第42話 エレバリン公爵邸
無骨な内装にクッションの悪い椅子、車内が傷だらけな所を見ると使用人の買い出し用の馬車かな。
前後を20騎以上の騎士に守られて街を抜け、貴族街に入りエレバリン公爵邸を目指す。
馬車は通用門と思しき門を止まる事なく通過して、粗末だが頑丈な扉の前で止まった。
待つこともなく馬車の扉が開けられると「降りろ!」と声が掛かる。
馬車と扉の間を迎えに来た騎士達がズラリと並び俺を睨んでいる。
「少しでも魔法を使えば即座に斬り捨てろと命じられている。心して動けよ」
心して動けよは、俺の台詞なんだけどなぁ。
等と思いながら開けられた扉の中に足を踏み入れると、薄暗い部屋の全貌が見えてくる。
中世ヨーロッパ風の世の中だとは思っていたが・・・拷問部屋、かな。
壁から下がる鎖には鉄の輪っかが付き、足の所にも同じ物が見える。
手枷足枷に首枷から三角木馬、天井からは滑車とロープがぶら下がっている。
思わず鉄の処女は何処かと見回してしまったのはご愛敬。
そんな俺を見て、恐怖の為に動揺していると思ったのか下卑た声が掛かる。
「公爵様に拝謁する前に、お前には礼儀というものを教えておけとのご命令でな」
ニヤニヤ笑いながら棍棒を掌に打ち付け、舐め回す様に見て近づいてくる男。
ホテルで『此の男を公爵様の面前に連れて行くのが仕事だ。忘れるな!』と言っていた奴だ。
成る程ね、侯爵邸に連れ込んだら何をしても表沙汰になる事は無い。
じっくりと甚振ってから、ご主人様の前に引き立てるつもりか。
「お前達が俺に礼儀を教えると言うのか? 礼儀知らずはどちらだ?」
小首を傾げて聞いた瞬間、棍棒の一撃が横腹に叩き込まれる。
魔力を纏って見ている俺からすれば、のんびり棍棒を振り回しているとしか見えないが、此処は敢えて受けてやろう。
体表10cmの所に張り巡らせた結界に当たり、横に吹き飛ばされる勢いを利用して、俺を包囲している一団に体当たりをする。
〈ウワッ〉とか〈ギャー〉何て悲鳴が聞こえるが巻き込まれた奴は5人ほどで、内1人は俺の回し蹴りを側頭部に受けて失神している。
「ふう~ん。此が公爵家の礼儀か」
態とらしく服をパタパタ叩く仕草をしながら立ち上がると、舐められたと思ったのか再び棍棒を叩き付けてくる男。
頭上から叩き付けられる棍棒を左腕で受け止めると、すかさず手首を掴み股間に一発。
〈ウゲッ〉なんて言っているが、一発じゃ許さないからね。
股間を押さえて前屈みになった所を狙い、顔面に全力の前蹴りをお見舞いする。
さあ、闘いのコングは鳴らされた♪
訓練用の木剣を取り出すと手当たり次第に殴るぞっととと、殴る前に後ろから蹴られて蹈鞴を踏むと横から蹴り飛ばされた。
少しはやる様だと嬉しくなり、笑いながら反撃を開始する。
五分も掛からずに全員の手足の骨は折ったと思うが、立ち上がろうとする根性の持ち主もいる。
そういう奴等には、ご褒美にもう一発プレゼントして昏倒させてやる。
粗方片付いたと思ったら、気配察知に多数の接近を感知する。
魔法攻撃で撃退したいが、多数を相手では魔力切れの心配がある。
そんな事を考えていると、部屋の奥の扉が開き抜刀した一団が雪崩れ込んでくる。
即座に指向性のフラッシュ五連射を浴びせて視力を奪い、剣を持つ腕を叩き折っていく。
雪崩れ込んで来た奴等は粗方片付けたが、扉の陰で此方を伺う気配がある。
殴るのだって好い加減体力を使うしウンザリしてきたので、一発で周囲の者を倒せる魔法をと考える。
風魔法は建物内の閉鎖空間では考え物、火魔法は却下と考えて雷撃魔法を使う事にする。
(氷結魔法・氷結魔法)(削除・削除・削除)・・・〔土魔法・治癒魔法・転移魔法・結界魔法・4/5〕
(雷撃魔法・雷撃魔法)〔雷撃魔法×9〕・・・(貼付・貼付)〔雷撃魔法×8〕・・・〔土魔法・治癒魔法・転移魔法・結界魔法・雷撃魔法・5/5〕
よ~し、チェンジ完了。
開いた扉の向こう側に目標設置、(雷!)〈パリッ、ドーン〉
至近距離の雷撃音とバチバチの電気に弾き飛ばされた。
結界魔法が有るとは言え、至近距離での雷撃は刺激が強すぎる。
扉の陰の気配が消えたので、チラ見すると死屍累々。
隠形に魔力を乗せて静かに徘徊しますかと通路の先を目指す。
突き当たりの扉の向こうも人の気配が多数有るので、ちょっと思案したが此処まで来たのだからと扉を静かに開ける。
隠形で姿を隠しているとはいえ、気が小さい俺はそっと扉の陰から顔を覗かせたが注目の的。
見えない筈なのにと思いながらそーっと顔を引っ込めると、扉の向こうから足音が近づいて来る。
壁に身を寄せて深呼吸わすると、少し開いた扉が勢いよく開かれて男の顔が突き出されて通路の左右を見る。
〈誰か居たか?〉
〈誰も居ません〉
〈では、連れてきた治癒魔法使いは大人しくなったのか、それにしちゃー報告がないな〉
〈さっきの音が気になりますね〉
〈氷結魔法を使うとか言っていたから、アイスバレットでも扉に叩き付けた音じゃないですか〉
敵認定、扉の所で話している奴を室内に蹴り込み、其奴の奥へ向かって雷撃を一発落とす。
(雷!)〈パリッ、ドーン〉
〈うおーぉぉ〉
〈な、何事だ!〉
未だ元気そうなのがいるので、室内を確認して人の密集場所に再度(雷!)〈パリッ、ドーン〉
雷撃の中心部から円形に人が倒れていて、無事な者は部屋から逃げ出している。
部屋の窓からは庭を挟んで大きな建物が見えるので、俺の居る建物は拷問部屋付きの宿舎の様だ。
その建物に駆け込んでいく騎士達の姿が見えるので、公爵様は其方に御座すと見当をつける。
ホテルの支配人には夕刻までに帰ると言っているので、面倒な話はちゃっちゃと済ませたい。
隠形を掛けたまま部屋を出て本館へと向かうと、多数の騎士や警備兵が元いた建物に向かって駆けていく。
開いたままの扉から無断侵入するが、初めてのお家なので右も左も判らない。
俺の知っている貴族の館は、ホニングス男爵家を省けばホニングス侯爵家だけだが、領地の館も王都の館も執務室は二階だった事を思い出した。
馬鹿と煙は高い所を好む、なんーちゃってね。
侵入した場所から想定して、玄関ホールと思しき場所を目指すが何か邸内が騒がしいので、行き交う人にぶつからない様に気をつかう。
まるっきりの迷子だが、手近な者を捕まえて道を尋ねる訳にも行かず困っていると、メイドの集団に出会した。
〈何かあったのかしら〉
〈宿舎の方で大きな音がして騒ぎになっているらしいわよ〉
〈それね、怪我人が多数出たとか聞こえたわよ〉
〈お屋敷の警備兵も呼び出されているわ〉
〈旦那様もご機嫌斜めですって〉
その旦那様の居場所を知りたいんだがなぁと思っていると、一人の騎士が急ぎ足で俺の前を横切っていく。
此奴は上司に報告に行くと思い後を付いて行くことにしたが、辿り着いたのは騎士達の上司のところであった。
「ご報告致します! 賊の姿が消えたそうです!」
「消えた? 消えたとはどういう事だ!」
「はっ、ユーゴなる賊は、連行されてきて取調室までは大人しく付いて来たそうですが、いきなり暴れ出して20数名を叩き伏せたそうです。
その後応援の者に対しても抵抗した挙げ句、雷撃魔法を持って多数を死傷させた後、突然姿が見えなく為ったそうです」
「どういう事だ、氷結魔法を使う治癒魔法使いとしか聞いて無いぞ! なのに雷撃魔法だ?」
「それが・・・ホテルへ連行の為に行った際に、結界魔法を破る為に土魔法の斧を使ったそうです。しかも取調室では打撃や剣が通用しなかったそうです」
「そいつは化け物か、氷結魔法に土魔法と雷撃魔法をつかう治癒魔法使いなど聞いた事が無いぞ。その上、隠形スキルの使い手で耐衝撃・防刃・魔法防御の服を着ているとなると・・・」
「もう一つ、報告に依りますと何れの魔法も無詠唱で使っているそうです」
「そんな奴を・・・どうやって取り押さえろと言うんだ」
最後は責任者のぼやきで話が終わったが、公爵の居場所が解らない。
ホニングス侯爵邸の様に、二階に上がらなければ公爵には会えそうもなかったので、天井を睨んで二階の気配を探る。
人の気配はなし、そのままジャンプして無人の部屋に跳び込む。
扉の外の気配を探り、壁抜けの要領で通路に出る。
* * * * * * *
「騎士団長、未だ賊は捕まらんのか!」
「申し訳在りません公爵様。賊は無類の魔法使いの様で、しかも多数の隊員の前で姿が見えなく為ったとの報告から・・・」
「そんな事は聞いておらん! 賊を捕まえて儂の前に連れて来い!」
「公爵様、今は其れ処ではありません! 賊は隠形スキルを使い熟して、多数の者の目の前で姿が見えなく為ったのです。しかも氷結魔法に土魔法と雷撃魔法まで、無詠唱で自在に使い熟しています。それに高価な耐衝撃・防刃・魔法防御の服まで纏っています」
「それが本当なら素晴らしい。是非我が配下に加えなければならんぞ! 逃がすでないぞ、是が非でも捕らえよ!」
「公爵様、今はそれ処ではありませんと申し上げております! 御身をこの館以外の場所へお移し下さい。姿の見えない無類の魔法使い等、危険極まりない奴ですぞ。騎士団全員と警備兵を使っても捕らえるのは至難の業です」
騎士団長にそこまで言われて、初めてエレバリン公爵は狼狽えた。
「我が魔法部隊の者達では」
「賊は無詠唱で魔法を使い熟しています。魔法部隊の者が、呑気に詠唱している間に皆殺しになります」
「で、では、儂はどうすれば・・・」
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