男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

第36話 シエナラの誓い

　必死で逃げていく男が50m以上離れたところで、男を転移魔法で引き戻す。

　離れていた男が俺の目の前に現れて、そのまま走り去っていくのはちょっとシュール。

　二人目の男は目視距離60mで、最初の男の後ろにジャンプさせる。

　最初に引き戻した男が逃げる後ろに現れると、逃げているのか男を追いかけているのか判らない状態にちょっと笑ってしまった。

　その間に、三人目の男は80m以上離れていたので転移魔法が発動しなかったが、逃がす気はないので俺が後を追ってジャンプする。

　一度目のジャンプで20m程後ろに跳び、二度目のジャンプで奴の前10mの所に出て振り返り、にっこり笑ってやる。

　全力疾走からの急停止、〈ゼイゼイ〉と肩で息をして震える手で俺を指差す。

　「残念だねぇ～『何の手立てもなく』って言っただろう。始めた以上逃がす気はないよ」

　そう言って胸に氷の針を射ち込む。

　アイスアローよりももっと近距離攻撃や、ホーンラビット等の小動物用に開発したアイスニードル。

　竹製の編み物針をイメージしているが、硬さは一級品だと自負している。

　残りの二人の後ろにジャンプして、息も絶え絶えに走る男の背中にアイスアローを射ち込んで終わり。

　全員を穴に埋めて証拠隠滅をすませると、転移魔法の実験終了。

　草原は験が悪いので森に移動することにしたが、今日はどうも厄日の様である。

　街の西出入り口から半日位の距離で狩りの気配がするのだが、不利なのか〈耐えろ！〉とか〈もっと固まれ〉等と聞こえて来る。

　隠形に魔力を乗せて近づいてみると、フォレストウルフに周囲を囲まれて闘っているが、二人が負傷し防戦一方になっている。

　冒険者七人対フォレストウルフ十数頭、放置すれば全滅しそうなので助ける事にする。

　固まって闘っている冒険者達に静かに近づき、周囲を結界で囲み結界内に居たフォレストウルフ三頭をアイスランスで射ち抜く。

　襲い掛かろうとして結界に阻まれ狼狽えるフォレストウルフの群れ。

　襲い掛かって来たウルフが、突然アイスランスに射ち抜かれて倒れたのを呆然と見ている冒険者達。

　「お邪魔するよ」

　隠形を解除して挨拶をするが、見えない結界に阻まれて餌に襲いかかれなくて興奮するフォレストウルフ。

　「ウルフは俺が片付けるから、怪我人の血止めをしなよ」

　結界に体当たりをしたり、唸り散らすウルフが気になる様なのでアイスランスの連続攻撃で倒していく。

　九頭倒すと、勝てないと思ったのかフォレストウルフの群れは去った。

　仲間の怪我の手当てをしていた男が、立ち上がり礼を言ってきたが顔色が悪い。

　「済まない、助かったよ」

　「怪我人はどうだ？」

　「一人は何とか助かるだろうけど･･･」

　見れば相当な血が流れた様で蒼白な顔色で呼吸も浅い。

　折角助けたのに目の前で死なれるのも気分が悪いので、治癒魔法を使うことにする。

　怪我人に寄り添う男を押しのけると、太股を縛っているがザックリと牙で切り裂かれている。

　動脈でも切り裂かれたのだろう、傷口を押さえて（ヒール！）魔力を三つ分使っての治癒魔法で傷は綺麗に塞がった。

　（鑑定！・状態）〔出血多量・衰弱〕これ以上は治癒魔法の埒外なので放置。

　〈凄えぇぇ〉

　〈治癒魔法か、初めて見たな〉

　もう一人も真っ青な顔色だが、肩に喰いつかれたのか胸当ての肩部分に穴が開いている。

　胸当てを外させて掌を添え、魔力二つ分で（ヒール！）（鑑定！・状態）〔衰弱〕と出たが、胸当てを外しても胸が盛り上がっている。

　ウルフに気を取られていたが女かよ、しかも虎人族で縦横高さ共に俺より大きいときた。

　同じ猫科の外観で、これは不公平だと思わず唸り声が出てしまった。

　「有り難う。何とお礼を言ったら良いか。俺は〔シエナラの誓い〕のギリスだ」

　「ユーゴだ、今は一人でやっているんだ」

　「ユーゴが助けてくれなければ、全滅するところだったよ」

　「気にしないで、勝手に助けただけだから。彼は血が流れすぎているので、当分はしっかり食べて休養だな。彼女も怪我は治したけれど、腕の調子を見てからだな。大怪我を治した経験が殆どないので、後がどうなるのか判らないぞ。それと、他では俺の事をペラペラ喋るのは止めてくれよ」

　「勿論だ。助けてくれたあんたの事は他で喋らないと約束するよ」

　「済まないが此を何とかしてくれないか」

　「これって、もしかして結界魔法なのか？」

　「そうだよ。いま解除するから獲物を片付けなよ」

　「いや、獲物は全て君の物だ。助けられて獲物まで貰う事は出来ない」

　別に獲物が欲しい訳ではないが、マジックバッグに全て入れておく。

　衰弱している者の為に担架を作るのに手間取り日暮れまでに街まで帰れそうにない。

　彼等が野営の準備を始めたので、野営用のドームを提供する。

　「凄いですねぇ」

　「結界魔法に治癒魔法と土魔法とは」

　「えっ氷結魔法も使っていましたよね」

　「四属性持ちで、それを自在に使い熟すって･･･」

　「街に帰ったら忘れてくれよ」

　「はい･･･でもユーゴさんて割りと有名ですよ」

　「そうなの？」

　「名前は初めて知りましたけど、猫人族で鈍い銀色の毛並みに縞模様って」

　「模擬戦もだけど、持ち込む獲物を魔法で倒しているって」

　「それも殆どが一撃で倒しているって噂ですよ」

　マジックポーチを持たないので、保存用の食料を食べようとするので俺の備蓄食料を提供して色々と話したが、なんてこったい。

　「以前は9人パーティーじゃなかったんですか？」

　「あれね、二つのパーティーと知り合いなので、暫く一緒に遣ろうってなってな」

　「あの人達をたまに見掛けますけど、良い腕だって話ですね」

　話し込んでいても索敵で何時も周囲に気を使っているので、何かが近づいて来るのが判った。

　皆を静かにさせ、ドームから出て再度索敵をしてみるとオークらしいのが5,6頭接近してくる。

　真っ直ぐ此方に向かってきているのは、昼間に流れた血の匂いが風に乗って流れているのだろう。

　「何か？」

　「オークだろう。5･･･6頭かな」

　俺の言葉に緊張が走り、それぞれが武器を手に立ち上がる。

　「あっいいよ、座ってて構わないから」

　「でも、オークの群れなんでしょう」

　「一人で、大丈夫だよ。ドームから出ないでね」

　俺は野営用ドームから数歩前へ出ると、結界を張りライトを煌々と灯す。

　暗い森の中に灯りが灯り俺の姿がよく見える様にすると、オークが直ぐにやって来た。

　〈プギャー〉〈フゴッ〉なんて鼻息荒く突撃してくるが、透明な結界にぶち当たり首を傾げている。

　近すぎるので結界に穴を開けて、そこからアイスランスを胸に射ち込む。

　一頭倒す度に位置を変え、結界に穴を開けてアイスランスを射つ。

　三度目の攻撃で残りのオークが異変を感じて逃げ出したが、背後からアイスランスの連射で仕留めて終わり。

　周囲の安全を確認してから、倒したオークをマジックバッグに入れてドームに戻る。

　出入り口から覗く顔が七つ。漫画の様に顔が縦に並んで俺を見ている。

　ドームに戻ると顔が消えて、中に入ることが出来る様になった。

　ギャグ漫画を見ている様でちょっと面白い。

　「ユーゴさん、お願いです！　結界魔法を教えて下さい！」

　虎姐ちゃんが俺の前に立つと、そう言って深々と頭を下げてお願いしてきた。

　「え～と、ヴェルナだっけ。結界魔法を授かっているのか」

　「はい、授かりましたが魔力が52なのです。結界魔法は何とか使えるのですが、直ぐに魔力切れで倒れてしまうのです。ユーゴさんの様なスムーズな魔法は初めて見ました」

　（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔生活魔法・結界魔法・長剣スキル・魔力52〕

　「お願いします！　ユーゴさんの様な結界魔法を使えれば、仲間を危険から守れます。お願いします！」

　「ちょっと全員を鑑定させて貰っていいか？」

　不思議そうな顔をしながらもそれぞれが頷くので、全員の鑑定をしてみた。

　リーダーのギリスから（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔生活魔法・魔力23〕

　カニン（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔生活魔法・小弓スキル・魔力14〕

　カヤニ（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔無し〕兄弟かな。　

　ザビド（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔生活魔法・栽培スキル・魔力8〕

　ベルゲン（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔生活魔法・建築スキル・魔力16〕

　オスト（鑑定！・授かった魔法とスキル）〔生活魔法・魔力11〕

　こりゃ～、王都の穀潰しと似たり寄ったりの能力だな、余りにも可哀想なので全員に索敵と気配察知のスキルを貼付しておく。

　「カニンは小弓スキルを授かっているが、練習をしているのか？」

　「練習したくても、俺達の稼ぎじゃ高くて買えないよ」

　「誰も習得スキルも持っていないが、冒険者として索敵や気配察知は必須だぞ。魔法は別として、スキルは練習によって得られたりするものだから皆で練習すべきだな。浅いとはいえ、良くこの程度の能力で森に入ったなぁ」

　「この辺は良い薬草が有ったりするんです」

　「何の練習もせずに、良く今まで生きていられたな。俺は魔法が使えるからと言っても、索敵や気配察知の練習はたっぷりしたし魔法の練習も怠らないぞ」