第38話 伯爵の使い
〈ガサッ〉
〈ガゥー〉
皆が寛ぐ背後の闇を通して、藪から飛び出して来たキラードッグが飛びかかってくる。
〈ウォン、ウォン〉
〈ガウゥゥゥ〉
〈ガッ ギャン〉
〈ドン〉
透明なドームにぶち当たり悲鳴を上げる奴もいるが、餌を目の前に興奮状態で煩いうるさい。
〈ウワッー〉
〈な、ななな〉
〈何だッ〉
「何を狼狽えている! 襲われたら武器を取るのが冒険者だぞ。例え結界の中が安全だとは言え、油断しすぎだな」
こう慌てふためいていてはまともな反撃は出来ないだろうと思い、座ったままライトに浮かぶキラードッグをアイスランスで撃ち抜いていく。
結界に阻まれ見えない壁に爪を立てる奴には、穴を開け其処から短槍で突き刺す。
十数頭を倒すと、流石に興奮したキラードッグも逃げ出した。
12頭のキラードッグをマジックバッグに入れて結界のドームに戻ると、皆ばつが悪そうな顔になっている。
少しは懲りただろうとこれ以上は何も言わない事にしたが、野獣討伐は夜の方が楽だと気がついた。
「ユーゴ・・・済まない。教えられていたのに安心しきっていたよ」
「ヴェルナの結界が使える様になっても、今の調子なら長生きは出来ないぞ。冒険者で一番死ぬのが早いのは新人だが、慣れた頃の奴も良く死ぬって言われているな。あんた達は新人じゃ無いが、慣れきっていて油断しすぎだよ」
* * * * * * *
翌日からは午前中は避難所作りをさせ、午後からは俺が作った土のドームを真似てドームを作る練習だ。
その際に、ヴェルナの作った避難所やドームも24時間程で消滅することを確認する。
不必要になれば魔力を抜いて消滅させたり、魔力を追加しての延長方法も伝授する。
一週間も練習をするとある程度素速く出来る様になったので、これ以上は必要在るまいと思い街に帰る事にした。
他の者達も索敵と気配察知を磨く為に、半数ずつが交代で見張りに付き周辺の薬草採取をしていたので稼ぎも十分だろう。
夜明けと共に、体力の回復していないザビドをドームに残して街に向かう。
此からはヴェルナのドームが移動式の定宿になり、ホテル代を浮かせて装備を充実させる事にしたようだ。
俺が野営装備としてテーブルに椅子や簡易ベッド等を持ち、快適な野営を楽しんでいるのを見て羨ましくなったらしい。
それに最低ランクのマジックポーチが金貨二枚と知り、俺が渡すフォレストウルフとキラードッグを売れば、数個はマジックポーチが買えると判り真剣に話し合っていた。
彼等と一週間も共同生活をすると備蓄の食糧が足りなくなり、ホーンラビットやカラーバード等を狩って調理して、街中より良い食生活が出来ると知ったのも大きかった。
「いいかヴェルナ、結界魔法だから連続して使う事は滅多に無いだろうが、今よりも少ない魔力で作れる様に練習は続けろよ。素速く固く、そして魔力は少なくだ。魔力が少なすぎて魔法が発動しなくなった時が限界だから、それに注意してな。俺の見立てでは、連続して30~35回が限界だろうと思う」
「判った。ユーゴには無理な頼みを聞いて貰い、本当に世話になった。練習は続けるし、ユーゴの事は他言しないと誓うよ」
俺は結界を着色して視覚化出来る事が判ったので、見返りは十分貰ったが黙っておく。
街に戻ると冒険者ギルドに直行して、マジックバッグに収めた物を処分する。
解体場の職員も、たまに来る俺が大量に獲物を出す事を知っているので広い場所を指定する。
オーク、6頭
フォレストウルフ、17頭
キラードッグ、13頭
ホーンボア、2頭
ホーンラビット、11羽
ヘッジホッグ、6匹
解体主任にオーク以外は全てシエナラの誓いの物だと告げて食堂に行く。
久方ぶりのエールに舌鼓を打っていると、ハリスン達がやって来たが「探したよ、後で話が有るので俺達のテーブルに」それだけ言って離れて行く。
解体主任が持って来た二枚の査定用紙を見て了解し、ギリスに一枚を渡す。
俺の分は、オーク、70,000×6=420,000ダーラ、ちょっと小振りだったのでこんな物か。
ギリスが用紙を受け取って震えている。
「ユーゴさん・・・これ」小声でそう言って用紙を差し出す。
受け取って確認するが、フォレストウルフが思ったよりも多かったがこんなものだろう。
フォレストウルフ、60,000×17=1,020,000ダーラ
キラードッグ、17,000×13=221,000ダーラ
ホーンボア、45,000+60,000=105,000ダーラ
ホーンラビット、3,000×11=33,000ダーラ
ヘッジホッグ、7,000×6=42,000ダーラ
合計 1,421,000ダーラ
「こんなものだよ。ポーチを3、4個買って、後は装備でも揃えるんだね。全員手ぶらになると狙われるから、背負子や荷物は持てよ」
「俺達がこんなに貰っても良いんですか?」
「俺は訓練をしていただけだし、それにオークだけで420,000ダーラ有るからね。ポーチは冒険者御用達の店に有るから行って来なよ。ザビドが待ってるよ」
「有り難う御座います。余り役に立てそうも無いですが、俺達が必要なら何時でも声を掛けて下さい」
ギリス達と別れ、ハリスン達のテーブルに移動すると、何やら不穏な話になった。
「この間、俺達が此処で食事をしている時にユーゴの事を聞きに来た奴がいるんだ」
「フェルカナの領主の使いって奴でさ、偉そうにしていやがったよ」
「レオナルの事を知っていたし、此の地の領主の娘を治療したとか言っていたぞ。俺達がお前と一緒に行動しているのだから、お前が何処にいるのか知っているだろうと、しつこく聞いて来たな。王都からシエナラまで一緒に旅をした仲だし暫くは一緒に狩りもしていたけれど、最近は見ていないと言っておいたよ。コークス達大地の牙の事も知っていたので、相当ユーゴの事を調べたんじゃないのか」
「何れ知れ渡るとは思っていたけど、早いねぇ~」
「呑気だねぇ。お貴族様と教会が黙っちゃいないよ」
「ユーゴなら貴族相手でも逆らいそうだよな」
「いやいや、教会も厄介だけど貴族はもっと厄介だぞ」
「王都でも、貴族の関係者は威張り散らしていたからな」
「そうそう。お貴族様に仕えているからって、飯炊きまでが偉そうだったぜ」
「隣の領主って伯爵だったよな」
「どうだかな。俺達にとっちゃ、御領主様って雲の上だからよ」
「所で此処の領主の娘ってなによ?」
掌を下に向けてみせると理解した。
「レオナルと娘っととと、お嬢様から知れ渡ったのかよ」
「やっぱり貴族って油断ならねぇな」
「レオナルの件も、ウイザネス商会の使用人から漏れたらしいよ。貴族や豪商って、あっちこっちに情報源を持っているそうだから」
「で、ユーゴはどうする気なの。逃げるあてはあるの?」
「いんや、でも何処に行こうと問題ないからね。お貴族様や豪商に飼い殺しにされるのは真っ平だし、教会に都合良く使われる気もない。俺に手を出したら後悔させてやるさ」
ルッカスが苦虫をかみ潰した様な顔でカウンターの方に目をやる。
「噂をすればだよ」
「あかん、真っ直ぐ来ているよ」
「エールを飲んだら、さりげなく俺から離れていろよ。何が有っても、王都からの道連れだっただけの他人を貫け」
皆が微かに頷き、エールを飲み干すと立ち上がり離れて行く。
背後に立った奴が、いきなり人の肩を掴んで振り向かせるので、肩に掛かって手を弾き飛ばす。
「失礼な奴だな。舐めた真似をしていると怪我だけじゃ済まねえぞ」
「ふむ、汚い銀色の髪に縞模様の猫人族、ユーゴだな。ストライ・ザワルト伯爵様が御召しだ、付いてこい!」
「だれよ、それ。此処は子爵領だと思ったけど、そのなんちゃら伯爵様の領地だったのか」
「貴様、伯爵様の命に背くつもりか?」
一応騎士の格好だが、貴族の所属を示す物は何も無い。
俺に揶揄われて腰の剣に手を掛けるが、仲間に肩を押さえられて抜くのを躊躇っている。
「お前、此処を何処だと思っているんだ。冒険者ギルドで剣を抜けば、誰であろうと殺されても文句は言えねえぞ。それに伯爵だぁ~、見たところ貴族に仕えている様には見えないが、騙りなら犯罪奴隷か死罪と思うけど」
「小僧が大口を叩くが、後悔する事になるぞ」
「俺が後悔する前に、お前と、お前の主人があの世行きになるぞ」
「何を騒いでいる!」
おっ、サブマス登場。
「サブマス~♪ ストライ・ザワルト伯爵の手先って奴が、偉そうに付いて来いって命令するんだけどぉ~、此処って子爵領じゃなかったっけ? 俺達って、お貴族様の命令に従わなけりゃならないの?」
「お前等は此処の人間じゃないよな。冒険者ギルドも所属する冒険者も貴族の配下じゃ無いぞ・・・ザワルト伯爵の名を出すのなら身分証を出せ!」
サブマスのドスの利いた声が食堂に響き、男達の背後にギルド職員が剣を手に立ち塞がる。
「サブマス、礼儀を知らない男が先走って済まない。冒険者ギルドをないがしろにする気は無い」
先程いきった男を押さえた奴が、サブマスに謝罪しながら身分証を手渡す。
「ふん、隣の領主が此処に何の用だ。冒険者に用があるのなら、自分の領地で指名依頼を出せと主人に言っておけ。此の事は領主の子爵殿を通じて王家に伝えさせるぞ」
「あっ、指名依頼をしても無駄。受けないからね」
いきなりサブマスに頭をはたかれてしまった。乱暴だねぇ。
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