第27話 万事休す

 レオナルの体力が心配なのと、一日も早く家に送り届ける為にハブァスで馬車を借りる事にしたが、此がまた面倒。

 壊れた馬車と同程度の物を借りようとすると一日金貨二枚が必要で、冒険者の俺が借りるのに保証金として金貨20枚を要求された。

 それと護衛の冒険者を最低八名付けろと・・・懐の金貨が約60枚では心細く、商業ギルドに出向いて金貨50枚を降ろしてくる羽目になった。


 ハブァスとフェルカナ間は馬車で八日の予定だが二日余裕を見て十日分の金貨20枚と保証金金貨20枚。

 シルバーランクの冒険者八名を護衛に雇えば、馬込みで一日銀貨5枚が必要で八名雇うので一日金貨4枚が消えていく計算になる。

 一応10日分の前金として金貨40枚を支払ったので、あっという間に金貨が消えていく。


 冒険者ギルドでギルドカードを提示して、護衛依頼を出した時の受付の顔は当分忘れられそうにない。

 依頼に応じたシルバーランクの中には、一癖どころか裏が有りそうな雇いたくない輩もいる。

 断れば、俺が冒険者とみて模擬戦を挑んでくる。


 「お姉さん冒険者であっても、依頼主の場合模擬戦に応じ無くても良いんでしょう」


 「必要在りません。強制すればギルドカードを剥奪致しますのでご連絡ください」


 「けっ、小僧が偉そうにしている割に、模擬戦も受けられない腰抜けかよ」

 「冒険者など辞めっちまえ!」

 「猫の子に虚仮にされるとは思わなかったぜ」


 「そんな態度だから雇いたくないんだよ。それに人相からして護衛の途中で仕事を鞍替えしそうだしな」


 「お前・・・そこまで言って無事で済むと思っているのか」


 「お前など必要無いと判らせてやるから、模擬戦をしようか」


 雇うと決めた冒険者達も、俺達の遣り取りを興味津々で見ている。

 何方が上か示しておくには都合のよい相手で、猫人族の見掛けと黒龍族の力を見せてやるよ。

 日々の訓練で、魔力を巡らせて自在に扱う練習をしてきた成果もな。


 ハリスンが心配そうに見ているので、賭けるのなら俺に賭けておけと言って訓練場に行く。

 普段は見せない、俺の本気を見せてやるからな。


 「アイアンの様だが模擬戦の経験は?」


 「無いけど、魔法攻撃と首から上の攻撃は禁止なんだろう」


 「俺が止めと言ったら、即座に止めろよ。然もなくば俺から攻撃を受けると思っておけ」


 「魔法攻撃禁止ね。攻撃しなきゃ良いんだ」


 俺の呟きに、ギルマスがジロリと睨むが何も言わない。


 あちら此方で賭けが始まっているが長引かせるつもりはない。

 ギルマスの〈始め〉声と共に、木剣を肩に担いで笑っている奴の懐に跳び込み体当たりで吹き飛ばすとそのまま股間を蹴り上げる。

 泡を吹いて気絶した奴が邪魔なので、訓練場の片隅に放り投げてやる。


 「次ぎ!」


 俺の声に見物の冒険者達から響めきが上がるが、次の奴を指差して出てこいと声を掛ける。

 完全に小馬鹿にした態度に、次の対戦者の顔が真っ赤になり素振りの音もヒュンヒュンと鋭い。


 今度の奴は本気になった様だが〈始め〉の合図と共に即行で駆け寄ってきたが寸前で何故か躓いて目の前でパッタリと倒れた。

 五体投地の姿勢で呻く奴の後頭部を、木剣でコンコンとして「倒れるのは早いよ」と教えてやる。

 ギルマスが苦笑いをしているので、俺が何かしたのに気付いたかもしれないが何も言わない。


 狼人族の憤怒の表情って、牙を剥き出していて恐いこわい。

 へらっと笑って「あんよは大丈夫かな」と揶揄ってやると、大きく深呼吸をしてからすり足で近づいて来る。


 俺は静かに正眼の構え、の真似事で待ち受ける。

 剣先が触れ合った瞬間、手にした木剣が横に弾かれ剣先が俺の喉を狙って伸びてくる。

 軽く木剣が弾かれた方へ身体をずらしながら、弾かれた木剣を引き寄せるとそのまま横殴りの一閃。

 ゴブリンを殴りつけた様な感触を思い出したが、相手は脇が陥没していてそのまま崩れ落ちた。


 「はい、次の人」


 〈凄えぇぇ〉

 〈本当に奴はアイアンかよ〉

 〈今の奴はシルバーの二級だぞ〉

 〈ゴールドランクでも勝てるかどうか〉

 〈次の奴は負けるなよ!〉


 三人目は模擬戦を放棄したので、見物の冒険者達から罵詈雑言の嵐に晒されていた。


 * * * * * * *


 依頼に応じられるシルバーランクの冒険者の数が足りないので、ブロンズのベテランを紹介して貰い出発となった。

 馬車は御者付きなのでグロスタやルッカスが、御者の手伝いをして馬の扱いや馬車の操作方法を教わっている。


 途中の小さな町や村では土のドームを作って野営をして、シュルカの街で一泊すると直ぐに旅立った。

 途中何度か野獣と出会したが、アイスランスで蹴散らして先を急ぐ。


 日本でも此の世界でも、兄弟と仲良く過ごした事が無いので子供は苦手だ。

 冒険者なら対等の物言いでいいが、子供相手にそれをやると怖がられるので言葉遣いからして気を使う。

 だからと言って上位者に対する言葉遣いも、子供相手には使えないので面倒だ。


 * * * * * * *


 予定通り八日でフェルカナに到着し、冒険者ギルドに直行する。

 依頼書に完了のサインをして護衛してくれた冒険者達に渡すと、ギルドから前金の差額金貨8枚を受け取る。

 彼等に此からハブァス迄帰るのかと尋ねると、ファルカナで暫く稼ぎながらハブァス方面に行く護衛依頼が出るのを待つと言った。

 彼等に返金の中から金貨4枚を渡して、何れまた何処かでと言って別れた。


 「如何にも冒険者だよな。何れシルバーランクになって、旅をしながらあんな台詞を言ってみたいぜ」


 グロスタが、ちょっと中二病が入ってそうな台詞を吐く。

 

 後はレオナルを生家に送り届けるだけだが、フエンツァ通りウイザネス商会って何処に在るのさ。

 冒険者ギルドで道を聞くが、ウイザネス商会って宝石商かよ! 

 そう言えば、ご立派な馬車に護衛が10人以上いたのを思いだした。


 店の前で馬車から降りたレオナルが、嬉しそうに駆け込んでいく。

 ハリスン達がどうしようかと俺の顔を見るが、御者に保証金と二日分の残金を冒険者ギルドの俺の口座に振り込む様に頼んでおく。


 さてと、一番嫌な仕事が待っている。

 店に入ろうとすると前を塞がれて「何の用だ」とゴブリンでも見る様な目付きで問いかけて来る。


 「店の前に立っていたのなら、俺達がレオナルを連れてきた事が判っているはずだが?」


 「護衛のくせに坊ちゃまと馬車に同乗するとは、王都の冒険者は礼儀がなってないな。世話係のアイン嬢はどうした?」


 「死んだよ、礼儀のなってない王都の冒険者共々な。その説明の為にレオナルの両親と会わねばならないんだ。取り次いでくれ」


 「死んだとは?」


 「ファングドッグの群れに襲われてだ。逃げる途中で馬車が転倒し、首の骨を折って死んでいたな。レオナルは・・・」


 「レオナルを助けて、送り届けたくれたのは貴方方ですか」


 店から出てきた男に声を掛けられたが、俺に質問していた男の態度から店の主の様だ。


 「助けたのは後ろの四人〔王都の穀潰し〕の連中だ。俺はその手助けをしたに過ぎない。あんたがレオナルの親なら渡す物が有る」


 「此処では何だから、住居の方に来てもらえないか」


 宝石商なら相当の分限者だろうに、息子の恩人とは言え冒険者相手に丁寧だね。

 尻込みする四人を引き連れて、男の後に続く。


 招き入れられたのはサロンの様で、年配の女性にもたれ掛かるレオナルと隣には妙齢の女性が座って入る。

 勧められたソファーにハリスン達四人を押し込んで、俺は端っこに座り助けたのは彼等四人だと態度で示す。


 「レオナルから簡単に話は聞いたのだが、貴方方が知る事を詳しく聞かせて貰えないだろうか」


 ハリスンが盗賊の待ち伏せからの顛末をしどろもどろに話す横で、俺は部外者然とした態度でお茶を楽しんでいた。

 流石は金持ち、良いお茶を飲んでいるなぁ~等とのんびり考えていると、レオナルを発見して馬車から助け出した話になっていた。

 あっと思った時には「レオナルの足が折れていたので・・・」此処でハリスンの足を蹴飛ばしたが、時すでに遅し。


 蹴られた足をさすりながら、俺を恨めしそうに見るハリスン。

 追い打ちを掛ける様に、レオナルが「ユーゴ様が治してくれたんです! それに街まで毎日歩いて、足を怪我する度に治してくれました」と母親に報告している。


 万事休す。

 四人との生活で治癒魔法が当たり前すぎて、口止めを忘れていた。

 気不味い沈黙を咳払いで誤魔化して「治療費は要りませんので、今の言葉は忘れて欲しいですね」と恩着せがましく言っておく。


 話を逸らす為に、ハブァスで雇った馬車と護衛達の料金480万ダーラを請求して、序でに世話係の女性の遺体と、壊れた馬車の引き取りを要求する。

 遺体と馬車の残骸をサロンで出す訳にも行かず、厩の一角で出す為に移動するが全員付いてくる。


 「奥様やお嬢様には刺激が強すぎるので、サロンでお待ちになられたらどうでしょうか」


 「いえ、この子の世話係をお願いしていたアインを、親元に帰してあげなければなりません」


 歪に曲がっていた首は、遺体の収容の時に遺族のショックを考えて治しているので、広げたシーツの上に出す。

 彼女の遺体は衣類で包んでいるので、さしてショックは受けないだろう。

 それよりも逆さまになって潰れた馬車の残骸を見た時の方がショックが大きかった様で〈何て事に・・・〉と言ったきり声も無く泣き出していた。

 レオナルも自分の乗っていた馬車の有様を見て声をなくしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る