、団長殿」


 二人の男が立っていたが、一人には見覚えがある。


 「騎士団長だったな。今度は何をするつもりだ?」


 「生憎あんたに腕を折られた挙げ句、攻撃しない様に進言して首になったんでな。今回は唯の見物人だよ」


 「で、隣が後任の騎士団長か?」


 「もうすぐ首になるので、そう呼ばれると面はゆいんだがね」


 「魔法攻撃の次は、騎士による斬り込みじゃなかったのか」


 「魔法攻撃が失敗したら逃げる様に指示しているよ。俺如きでは相手にならないだろうから、後は公爵様と話し合ってくれ」


 「首になる前に、最後の仕事をしてくれ。玄関ホールを吹き飛ばすから、周辺から使用人達を避難させろ。巻き添え食って死んでも責任は持たないぞ」


 ゴクリと唾を飲み込むと、慌てて館に向かって駆け出す新騎士団長。

 その後をのんびり歩く俺の横を、首になったと宣った男がついて歩く。


 「まだ何か用か」


 「玄関ホールを吹き飛ばすと聞いたら、見てみたいじゃないか」


 「他人事だねぇ~」


 「騎士団長は首になったし、公爵家存亡の瀬戸際だ。無職になる前に見ておくのも悪くはないだろう」


 何が悪くはないだろうだよ。

 木々の間からは館を飛び出して逃げる人々が見える。

 建物の裏からの攻撃になるが、中央部分が玄関ホールの辺りだろう。

 見物人がいるので射程距離を知られない様に、40m程の場所に立ち火魔法を発動する。


 2/73の魔力を使い、直径2m程のファイヤーボールを叩き込む。

 (ファイヤー!・・・ハッ)〈ドォーンンン〉

 瓦礫と砂煙が舞い、絨毯やカーテンに火が点いてちょっと派手だねぇ。

 予定より威力が強すぎたかな。


 「なんて威力だ、それに火魔法も使えるのか。全属性のうち五つまでも使えるなんて・・・」


 火魔法って見た目が派手で脅すには丁度いい、壊れた建物に踏み入ると階段が崩れてしまっている。

 魔力を纏った身体で全力疾走して、壁に残った階段の残骸に足を掛けて三歩で二階の通路に跳び込む。

 猫人族の能力発揮ってところかな。


 通路の奥で腰を抜かしている騎士が二人いる。

 俺が近づくと座り込んだまま後ずさりしているって、俺は化け物かよ。

 以前来た執務室の筈だが人の気配がない、扉を開けて中に入るとやはり無人だ。

 腰を抜かして這いずっている騎士に公爵の居場所を尋ねると、思ってもみなかった返事が返ってきた。


 「公爵様は、魔法部隊が壊滅したとの知らせを受けると、御嫡男ジェファノ様と共に馬車を引けと言って出て行かれました」


 「それって、逃げたって事だよな」


 「やれやれ、今度は自主的に逃げ出されたか」


 仕事熱心な元騎士団長が何時の間にか上がって来ていたが、自主的に逃げるってなんだよ。


 「それって、配下の事なんて知ったことかって事だぞ。それにしても、首になる予定なのに律儀なことだな。序でだから公爵に伝言を頼む」


 「玄関ホールがあの有様じゃ、直ぐには帰って来ないと思うぞ」


 「どうせ、首を言い渡されるまでは居るんだろう。死にたくなければ、貴族面をして二度と俺に関わるな。とな」


 「公爵家を消滅させるんじゃなかったのか、優しいねぇ~」


 優しさ序でに、男の腕を治療してやる。


 「血筋だけを誇り、配下を捨てて逃げ出す様な奴を追い回す趣味はないさ。腕は動くだろう、帰るから馬車の用意を頼めるか」


 肩を竦めると、馬車の用意をすると言って、治った腕を確かめながら背を向けた。

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