第26話 ファングドッグ
ジリジリとしながら一時間以上待つ事になったが、曲がった道の先に馬車が現れると、賊の潜む手前でハリスンが草叢から路上に姿を現し馬車の行く手を塞ぐのが見えた。
「小僧! 何の真似だ!」
「道を開けろ! 殺されたいのか!」
怒声を浴びせながら、護衛の冒険者達が剣を抜き迫る。
「この先に集団が潜んで居ますよ。多分狙いは此の馬車だと思います」
ハリスンの言葉に怒鳴ってきた護衛達が顔を見合わせ「嘘ではなかろうな!」と聞いてくる。
「10人以上の集団が二つ、挟み撃ちにする計画だと思いますよ。弓に注意した方が良いですね」
ハリスンはそれだけを告げると、さっさと路外に身を移して賊の潜む方を観察する。
馬車が止まり護衛の冒険者達が剣を抜いたのを見た賊達は、自分達の事がバレたと思って路上に出てきて道を塞ぐ。
路外の草叢から護衛達を狙い、弓を引き絞る男に向かって矢が飛んできて突き立つ。
〈ウッ〉と一声呻き、つがえた矢をあらぬ方向に飛ばしながら倒れると、次々と左右から矢が飛んで来る。
〈囲まれているぞ!〉
〈糞ッ、仲間を呼べ!〉
仲間が来る前に半数は削ってやる、伊達に小弓を使った速射の練習をしたんじゃない。
路上は不利とみて路外の草叢に身を潜めるが、俺達からは丸見えなんだよ。
駆けつけてくる応援に向かって弓を45度の角度に上げて遠距離射撃をして牽制する。
俺一人の牽制射撃なのと当たらないので足止めにならない、仕方がないのでストーンアローで迎え撃つ。
直径約2cm長さ50cm程のストーンアローは、新幹線並みのスピードと矢の重さで十分な威力を発揮した。
当たれば大口径ライフルに射ち抜かれた様に後ろに吹き飛び動かなくなる。
5人ほど倒したところで、7、8人が背を向けて逃げ出した。
ルッカスに目を向けると、此方も粗方片付いた様で10人近い人が倒れている。
「此方は9人ほど倒したが4、5人は逃げたよ」
「ユーゴ、此奴等はどうする?」
「街につれて行けば金貨2枚貰える筈なんだけど・・・」
「知られたく無いよな」
「それも有るが、次のハブァスまで三日も連れて行くのも大変だぞ」
「近くの町では駄目なのかい」
「領主が金を払うんだが、色々と取り調べなんかで足止めされるしなぁ」
そんな話をしていると馬車の護衛がやって来たが「ご苦労だったな」の上から目線の一言。
思わずハリスンと顔を見合わせてしまったし、「何処のお貴族様か御領主様だ」とグロスタの声が聞こえる。
「ああ、本当にご苦労なこった。黙って見ていれば良かったよ」
「お前達も賊の仲間か?」
「礼儀知らずのお前達から盗賊呼ばわりされる謂れはないぜ。二度と助けないからさっさと行きな」
礼も言わずに動き出した馬車を通して、胸くそが悪いが死体を片付けておく必要が有るなと考えていると馬車が止まった。
「おい! 死体を片付けろ。馬車が通れないだろうが!」
馬車の護衛達から怒声が聞こえてくる。
とことん屑な連中の様だが、命令を聞いてやる気はない。
「通りたければ、自分達で死体をどければ良いだろう。早くしなきゃ、馬車の中のご主人様に叱られるぞ」
それだけ言い置いて、さっさと現場を後にした。
後ろで何か喚いていたが、振り返りもせずにハブァスに向かって歩く。
「清々しいほどの屑連中でしたねぇ」
「助けなきゃ良かったよ」
「銅貨6枚もする矢が沢山なくなってしまったよ」
「勿体ない事をしたよな」
「今度からは襲われてから、助けがいるか確かめようぜ」
「だな、矢の代金も回収出来なかったし」
暫く愚痴りながら歩いていると、馬蹄の響きと車輪のガラガラ音と共に〈退けっ〉と罵声を発しながら騎馬と馬車が疾走してくる。
慌てて路外に避難して暴走集団を見送るが、必死で鞭を振るう御者と追随する騎馬の群れだが、さっきより数が少なくなってる。
嫌な予感に襲われて、全員を集めて非常用のドームを作り安全を図る。
嫌な予感は確信に変わり、血塗れの男を乗せた馬が狂った様に駆けてくるが、馬も怪我をしているのか血を流している。
追いすがってくるのは、赤茶けた体躯に黒い斑模様のファングドッグの群れだ。
「ファングドッグだ」
「初めて見たなぁ」
「彼奴の群れに襲われたのか」
「早めに彼処を離れていて正解だね」
覗き穴から眺めてそんな感想を述べ会っていたが、次々と現れては馬車を追いかけるファングドッグの群れ。
どう見ても30頭以上の群れで、馬車は逃げ切れそうも無い。
ハリスンが俺の顔を見てくるが無理。
「俺の顔を見てもどうにもならないよ。あんな群れを相手に出来る訳ないだろう。それにさっきの態度を見ただろう、助ける価値も無い奴等だ」
「しかし土魔法って良いなぁ~。俺、真剣にやるから教えてよ」
「ホウルが土魔法を使えれば、俺達も安心だよ」
「ああ、此と同じ物が作れたら、野獣を恐れる必要が無くなるしな」
「使える様になっても、魔力が27だから野営用のドームか非常用の此くらいの防御用じゃないの」
「そこはもっと夢を見させてよ」
「夢は寝ている時だけにしな。現実を見なきゃあの世行きだよ」
ファングドッグの気配が消えて暫くしてから、避難所を解除して街道に出た。
全員で気配を探り血の跡を追って道を進むが、食い荒らされた馬と人の残骸が転がっていた。
酸っぱくなる口の中をウォーターで洗い流しながら進むと、道を大きく逸れた所に馬車が逆さまになっていて、周囲に馬や御者が転がっているが原形を留めていない。
「どうする?」
「俺は手を出す気はないな。放っておけば、後から来た奴等がお宝と共に片付けてくれるさ。それに余計な物を持ちだして街で引っ掛かると、碌な事にならないだろうしな」
そう言っているのに、ハリスンが馬車の中を覗きに行く。
まったく、厄介事の種を態々拾いに行く事も無かろうに。
「おい! 泣き声がするぞ!」
「嘘っ、何で生きてるの?」
ホウルやルッカスが興味津々で馬車に駆け寄り、中を覗いている。
「あ~、ぐちゃぐちゃだね」
「確かに鳴き声は聞こえるけど・・・子供みたいだよ」
「助けなきゃ」
逆さまになった馬車の隙間から、衣類や雑貨が散乱しているのが見える。
そのせいで中が見えないが、啜り泣きが聞こえるのも確かだ。
大人なら見捨てるが、子供を見捨てるのは流石に寝覚めが悪くなりそうなので、救出を手伝う事にした。
ひっくり返り上部が殆ど潰れていて、物が散乱しているので餌が有ると思われなかった様だ。
餌なら周囲に食いでの有る馬が二頭に人が一人転がっているからな。
皮肉な事を考えていると、土魔法で馬車を少し持ち上げてくれと頼まれたので、ドアが開く様に片方を持ち上げる。
衣類やトランクに書物や鞄などを様々な物を取り出すと、大人の女性の姿が見えたが首が変な方向に曲がっている。
グロスタとルッカスが女性を引き摺り出すと、啜り泣きがはっきりと聞こえる。
自力で出られないのでホウルが中に入り引き摺り出したが、悲鳴を上げて泣き声が大きくなる。
足が折れて紫色に変色しているのは、折れた骨が肉に突き立っているからだろう。
折れた状態で治癒魔法は不味いと思い、二人に身体を押さえつけさせてホウルに足を引っ張らせる。
1/73の魔力を三つ分ほど使って(ヒール!)(鑑定!・状態)〔打撲多数〕
再度(ヒール!)(鑑定!・状態)〔健康〕
泣いている子供を馬車から離れた場所に連れて行き、ドームを作りグロスタとルッカスに預けて片付けに戻る。
どうしょうかと思ったが、説明より現物を見せる方が判りやすいだろうと考え、馬車をそのまま5-30のマジックバッグに入れる。
散乱している物も放り込み、女性の遺体も彼女の服で包んでマジックバッグに入れる。
食い散らされて散乱している御者の遺体は、持ち帰るのは気が重いのでその場に埋めておいた。
* * * * * * *
ルッカスを中心に三人が手助けをして子供の面倒を見て、名前や何処へ行く予定だったのかを聞き出した。
王都の学院から休暇でフェルカナの家へ帰る途中で、名前は〔レオナル〕11才になったばかりで親は大きな店をしていると言った。
精神的ショックが大きいのか、助けてくれたホウルやルッカスから一時も離れようとしない。
フェルカナは目的地シエナラの一つ手前の大きな街だし、ハブァスで警備兵に預けても無事に家へ送り届けて貰える保証もない。
それに馬車の残骸と遺体に荷物だ、せめて家までは送り届けてやりたいと皆が言うので従う事にした。
子供を見捨てようとした引け目があって、逆らえなかったからだが。
街道を歩いて三日の距離を四日掛かり、毎夜歩きで痛めた足の治療をしてやる。
それと同時に(リフレッシュ)で一日の疲れを取り体力回復をさせなければならず、子供の体力の無さに愕然とした。
此ではハブァスからフェルカナまで馬車で八日の距離、子供の足では二週間ちかく掛かる事になる。
* * * * * * *
ハブァスの町に入るのに、俺達とは不釣り合いな服の子供連れなので一悶着。
子供がホウルやルッカスに懐いていた事と、ファングドッグに襲われて助けられたと証言した事で事なきを得た。
勿論証言の信憑性を持たせる為に、世話係だった女性の遺体を見せる必要が有った。
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