第34話 治癒魔法
問題の手紙には俺の要求は全て了解したので、都合が付き次第子爵邸を訪ねて欲しいと書かれていた。
その際に通用門で俺の名を名乗れば、執事のペドロフが心得ていてロスラント子爵に会える手筈だそうだ。
少し考えて、一度マーライト通りのハイドラホテルに部屋を取る事にして、支配人に明日子爵邸を訪れたいと伝えて馬車の手配をして貰った。
遅い朝食後、上等な生地の街着に着替えて頼んでいた馬車に乗る。
子爵邸の通用門で名乗ると即座に、出入り業者用とは別な内玄関に通された。
待つ事なくペドロフと名乗る執事が現れると「子爵様の執務室にご案内致します」と言って先導してくれる。
勿体を付けたホニングス男爵家とは大違いで、ラノベでよく読む貴族の対応とも違うのに面食らう。
しかし男爵領とは違い子爵ともなれば広大な領地を持つだけあって、屋敷は大きく立派だ。
ノックと共に「ユーゴ様をご案内致しました」と告げると、間髪を入れず「入れ!」と声が掛かる。
まるで中世ヨーロッパ映画のワンシーンのようだなと感心する。
執事に扉を支えられて室内に足を踏み入れると、左右から鋭い視線が飛んで来る。
気配察知で感じたとおり、左右の壁に護衛の騎士が二人ずつ立っている。
執務机に座るのがロスラント子爵だろうが、興味深そうな視線を向けてくる。
執事に促されて執務机の前に立ち軽く一礼して口を開いた。
「ご要望に応じて参上致しました。用件だけを済ませてお暇させて頂きたく存じますので、手短にお願い致します」
左右の壁際に控える護衛達の視線が、敵意に変わったが何も言わない。
「判った。娘のところへ案内しよう」
子爵に案内されて三階の部屋に案内された。
部屋の中央に置かれたベッドの傍らに、年配の女性が座りメイドが二人控えている。
ベッドに横たわる女性は三女と聞いたが、20歳前後の様に見受けられる。
「去年夏の始めに、ベランダの手すりが腐っていて此の三階から転落したのだ。急ぎ教会に依頼して治癒魔法師に治療してもらったのだが、それ以後足が痺れると言って歩けなくなってしまったのだ。他の領地から何度も治癒魔法使いを招聘して治療を依頼したが、まったく良くならないのだ」
転落して足が痺れて歩けないのなら、脊椎損傷か骨盤でも骨折しているのだろう。
(鑑定!・腰の症状)〔腰部神経圧迫〕やっぱりな。
鑑定結果に骨折が出ないのなら、治療で骨折は治ったのだろうが圧迫が治っていないって事は藪かな。
「教会に派遣して貰った、治癒魔法使いの腕は確かなのですか」
「残念ながら、辺境の教会にはそれ程腕の良い治癒魔法使いはいないのだ。三度に分けて治療してもらったよ。私に仕える治癒魔法使いも腕が良いとは言えないのでね。君はネイザネス商会の子供の骨折を一回で治したと知り、取り次いで貰った」
「鑑定結果によると、骨折は治っていますが腰の一部が圧迫されて足が痺れて歩けないのでしょう。私も大して経験がある訳では無いので遣るだけはやって見ますが、駄目なら他を当たって下さい」
さて、どうすれば腰部圧迫を解除出来るのかな。
再度腰の骨を叩き折る訳にもいかないし、かと言ってこのまま治癒魔法を使っても治るとも思えない。
此処は魔法はイメージとラノベは教えているので、それを信じる事にした。
メイドに言って女性をベッドの縁にうつ伏せ状態にして貰い、腰が少し浮く様に腹の下に枕を入れて貰う
1/73の魔力を使っても無理だろう、レオナルの骨折の治療に1/73の魔力を三回と、打撲を治すのに一回の計四回使った。
彼女の場合は数回に分けて治した為に、骨が歪に繋がった様なので此の修正をしなければならない。
となると腰骨の修正と神経を治さなければならないので、数回に分けて治癒魔法を使っても無理だろう。
此処はイメージ優先で、魔力を一気に使ってやるしかない。
薄衣を置いた女性の腰に手を乗せて目を閉じてイメージを高めて、全魔力の1/10・・・1/5を一気に送り込む事にした。
腰骨の修復と神経の損傷治癒を願って魔力を流すと、大量の魔力が腕を通して流れ出すのが感じられる。
〈嘘っ!〉
〈何て・・・神々しい!〉
〈だっ、旦那様!〉
閉じた瞼に光りが流れ込んで来る錯覚に襲われるが、大量の魔力を流した為に身体から力が抜けていく。
魔力切れの為に魔法を使い続けても、此ほど一気に魔力を消費した事は無い。
初めての経験に戸惑ったが、予定通り全魔力の1/5を消費した様で(鑑定!・魔力)〔魔力・58〕と出た。
一気に魔力が抜けた為に身体に力が入らず、その場に座り込んでしまった。
誰も何も言わずに俺を見ている。
無様に座り込んでしまったので、気力を振り絞って立ち上がり女性を見て(鑑定!・状態)〔健康〕
「足の痺れは感じますか?」
うつ伏せの女性をメイドが寝返らせると「痺れは感じませんが・・・」と言い淀む。
鑑定では健康となっているので、治っている筈なんですが。
「でも・・・でも、足に力が入りません。立てそうにないのです」
「失礼だが、膝から下を見せて貰えますか」
剥き出しの脹ら脛を掴み力を入れて貰うが、足に力を入れようとしているのだが全然筋肉が固くならない。
10ヶ月近く足が動かなかったので、筋力が落ちてしまっているのだろう。
その事を説明して、今日からは常に足を動かす練習から始める事を勧める。
「それで歩ける様になるのか?」
「足だけは生まれたばかりの子供と変わりませんので、座った状態で足を前後に動かす事から始めれば宜しいでしょう」
俺の言葉を聞いて母子が抱き合って喜んでいる。
用が済んだので俺は帰らせて貰う事にしたが、謝礼を渡したいとサロンに招かれた。
執事がワゴンに乗せた革袋を二つ持って来たので、礼を言って遠慮無く受け取る。
「娘の足が動く様になるまで、時々屋敷に来て貰えないだろうか」
「その必要は無いと思います。疑問があれば冒険者ギルドまで使いを寄越して下さい。尤も、殆どの日々を森や草原で生活していますので、何時いつ伺えるとの確約は出来ません」
母親がやって来て、足を動かす練習はどうすれば良いかと聞かれたので、椅子に座って足を前後に動かす、ベッドに横になったまま足を上げ下げする事から始める様に伝える。
* * * * * * *
子爵邸から戻ると再び森に籠もり魔力切れを繰り返すが、魔力は依然として73のままと変わらず。
但し魔力切れからの回復時間が7時間と、明らかに短くなっている。
ハティーやホウルも魔力切れを試しているはずだが、最近会っていなくて鑑定も出来ないので、魔力が増えると言われているのが事実かどうか確認出来ない。
一週間から十日に一度街に戻り、エールを楽しみ食料を仕入れては森に戻る。
三度目にギルドでエールを楽しんでいるところで、ハリスン達と出会ったのでホウルの魔力を鑑定してみる。
ホウルの魔力が27から28に増えているではないか。
「ホウルは魔力切れを続けているの」
「ああ、毎晩それでバタンキュウだよ。少しでも強くなりたいしね」
俺は魔力が増えないがホウルは増えるのか、癪だが喜ばしいので教えてやる事にした。
「ホウル、魔力が27から28に増えているぞ」
小声で教えたのに「本当ですか!」と大声で返事をするので注目を浴びてしまった。
「馬鹿! 大声を出すな。本来お前は魔法が使えない事になっているんだからな、他の奴等に知られても良い事は何も無いぞ」
ハリスン達と会ったのは丁度良かったので、俺のお古の服を・・・と思ったが、俺が一番チビだった。
気を取り直して市場へ行こうとすれば、今度は受付カウンターから声が掛かる。
「サブマスが読んでいるわよ」と言われた。
受付のお姉さんの知らせを受けて、奥からサブマスがやって来ると俺の襟首を掴んで引き寄せられた。
「お前、子爵殿と何か有ったのか? お前を名指しで、一度お越し下さいと連絡が来たぞ」
「個人的な依頼を受けた事がありまして・・・それの事じゃないか・・・な」
「ふん、まあ良い。くれぐれも失礼の無い様にな」
そう言ってポイと出入り口の方へ投げられた。
まったく俺を猫の仔だと思いやがって、少し変わった頭髪とお耳に毛が少し生えているだけじゃねえか!
まっ、別に稼ぎに行かなけりゃならないって事も無いので、ちんたら子爵邸に向かって歩く。
フードを被った冒険者スタイルで歩いて来たので、名乗るまで気付いてくれない門衛。
即座に執事殿にお報せ致しますと、内玄関へと案内してくれる。
今回は直接お嬢様の部屋に案内されたが、立っても転んでばかりなのでどうすれば宜しいでしょうかと問われてしまった。
あんよは上手って、一度経験しているはずだから出来ない事はないはずだけど、忘れてしまったらしい。
俺より背の高いお嬢様の手を引いて、あんよは上手なんて歩き方の練習なんてさせられない。
機械文明の利器である歩行器の図を書いて、家具製造業者にでも作らせろと言っておく。
幼児用ではなくリハビリ用の物なので、ベッドから手を使って立ち上がっても倒れない優れ物だから良かろう。
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