第39話 王都へ
サブマスに引き摺られて、ギルドの二階会議室に連れ込まれた。
「お前は治癒魔法が使える様だな」
ギルドにまで話が広がっているのかよ。
「子爵殿のお嬢様のことが、街で噂になっているぞ。教会に所属するか貴族に仕えないと、この先大変だぞ」
「それとも、豪商に金で買われるとか」
「騒ぎになるほどだから腕は良いのだろう。このままギルドに所属しているともっと大事になるぞ。と言うか、質の悪い奴等が全てお前を狙う事になるな」
「ギルドは?」
「ギルドは何もしないさ。お前が格安で冒険者達の怪我を治してくれたら助かる程度だな」
「軽いねぇ~。俺もその軽さで冒険者を続けるよ」
「ギルド内で問題を起こすなよ」
「ギルドの外では?」
肩を竦めて会議室を出て行ってしまったサブマス。
無くなった食糧を補給する為にギルドを出ると、見たくも無い奴等が待っている。
しかも人数が増えているじゃないの。
先程の男と数名が睨んでくるが、無視して市場に向かおうとしたがサブマスの相手をした男が立ち塞がる。
「邪魔なんだけど、それと俺の言った事を覚えて無いの?」
「覚えているとも。指名依頼をしても断られそうなので、直接お願いをしようと思ってね」
「残念だねぇ、冒険者ギルドを通さない依頼はトラブルの元って教えられているんだよ。知らない人に付いて行っちゃ駄目! ともね」
「だが、ウイザネス商会の子供の怪我と、ロスラント子爵ご息女の治療依頼は受けたではないか」
「何か都合良く考えてないか、レオナルは王都から家に帰る途中でファングドッグに襲われたのさ。馬車はひっくり返り、御者も護衛も全員死んで生き残ったのは彼一人だった。王都から同行した冒険者達が助けたが、大怪我をしていたので治療して親元に届けただけだ。子爵様はあんた等の様な無礼な態度は取らず、礼儀正しくお願いされたから受けた。それだけだ、道を開けな!」
何の感情も表さず黙って前を開けたが、他の男達の歯軋りと唸り声が聞こえるが襲っては来ない。
あの男達の中では分別も有り、彼等を押さえる力量もあるって事か。
20日分60食と、お茶やお菓子等も買い込み西門に向かう。
あの男達は付いてこないが、出入り口付近で俺の後に並んだ冒険者達の視線が痛い。
つかず離れずというか、見失わない程度に距離を開けて付いてくるので無視して森に向かう。
俺は索敵を使って獲物を物色しながら森を彷徨い、おあつらえ向きの奴を見つけた。
隠形に魔力を乗せて姿を消し、静かに佇み待つ。
〈隠れたのかな〉
〈いや・・・気配がないぞ〉
〈見失ったのか?〉
〈確かにこの辺りに来たのだが・・・〉
索敵に引っ掛かっている奴に向け、拳大のアイスバレットを最大仰角で射ち出す。
10発以上射ち出して漸く望む反応が得られたので、駄目押しのアイスバレットを数発射ち出しておく。
〈おい! あの吠え声〉
〈ちっ、ファングドッグだ〉
〈此方に向かって来ているぞ!〉
〈ウォンウォン〉〈ギャンギャン〉と吠えながら駆けてくるものは、間違いなくファングドッグの群れ。
サービスにアイスニードルを数名の足にプレゼントしてから、目標の樹の枝にジャンプ。
〈ウッ〉
〈なっ、何だ此は?〉
〈糞ッ、嵌められた様だぞ!〉
見ているとファングドッグとの遭遇戦でお忙しい様なので、健闘を祈りながらお邪魔にならない様に静かに退散する。
* * * * * * *
シエナラの街に居れば、面倒事に巻き込まれるのは避けようがない。
何処か見知らぬ街に行こうと思ったが、此の国の地理を知らないので目的地を定められない。
ならば一度王都に出て、知り合いに此の国の情勢を尋ねる事に決めた。
子爵領の隣、ファーガネス領は問題のザワルト伯爵領なので、シエナラ街道をのんびり歩くには不都合ときた。
街道沿いの草原や森を歩いて王都に向かう事にするが、路銀稼ぎも兼ねて索敵に引っ掛かる獲物を適当に狩りマジックバッグに放り込む。
シエナラとファルカナ間は馬車なら通常3日の距離、ファルカナと隣の領地の領都シュルカ間は4日だが、狩りをしながら街道から外れて歩いたので倍以上の日数が掛かってしまった。
シュルカの街で冒険者ギルドに立ち寄り、少しばかり獲物を処分してから依頼掲示板に目を通す。
街道を一人旅立だと何かと面倒なので、王都へ向かう護衛依頼が有れば紛れ込もうと思ったのだが、此処でも馬鹿と遭遇する羽目になった。
後ろに立った奴からの、嫌な気配に身体を横にずらす。
襟に手を伸ばしたのであろう、顔の横に腕がにょっきり突き出された。
「ほっ、洒落た真似をするじゃねえか。己はアイアンの掲示板を見ていろ!」
黙ってマジックポーチから取り出したギルドカードを、男の目の前で振って見せる。
「糞猫がシルバーだぁ~・・・どんな手を使って昇級したんだ」
「オークやブラウンベアを狩ったら昇級出来るよ。態度がでかいだけじゃ昇級は無理だけどね」
周囲に居た冒険者達から、どっと笑いが起きる。
顔を真っ赤に染めて唸る男に念押しの一言を言っておく。
「俺は一人で獲物を狩っているんだ、俺と同程度の腕だと思うのなら何時でも相手をするぞ。遣る気がないのなら其処を退け!」
正面切って睨み合ったが、直ぐに目を逸らして下がったので放置する。
シルバーランクの掲示板に護衛依頼はなく、念の為にブロンズの場所も見たがない。
金は有るので馬車を雇っても良いが、無駄遣いは止めて歩く事にした。
シュルカ、ハブァスを過ぎアランド迄後一日の距離の所で、後方から多数の馬蹄の響きと車輪の音が近づいて来た。
街道脇に身を移して馬車の通過を待つが、前衛の護衛の中に俺の顔を見て目を見張る奴がいる。
嫌な予感に襲われるが、此処で逃げ出せば不審者として扱われる恐れが有る。
男は馬首を巡らせると後方の馬車に並びかけ、何事か伝えている。
嫌な予感はよく当たるとフラグを立ててしまった様で、何事か伝えた男が先頭まで馬を進めると騎馬の列が止まり、馬車も俺の前で止まった。
さっさと逃げるべきだったと思ったが後悔先に立たず、文字通り後から悔やむ事になりそうだ。
「その方、名は何と申す」頭上から声が掛かる。
見上げると馬車の窓から赤ら顔の男が俺を見下ろしている。
護衛の騎士達が居るので貴族なんだろうが、知り合いじゃないし答える義務もない。
面倒事は嫌なので、黙って馬車に背を向けると草原に足を踏み入れる
〈伯爵様の問いに答えろ! 無礼であろう!〉
「無礼はそっち! 人に名前を尋ねるのなら、先ず、自分が名乗れ! 屑!」
それだけ言って遠くの森に向かって駆けだした俺って、気弱だなぁ~。
で、ひょっとして伯爵様ってあれかな。
これで、王都迄は街道を外れた獣道決定だな。
* * * * * * *
6月になって間もない時にシエナラを出たのに、王都に到着したのか7月になってからだ。
混み合う王都の出入り口で、思わずロスラント子爵様の身分証を使おうかと思ったが、何とか思いとどまった。
一介の冒険者として、静かに王都に入らなければと理性が囁いた。
ホラード通りのベルリオホテルに部屋を取ると、庶民の服に着替えて商業ギルドに直行。
ロスラント子爵様より金貨300を貰ったので、マジックポーチには金貨が350枚も有る。
大雑把に勘定して、日本円で3500万円を持ち歩くって庶民の俺には邪魔。
300枚ばかり商業ギルドに預けて置けば、いざという時に役に立つだろう。
翌日はコッコラ商会に出掛けて、会長との面会をお願いする。
直ぐに会長室に招き入れられたが、会長の開口一番の言葉に愕然とさせられた。
「ユーゴさん、随分名を馳せられましたね」
「コッコラ会長、それって・・・」
「貴男の治癒魔法については、王都にまで届いていますよ」
「それはロスラント子爵のお嬢様の件ですか?」
「ウイザネス商会の御子息の件もです。ご存じの様に私の支店がシエナラにも有りますが、商人や貴族は様々な方法で情報を集めています。ウイザネス商会の事は、ロスラント子爵の事が知れ渡った後に判りましたけどね。マリエお嬢様が不慮の事故にて歩けなくなった事は、誰もが知っていました。それが治ったと大騒ぎになったのです。我々商人や貴族の間でね」
「教会は?」
「我々の使用人達の中にも、アッシーラ様にと言うか教会に深く帰依している者がいます」
「教会の方は判りましたが、レオナルの事は何処から?」
「ロスラント子爵様の使用人からですよ。ウイザネス商会の御子息レオナルが、冒険者に伴われて帰宅した。彼の世話係の女性は死亡して、馬車は無残な姿になっていた。ロスラント子爵様は使用人に調査を命じて貴男様の事を知り・・・」
「やれやれ、秘密が秘密として隠せないって事ですか」
「あの事の様にごく少数か信頼の置ける者のみの場合でなければ、使用人の目や耳が有りますので無理ですね。我々は使用人を雇う場合は、知り合いからの紹介で雇います。ある程度安全と人柄の保証が必要ですから」
「多少の秘密は漏れる事を承知で、人を紹介しあっていると言う事ですか」
「先のお二人の事から貴男の名も知られる事になりました。そして名が知れ渡りますと」
「会長と俺の事も?」
深く頷かれてしまった。
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