第43話 曲者って何よ
騎士団長から、姿の見えない賊が今も邸内を自由に闊歩していると脅されて、エレバリン公爵は慌てて執事を伴って公爵邸を後にした。
自分の館が賊に襲われたからと、他家の館に避難する訳にも行かず王都最大の高級ホテルに部屋を取ることになった。
「お前の言っていた治癒魔使いとは違ったのか?」
「ユーゴなる男で、猫人族にして鈍い銀色の毛並みに縞模様で目の色は赤銅色に間違い御座いません。ダブリンズ領の領主、ロスラント子爵が王家に出した報告通りです。ですが、攻撃魔法や隠形スキルについての報告は受けておりません」
「もう一度調べ直せ!」
* * * * * * *
通路を歩きながら通り過ぎる部屋の気配を探り、人の居る部屋には壁抜けの要領で無断侵入するが、公爵の姿がない。
吹き抜けのフロアーに出たので、此処が玄関ホールの二階だと確信。
反対側の通路の先に扉の前に佇む人影を見つけた。
みーっけ、エレバリン公爵の執務室だろう。
扉の前に佇む騎士の前を静かに通過して、壁に近寄り室内の気配を探る。
8人前後の人の気配が有るので、公爵様はご在室だと確信して壁抜けジャンプ。
扉の左右と左右の壁際に各二人の護衛が立っていて、ソファーにふんぞり返る男と背後に控える男。
護衛に用は無いので、指向性フラッシュを浴びせて視界を奪い後頭部への一撃でお休み願う。
護衛が目を押さえて呻き、次々と倒れる様を呆気にとられて見ている男二人。
公爵様の御前では礼儀正しくしなければと思い、隠形を解除する。
「何奴!」
「曲者!」
曲者って、思わず笑いそうになったが威儀を正してご挨拶。
「お招きに預かりました、冒険者のユーゴで御座います。ピエール・エレバリン公爵様で御座いましょうか」
「お前! 今、何をした! どうやってここへ入って来た! 答えよ!」
煩い奴だねぇ、『公爵様に拝謁する前に、お前には礼儀というものを教えておけ』と怒鳴られたので、礼儀に煩い御仁だと思い礼儀正しくしているのに。
二人にもフラッシュを浴びせて視界を奪い、向こう脛を木剣で殴って歩けなくしておく。
向こう脛を叩かれて声なき悲鳴を上げたから相当痛かった様だが、室内の声が外に漏れていないとは見掛けより優秀な扉の様だ。
礼儀正しくしてもまともな返事は期待出来そうにないので、ちょっくら乱暴にいく事にした。
足の痛みも収まり、目も何とか見える様なので尋問開始。
「名前は?」
「己えぇぇ、我を誰だと思っている!」
煩いので、顔面を蹴り飛ばして静かにさせる。
「煩いし、礼儀がなってないね。俺を此処に引き摺って来た奴等は『公爵様に拝謁する前に、お前には礼儀というものを教えておけ』とお前達から命じられていたぞ。そのくせお前の物言いはなんだ、礼儀の欠片もないじゃないか。質問に答えろ! 名前は?」
「おのれぇぇぇ、我を蹴ったな」
俺の言っていることが判らない様なので、もう一発顔面を蹴り飛ばしてから目の前にショートソードを突きつける。
ショートソードを突き付けられて、初めて怒鳴るのを止めた男の顔が青ざめた。
「此処はピエール・エレバリン公爵の館だよな」
目はショートソードを見つめたままコクコクと頷く。
銃剣形で片刃のショートソードの手入れは怠りなく、魔鋼鉄の黒光りする刃には背筋を寒くさせる魅力がある。
「お名前は?」
「ジェ、ジェファノ・エレバリン」
「ん、此処って公爵の執務室だよな」
「そ、そ、そうだ! お前が賊か!」
「賊って何だよ。ホテルから公爵が呼んでいるって無理矢理連れて来られて、連れ込まれた先が拷問部屋だぞ。直ぐに『公爵様に拝謁する前に、お前には礼儀というものを教えておけ』と、公爵に命じられたと言って棍棒の一撃だ。冒険者相手だと思って舐めすぎじゃないの。俺は公爵家の家臣でも領民でも無いのに、この扱いには我慢がならない。だから文句を言いに来たんだが、奴は何処だ? エレバリンを名乗るのなら、知らない筈はないよな」
ショートソードの刃先で、ジェファノの鼻先をツンツンしてやる。
鼻の頭から血が滲み、一つ二つしずくが垂れると眼が裏返って卒倒してしまった。
なんて気の弱い奴だ。
気を失った男の背後にいた男なら側近だろうと思うので、奴に話を聞くことにした。
「この小心者は、公爵の息子なの」
「そっ、そうで御座います。エレバリン公爵様の御嫡男様です」
「で、此奴のパパは何処へ行ったのかな」
男が答えようと口を開き掛けた時、扉がノックされ〈ホリエント騎士団長です〉との声が聞こえた。
「お前が扉を開けてやれ。騎士団長とやらを連れて来い」
向こう脛が痛いのか足を引き摺りながら歩き、扉を引き開ける。
「騎士団長、賊がこの中に居ます! 若様をお助け下さい」
男の声に、腰の剣を引き抜き、扉の前を守っていた護衛に〈付いてこい!〉と怒鳴って部屋に踏み込んで来た。
剣を手に踏み込んだが俺の姿が見えないので戸惑っている。
「何処だ!」
「今、確かに此処に・・・」
「此処だよ」と隠形を解除しながら声を掛けてやる。
俺の声の方に剣を向けたとたん、フラッシュを浴びせたので動きが止まる。
「人を呼び付けておいて、未だ俺を賊呼ばわりするかねぇ。お前もこの状態で騒げば、若様とやらの命が危ないと考えが及ばないの?」
剣を持つ手の骨を折り、向こう脛に一発入れて歩けなくしておく。
「扉を閉めて、若とやらを起こせよ」
男が真っ青な顔になりながら扉を閉めて、若の元に歩いて行く。
なんと肩を優しく揺すって起こそうとするので、男を押しのけて脇腹に蹴りを入れる。
〈ウゲッ〉って声が聞こえたが、脇腹を押さえて転がっているので一応目が覚めた様だ。
ゲロと涙でぐしゃぐしゃになった顔で、震えている若様に優しく問いかける。
「若ちゃま、好い加減にパパが何処に居るのか教えろよ。然もなくば死ぬことになるぞ」
「お前は公爵様を探しているのか、ならば無駄だな」
「ほう、公爵の居場所を知っていると?」
「いや、知らないな。だがこの館には居ないのは確かだ」
「そう言う冗談に付き合う気分じゃないんだ。人をホテルから連れ出しておいて、呼び付けた本人が居ないだと」
「ホテルから? ・・・お前はユーゴか?」
「それがどうした。公爵の居場所を言え! 判らない言えないなんて台詞は聞きたくない。言わないのならこの屋敷を破壊して、公爵家を消滅させるぞ」
「お前がユーゴならホテルに迎えに行かせたのは確かだが、何故こんな事になっているのだ」
「何故だぁ~、この屋敷連れて来られて、最初に入った所が拷問部屋だぞ。しかも『公爵様に拝謁する前に、お前には礼儀というものを教えておけ』と公爵から命じられていると言って、いきなり棍棒で殴りつけて来やがった。だからその礼儀とやらを教えて貰わねば帰れないんだよ。騎士団長とか言ったよな。喋るか、小心者の若様の首を刎ねるか好きな方を選べ!」
「無茶だ!」
「そうか、喋る気は無いのか」
騎士団長の側に落ちている剣を拾い上げ、若様のところへ向かう。
「たっ、たたた」
「大丈夫、痛くしないからね。首が飛ぶなんて一瞬だからさ♪」
「待て! まてまて! 喋る! 公爵様は館から馬車で送り出したが、本当に行き先は判らないんだ。公爵様付きの執事が、何処か安全な所へ案内したはずだ」
「とことん馬鹿にしてくれるな」
公爵の横っ面を一発張り倒して、二度と俺に関わるなと約束させるつもりだったが予定変更。
公爵家を見せしめにして、俺に関わるなと貴族や豪商共に警告するか。
駄目なら別の国へ行けば良いだけし。
「街中で争えば公爵家も不味かろう。5日後に公爵と会ってやるから、ホテルまで迎えに来い。ホテルや街中で襲って来ても良いが、俺を殺せなければ公爵家が消滅すると思え」
「本気か?」
「別に信じろとは言わないさ。若ちゃまは、パパにしっかり伝えろ。いいな!」
必死で頷いているので、若様付の男に馬車の用意をしろと命じる。
「馬車で御座いますか」
「当たり前だ。ホテルから無理矢理此処へ連れて来られたんだ、歩いて帰れってのか」
「言われた通りにしろ!」
俺が帰ると言ったら、とたんに顔色の良くなった若ちゃまが横柄に怒鳴りつける。
「騎士団長、5日後には兵でも魔法使いでも好きなだけ集めておけ。攻撃してくる者は皆殺しにするからな」
馬車の用意が出来るまで、キャビネットの中のグラスとボトルを手にソファーにふんぞり返る。
俺が近づいたら、ビクッとして後ずさりする若ちゃまって、失礼だよな。
(鑑定!・飲み物の種類)〔酒〕・・・うん、そうなんだけどなぁ。
グラスに注ぐと芳醇な香りが鼻腔を擽る。
安いウイスキーしか飲んだことがないが、極上の物と思われる。
今は亡き・・・じゃない、居ない公爵様ゴチになりますとグラスを掲げると、騎士団長の呆れた顔が見える。
帰りの馬車は豪華絢爛公爵家の紋章付で、護衛の騎士まで付けてくれる親切さ。
最初からこうなら揉めることもないのに、馬鹿だねぇ。
朝は物々しい雰囲気でホテルを出たのに、豪華な馬車で帰ってきたので支配人がビックリしていた。
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