第35話 噂

 用事は済んだので帰ろうとしたら「旦那様からお伝えしたい事があるそうです」と言われて、執務室へ連行されてしまった。


 ロスラント子爵様は顔を合わすなり「ユーゴ殿、済まない」と謝罪の言葉を口にする。


 「子爵様、私は冒険者ですので殿は不要です。それと、済まないとは?」


 「実は君の噂が広まっている様なのだ。私は何一つ口外していないのだが、使用人か娘の見舞いに来た者達からなのか判らないが、話が広まっているのだ」


 何れ知れ渡るとは覚悟していたが意外に早かったが、俺を取り込もうとする奴等から逃げる事は簡単なので話の続きを聞く。


 「娘が怪我をした時には多くの者が見舞いに訪れてくれたし、それ以後も定期的に来てくれる者も多い。彼等は娘が歩けなくなり寝たっきりなのも知っている。それが起き上がり歩く練習を始めたのだ」


 「興味を引くなと言うのは無理ですか」


 「ああ、しかも不味い事に君の治癒魔法は素晴らしすぎるのだ」


 「どう言う意味ですか?」


 「気付いていないのか。君がウイザネス商会の子息の怪我を、一度で治したと聞き君に治療依頼をすることにした。王都から遠い此の地では、腕の良い治癒魔法師は滅多に居ない。授けの儀で治癒魔法を授り魔力の多い者は、教会に押さえられるか高額な報酬を求めて他領や王家に仕えようとする。あるいは・・・」


 「貴族や豪商に良い様にされるのを嫌い、魔法の練習すらしないですか」


 「ああ、こればかりは本人に遣る気が無ければ、強制してもどうしようもない」


 「飼い殺しの贅沢か貧しくとも自由な生活かは、本人のみに与えられた権利ですよ。強制させる方法もありますが、肝心な時に背かれますからね」


 「私は娘の足の痺れだけでも治してやりたかったので、君に治療を依頼した。だが結果は望外のものだった。しかしそれは、多くの者の興味を引く結果となったのだ」


 そう言って執事に頷くと、革袋を乗せたトレーを持って来る。


 「少ないが君に迷惑を掛ける謝罪の意味だ受け取ってくれ。カードは我がロスラント子爵家の身分証で、執事と同等の身分を示す物だ。我が領内であれば、配下の者が何かと役に立つと思う。此の地を去る時も持っていてくれたまえ。高位貴族には大して役に立たないが、通行証としても有効だからね」


 金は有って困る物では無いので有り難く貰っておくが、身分証ね、

 ギルドカードと同じで、血を一滴落とすと点描の顔が浮かび上がり、ロスラント子爵家所属を示す紋章と俺の名が記されている。


 「子爵様、治癒魔法使いを手元に置きたいとお思いでしたら、彼等に十分な報酬と安全な身分を保障して、自由を与えれば良いのですよ」


 「君にではなく?」


 「私は気に染まぬ事を強制される気は有りませんし、自由に行動する事も可能です。身分証が無くてもね」


 「それでは先程の言葉の意味は?」


 「授けの儀で治癒魔法を授かった者に、子爵様の配下としての身分と自由を保障して、安全な生活を送れる様に計らえば良いのですよ。勿論毎月手当も支給するが、金額は治癒魔法の腕次第ですね。本人が気に入らなければ何時でも配下としての身分を放棄して、何処に地に移ろうとも可能な事を保障する」


 「それでは、育てた治癒魔法師が他に引き抜かれてしまうのでは」


 「別にそれでも良いではないですか。生活費を貰えて身分も保障され何時でも辞められると判れば、子爵様の求めに応じる者が増えます。中には恩義を感じて、自由に生きられる此の地を選ぶ者も出て来るでしょう。複数人居れば治癒魔法の技を教え合い、腕を上げれば報酬も上げる様にすれば良いのです」


 「少し考えてみるよ」


 俺の知る僅かな事例だが、此の世界の魔法使いは自分の技術を秘匿する傾向がある。

 と言うよりも、公開すれば己の優位性が失せるので隠すのだろう。

 それは俺も同じだが、俺の知識は此の世界では危険すぎる様に思う。

 授かった魔法が魔法なので他人には迂闊に話せないし、魔法の手ほどきをする相手は厳選しなければならないと思う。


 * * * * * * *


 子爵様に貰った身分証、ラノベでは貴族専用通路を通れるはずだが、違っていたら大変なので領民用の通路に並ぶ。

 冒険者カードではなく子爵様の身分証を出してみると、マジマジと見て俺の顔とカードを何度も見比べてから敬礼されてしまった。


 此処はシエナラ街道のどん詰まりの街で、貴族用通路は無かった。

 いや有るにはあるのだが、王都へ向かう出入り口にのみに存在する。

 草原や森に向かう為の出入り口に、貴族専用通路は不要なのだ。


 袋小路の様なこの街では、街の出入り以外に子爵様の身分証は余り役に立たない事が判っただけだった。

 何れ他領に行く事が在れば試してみるさと、負け惜しみを呟きながら草原に向かう。


 今回は中二病患者宜しく、格好良く雷撃魔法を使う練習だ。

風・水・火・土・雷・氷・転移・結界・治癒・空間収納の各魔法で、風・水・火は余り必要としないが、雷撃魔法は脅しには最適だろうと思うので練習する気になった。


 ロスラント子爵様の話を聞いて、脅し用の魔法の必要性があると認識した結果だけれど。

 氷結魔法を削除して雷撃魔法を貼付して、30・40・50mの距離に立てた標的に向かい練習開始。

 使い方は判っているので、各標的に正面からと上空から落雷を落として終わり。

 少し思いつき標的に直接雷撃を発生させて見たが、此が一番効果的だと思う。 何せゴロゴロ音も無く、いきなりドーンと爆発音と共に雷様が出現するのだから。


 雷撃魔法を削除して氷結魔法に戻し、思いついた事を氷結魔法で試す。

 30mの標的に向かい、凍れと念じて魔力を流すと一瞬で真っ白になった。

 40と50mの標的でも出来たので、真っ白な標的の横に氷柱を立てるとアイスジャベリンを撃ち込んで粉々にする。

 流石に土魔法で作った標的は崩せないので、魔力を抜いて崩しておく。


 雷撃と氷結魔法の練習で残魔力が40少々なので、結界を張ってお茶を飲みながら回復を待つ。

 ディレクターズチェアにふんぞり返り、うとうととしていると人声で目が覚めた。


 人相の悪いのが七人ほど、結界に張り付いて俺を見ている。


 〈おい、起きたぞ〉

 〈何をしているんだ?〉

 〈兄ちゃん、聞こえるか?〉


 耳に手を当てて聞こえないふりをすると、好き勝手な事を言いはじめた。


 〈此奴を俺達のパーティーに入れたら、防御は完璧だし野営も楽だぞ〉

 〈夜の見張りも必要無さそうだし、此れが外れたら優しく声を掛けろよ〉

 〈それよりも見ろよ。良い服を着ているじゃねえか〉

 〈ああ、たんまり持っていそうだな〉

 〈俺達にも運が向いてきたな〉

 〈さっきの落雷音も此奴なのか?〉


 マジックポーチに椅子とテーブルを入れると、身体の表面に結界魔法の展開を確認する。


 〈おい、やっぱりマジックポーチ持ちだぞ〉

 〈あんな物を入れているのだ、見掛けより上等な物に違いない〉

 〈此だから冒険者家業を辞められない〉


 パーティー仲間に引き入れる話が、段々と不穏な話に変わっている。

 にっこり笑って結界を解除すると、張り付いていたので皆前に倒れそうになり蹈鞴を踏んでいる。


 〈おう、ビックリしたぜ〉

 〈兄さん、大した魔法使いだな〉

 〈一人なら、俺達のパーティーに入らないか〉

 〈稼げるぜ〉


 そう言いながら俺を取り囲む。


 「間に合ってますよ。一人が気楽だし、パーティー仲間が欲しければもっと腕の良いパーティーを知っていますから」


 にっこり笑ってお断りする。


 「さっきの話は全部聞こえていましたので、貴方達とお仲間になるなんてゴブリンの前に裸で横たわる様なものですよ」


 「なんでえ、聞こえていたのかよぅ」

 「なら説明の必要はねぇな。後ろの奴は弓を引き絞っているんだ」

 「素直にマジックポーチを出しな。大人しく言われた通りにするのなら殺しはしねぇからよ」


 「想像以上の馬鹿だねぇ~。さっきの話を全て聞いていたのに、何の手立ても無く結界を解除したと思っているの?」


 「七対一で、魔法使いが接近戦で勝てると思っているのか」


 そう言いながら腰の剣を引き抜き突きつけてくる。

 油断大敵、次の瞬間に正面の奴の背後にジャンプして背中で背中に体当たりをする。


 〈エッ〉とか〈なっ〉とか言っているが、俺に背中を押された奴が前に飛び出る。

 〈グエッ〉

 〈馬鹿! 何をやっている!〉

 〈消えたぞ〉


 「あ~ぁ、弱っちい癖に意気がるから同士討ちをするんだよ」


 〈糞ッ、殺っちまえ!〉


 振りかぶった剣を振り下ろしてくるのを、左腕で受け止めると右手を胸に当てて(フリーズ!)

 瞬間的に凍り付くと見るみるうちに霜柱に包まれて白くなる。


 〈なっ・・・〉

 〈こな糞ッ、愚図愚図するな!〉


 声を上げた男の首にアイスアローを射ち込むと、呆けている奴の胸に高速のアイスバレットを喰らわす。

 〈グェッ〉と一声漏らして後方に吹き飛んだがそのまま痙攣している。

 〈パスン〉と屁の様な音がして足下に矢が落ちる。


 漸く俺に矢を放ったが遅すぎだし、服を新調した時に耐衝撃・防刃・魔法防御を貼付している。

 結界との二重防御でもなけりゃ、こんな接近戦なんて勝ち目があってもするかよ。

 にっこり笑い、男の足下に穴を開けて落とし込むと穴を閉じる。

 何か〈ギャー〉って聞こえたけど気にしている暇は無い。


 残った三人が逃げ出したので、転移魔法の練習に付き合って貰う事にした。

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