第41話 人気者は辛い

 「ユーゴだな。エドナ・オルソン子爵様が貴様をお呼びだ」


 「食事中なんだけど、見えないのか?」


 「聞こえなかったのか! オルソン子爵様が貴様をお呼びだ! 即刻我々と共に来い!」


 「俺の朝食に汚い唾を飛ばすなよ。それとあんた達以外にも俺に客だ」


 「冒険者のユーゴだな」


 「ゴトランス子爵殿の騎士団か、我々が話し中だ控えられよ」


 「話し中には見えないし、相手も不機嫌なご様子だが」


 「お前等、人が食事をしている横で騒ぐな。ホテルの食堂で騒げば、ご主人様の名を落とすぞ」


 漸く周囲にも食事中の人がいるのに気づいたが、気にした風も無い。


 「お前は、黙って主の命に従えば良いのだ」


 「あれっ、俺は冒険者でご主人様はいないよ。誰かとお間違えでは」


 〈プッ〉とゴトランス子爵の騎士団と言われた男が吹き出している。

 睨み合う両騎士団の男達だが、第三の男の登場に気がついていない。


 「其処を開けて貰おうか」


 「何用かな、我々がユーゴと話しているのだが」


 第三の男は、その返事を無視して俺に話しかけて来る。


 「ヒュイマン・フィラント伯爵様の騎士団の者だ、ユーゴに間違いないな」


 「又お貴族様の手下か、揃いも揃って礼儀知らずの様だな」


 朝食の最中だが完全に食欲が失せた。


 「お前等のご主人様が俺に用が有るのは判った・・・が」


 「先程から舐めた口を叩くが、冒険者風情が身分を・・・」


 喚き始めた男の口にアイスバレットを叩き込む。

 〈バカーン〉と派手な音を立てて砕け散る氷と、歯を撒き散らして吹き飛ぶ男。

 一瞬で周囲が静かになる。


 「舐めた口だぁ~。貴族と言えば何でも通ると思っているのか? 俺は飯を食っている最中だ! 犬猫でも食事の邪魔をすれば怒るぞ、それを頭の上から唾を撒き散らして子爵だ伯爵だ」


 〈貴様ぁぁ~、許さん!〉


 腰の剣に手を掛けた奴二人の顔面に、アイスバレットを連続して叩き込む。

 〈バカーン〉〈バカーン〉と連続した破壊音を立てて二人が吹き飛ぶ。


 「剣に手を掛けるのならそれなりの覚悟をしてやれよ。抜いたら殺すぞ!」


 そう警告して、騎士達の目の前にアイスランスを出して見せる。


 「俺に用事が有るのなら、最低限の礼儀は弁えた奴をよこせ! とご主人様に伝えろ」


 硬直している給仕係を呼び、お茶を頼む。

 序でに周囲に居る騎士達を手で追い払うと、何も言わずに歯軋りしながら引き下がった。

 ご主人様の命を受けていては、此処で俺を斬り捨てる訳にもいかないので悔しかろうな。


 「貴族様の使いの方に、あの様な事をして大丈夫なんですか?」


 大丈夫も何も、喧嘩を売ったのだから大変だよ。

 支配人に言えば心配するだろうから、黙って肩を竦めておく。


 * * * * * * *


 「貴様は、我がオルソン子爵家の面目を潰されて、のこのこ帰って来たのか!」


 「命に替えても名誉は守るつもりですが、衆人環視中での流血沙汰は流石に不味いと思いまして」


 「言い訳はよい、お前には暇を取らす。即刻此の屋敷より立ち去れ!」


 護衛の騎士に連れて行けと顎で示す。


 「我がオルソン家を蔑ろにした罪は許さんぞ!」


 * * * * * * *


 「何か、無詠唱での連続攻撃とアイスランスを出して見せたとな」


 「はい、オルソン家の騎士達三名をあっさりと打ちのめした後、アイスランスを出して見せました」


 「それで、黙って引き下がったのか」


 「殺せと命じられたのなら遣りますが、ホテルの中で家名を名乗り斬り掛かる訳にはまいりません」


 「ふん、良かろう。次は名乗らずに連れて来い! 拒否すれば・・・」


 * * * * * * *


 「オルソン家とゴトランス家が動いていたか」


 「はっ、相手が子爵家とはいえ、冒険者一人を巡ってホテルで騒ぎを起こす訳にもいかず」


 「治癒魔法だけではないのか」


 「見事な氷結魔法でした。しかも無詠唱にての連続攻撃です」


 「ますます欲しいな。噂では治癒魔法も一級品だそうだしな。他の貴族に取り込まれる前に連れて来い!」


 * * * * * * *


 朝っぱらから馬鹿騒ぎに付き合わされてしまったが、市場や商店を巡り夕暮れ前にホテルに戻った。

 カウンターへ鍵を受け取りに行くが、食堂の方からの視線が痛い。


 受付カウンターの従業員が鍵を差し出しながら「お客様が多数お待ちです」と伝えて来るので食堂をちらりと見る。


 「ユーゴ様ですか」


 一人の男が俺に声を掛けると、食堂に居た多数の男や騎士達が一斉に立ち上がり殺到してくる。

 朝と同じ貴族の使い同士の鉢合わせも面倒だが、豪商の使いと見られる男達の中にも面倒そうなのが多数見られる。


 「待て!」と怒鳴りつけ、立ち止まった彼等にお座りと言いそうになるのをぐっと堪える。


 「俺に用が有るのなら、主人の名前と爵位や屋号と住所を記して要件を書いた紙を差し出せ! 直接言ってくる奴は無視するぞ。力ずくで来るのなら遠慮無く相手をしてやるが、結果に責任は持たないからな」


 「小僧、有象無象の事などどうでも良い。ピエール・エレバリン公爵様が貴様をお召しだ! 即刻出頭せよ」


 周囲の者を押しのけて一団の男達が現れた。

 公爵様ね、他の騎士達より身形は良いが主人の地位を笠に着た横柄さが溢れている。


 「お・こ・と・わ・り」


 返事と同時に怒鳴ってきた男の顔面にアイスバレットを射ち込む。

〈バカーン〉といい音を立てて砕け散る氷に、俺に群がってきた男達が散り散りに逃げる。

 砕けた氷と共に歯を撒き散らして倒れた男の仲間が、一斉に剣を抜く。


 戦闘開始♪

 剣を持つ腕の付け根にアイスアローを撃ち込み、足にもサービスとして一本ずつ射ち込んでおく。

 俺から攻撃を受けているのに、八人もいて誰一人として反撃してこないとは情けない。


 「弱いのに意気がるなよ。エレバリン公爵ね、申し込み用紙の一番最後で良ければ訪ねて行ってやるよ」


 公爵家の騎士達を遠慮会釈なく攻撃した俺にビビったのか、誰も俺に近寄って来ない。

 支配人に声を掛け俺を訪ねてくる奴に、爵位や屋号と用件を書かせて帰らせろと命じておく。

 俺に直接会わせろと言った奴は、遠慮無く俺の部屋に通せとも言っておく。


 まったく、人気者は辛いね。

 その後俺の部屋を訪ねてくる者は一人もおらず、静かな夜を過ごすことが出来た。


 しかし、早朝から俺の部屋は騒音に包まれた。


 〈ドアを開けろ!〉

 〈出て来い! 糞猫野郎!〉

 〈出て来なけりゃ、ドアをぶち破るぞ!〉


 〈お止め下さい。お願い致します〉


 朝っぱらから、人を糞猫野郎とは大した度胸じゃねえか。

 ゆっくりと身支度をしてから、室内に張り巡らせた結界を解除してドアを開ける。


 「己ぇ貴様ぁ~、良くも使いの者達を傷付けてくれたなぁ!」


 「朝っぱらから煩いよ。その服からすると、なんちゃら公爵の手先か?」


 〈偉大なる創造神アッシーラ様の加護を受け、我が前にその力を示さん・・・ハッ〉


 何やら中二病患者の戯言を聞かされて、?マークが頭に浮かんだがゆるゆると何かが男と俺の間に浮かんできた。

 此って結界魔法か?


 ヴェルナの結界に似た琥珀色だが、縦横2m程の四角い結界が出来上がる。

 俺のアイスバレットとアイスアローを警戒しているのだろうが、笑ってしまう。


 「何が可笑しい! お前の氷結魔法ではどうにもなるまい」


 「大人しく我々に付いて来い!」


 「此って、ひょっとして結界魔法?」


 「そうよ、己には破れまい」


 あららら、自信満々だけどちゃっちい結界なんぞ、屁の突っ張りにもならないと教えてやろう。

 こんな時の為に貯めている石ころを、マジックポーチから取り出して斧を作る。


 〈エッ〉って声が聞こえるが、気にせず石斧を振りかぶって結界に叩き付ける。

 〈パキーン〉と軽い音がして結界が消滅した。

 俺を指差してお口パクパクしているが、結界は壊れちゃったよ~ん♪


 「簡単に壊れたけど? 結界って言うのならもっと頑丈なのにしてよ。で、役立たずの魔法使いを連れて来れば俺をどうにか出来ると思ったの?」


 「あくまでもエレバリン公爵様の命に逆らうつもりか」


 「良いよ。その公爵様とやらの所へ行ってやるから、馬車を用意しろ。まさか歩けなんて言わないよな」


 「馬車は用意している。大人しく付いて来い!」


 大人しくも何も、公爵の所に行ってやろうって言ってるのに判んない人だねぇ~。

 殺気立った騎士達に前後を挟まれて階段を降りると、支配人が心配そうに見ているので声を掛けておく。


 「エレバリン公爵とやらの所へ行ってくるけど、夕方には帰るので部屋はそのままにしておいてね」


 〈愚図愚図言わずにさっさと行け!〉


 怒鳴り声と共に尻に何かが触れた様だが、蹴ったな!

 耐衝撃・防刃・魔法防御を貼付しているとはいえ、蹴られたと思うと気分が悪い。

 黙って振り返り、肩を怒らせる騎士の股間を思いっきり蹴り上げてやる。


 一瞬身体が浮いたが、くの字に身体を曲げて股間を押さえて泡を吹く。


 「お前達の主の所に行ってやろうってのに、騎士たる者が後ろから蹴るとは何事だ。一暴れしてから、公爵とやらに会いに行っても良いんだぞ」


 「お前達は余計な事をするな! 此の男を公爵様の御前に連れて行くのが仕事だ。忘れるな!」


 判っているなら最初からそうしろよ。

 ホテルの前には粗末な馬車と多数の騎馬の騎士達が待機しているが、客人を乗せる馬車じゃないね。

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