第23話 用済み

 陽が暮れてコッコラ商会の周辺も薄暗くなり始めた頃に、一台の馬車がコッコラ商会から出て行った。

 馬車は人通りの少なくなった街を抜けると貴族街へと向かったが、貴族街入り口の数百m手前で止まり、暫くすると店へ戻っていった。


 * * * * * * *


 久々に魔力を纏った隠形で姿を隠して貴族街へ向かった。

 貴族街入り口の衛兵詰め所の前を、気配を悟られぬ様に静かに通り過ぎるとホニングス侯爵邸を目指す。

 王城を取り巻く様に連なる貴族の館は、敷地も広く歩いて目的の家までは結構な時間が掛かってしまった。


 固く閉ざされた門扉に良く知った紋章を見つけた。

 茨の輪に交差する槍と咆哮するブラックドラゴン、黒龍族の血を誇り紋章にまでドラゴンを描く種族主義者は筋金入りだ。

 退屈そうな衛兵を横目に詰め所の先にジャンプすると、そのまま本館に向かって歩く。

 本館正面から見て二階の左側五つ目の部屋に灯りが見えるが、執務室と左右の部屋は人の気配が多い。


 取り敢えず玄関ホールから中に入り階段を上がると、左の通路の先に騎士が立っているところが執務室だ。

 気配を探りながら静かに歩き、警備の騎士の前を通り過ぎる。


 執務室の左右と向かいの部屋に多数の人の気配を感じるし、執務室にも10人以上の気配がある。

 コッコラ会長に書かせた訪問予定は、真剣に受け止められた様だ。

 万全の警備を敷いて尚、俺の侵入が防げない事を教えてやるさ。


 警備の騎士から少し離れて壁に凭れて室内を探ると、左右の壁際とドアの左右に窓際、それと室内中央辺りに五人程度の人が居る。

 多分此が侯爵と護衛達だろうと見当をつけ、その右手に何も無いはずの場所を目指してジャンプする。

 ジャンプと同時に隠形を解除したので、数人がびっくっと身を震わせたが俺は片手で目を押さえると、頭上でフラッシュの五連発。

 一呼吸置いて再びフラッシュの五連発を瞬かせてから、押さえていた手を離して周囲を観察する。


 思った通り、室内にいきなり人が現れたら其処を見るだろうと、ジャンプと同時にフラッシュを浴びせたので誰も反応していない。。

 念入りに二度五連発のフラッシュを浴びせたので、まともに目が見えている者がいない様だ。


 ソファーに座っている三人の内、一人はホニングス侯爵だが貴族の身形の者が二人と、侯爵の背後に執事と護衛の騎士が一人いる。

 侯爵がテーブルの上をまさぐっているが、執事と護衛騎士の頭にアイスバレットを射ち込み昏倒させる。


 突如ベルの音が鳴り響く、侯爵がハンドベルを振り回しているが気にせず背後に回り、首輪をプレゼントすると軽く締めてやる。


 突如壁が音を立てて倒れると、抜き身の剣を持った騎士達が雪崩れ込んで来た。

 雪崩れ込んで来た騎士達は俯き加減でフラッシュを警戒しているが、彼等の足下から指向性の上向きフラッシュを三連発。

 雪崩れ込んで来たが目が見え無くなって縺れる様に転倒すると、反対側の壁と扉が開いて騎士達が跳び込んで来る。


 「ご苦労さん。此が見えるのならそれ以上近づかない様にね」


 魔鋼鉄製の大振りのナイフで侯爵の首をピタピタと叩いて見せる。

 騎士達の動きが止まったので、貴族の身形の二人にも首輪をプレゼントしておく。


 「侯爵殿、首に何が嵌まっているのか判りますよね。それがどんな働きをするかも」


 「どっ、どうやって・・・」


 「世の中には、転移魔法ってものが存在するのですよ」


 〈パスン〉〈パスン〉〈パスン〉と連続して音がして足下に矢が落ちる。


 「攻撃を止めさせろ、これ以上の攻撃はお前の死でもって償って貰うぞ」


 服もスカーフやブーツ全てに、耐衝撃,防刃,魔法防御を貼付しているので無駄だけど煩わしいんだよ。

 そう警告してから、侯爵の首輪を軽く締めてやる。


 「ひゃめろ! たれもてらしはするな」


 喋りにくそうなので首輪を少し緩めてやる。


 「誰も動くな、儂を殺す気か! 何の用だ、もう会う事は無いはずだぞ!」


 「手を出すなって言ったよな。お前が彼と俺の事を探っているので、約束を守る気が無いと判断したのさ。其処の二人は三男と四男の様だな」


 「止めろ! 殺さないでくれ、頼む!」


 俺の言葉と同時に二人が首輪に手をやり〈ヒュウヒュウ〉と必死で息をしはじめた。


 「取り敢えず、護衛達は全員部屋から出て行って貰おうか」


 「判った判りました。全員部屋から出て行け、早くしろ!」


 侯爵の怒鳴り声に戸惑いながら、目の見えない仲間達の手を引いて部屋から出て行く護衛達。

 残った執事と侯爵家の三人の周囲を土魔法の壁で囲み安全を確保する。

 侯爵達四人の手足を拘束してから、ソファーにどっかりと座り尋問タイム。


 「あれから半月もせずにトリガン商会が賊に襲われたそうだな。トリガンの家族共々主立った者達が皆殺しとか・・・その後コッコラ商会の周辺を探る者達が現れて・・・」


 「誓って私は何もしていない。本当だ! 信じてくれ!」


 「ふう~ん、皆殺しになったトリガン商会をコッコラ商会に押しつけようとしたのは? それも金貨2,000枚で。支払った迷惑料が惜しくなったのか、それとも取り戻す気なのかな」


 冷や汗を流して黙り込む侯爵、隣に座らせた男二人の顔を見る。

 黒龍族の血を誇るだけあり、惚れ惚れする様な体躯に漆黒の髪と目の色の二人が俺を睨んでいる。


 「何方が新たな御嫡男様なのかな? 侯爵が死ねば後を引き継ぐのだから事の経緯は知っているよな」


 ヒュウヒュウ息をしながらも俺を睨んだ目に怯えはない。


 「お返事すら出来ないか。こんな時には侯爵の隣に座るのが跡継ぎだよな。今から侯爵が死ぬ、後をお前が継ぐことになるのだが反抗的な奴は要らない」


 そう告げて、男の首輪をゆっくりと締め上げていく。

 締まる首輪で息が出来なくなりジタバタしていたが直ぐに倒れて動かなくなった。


 「止めてくれ! 殺さないでくれ! 頼む許してくれ!」


 「お前の欲の為に殺した人間の数を忘れたのか。トリガン商会だけで何人殺した? 証拠になりそうな書類と共に金もごっそり掻っ攫った挙げ句に、コッコラ商会に金貨2,000枚で引き受けろだ、強欲にも程が有るぞ」


 「返す! 全て差し上げますからお許し下さい!」


 「金が欲しくて来たんじゃないよ、俺を探したりコッコラ商会を探るからだ。二度とコッコラ商会に手を出すなと警告したのに、トリガン商会を金貨2,000枚で引き受けさせようとしたり茶会に招待だぁ。邸内に引き込めばどうとでもなると思ったのか」


 「決して、決してその様な事は致しません! 本当です。例年通りの催しなので・・・」


 煩いので口枷を嵌めて蹴り倒しすと、死んだ男を見下ろし震えている男の首輪を緩めて声を掛ける。


 「お前がホニングス侯爵家を継ぐことになるのだが、お前が俺やコッコラ商会に手を出さない保証が欲しいな」


 「父上を・・・殺す気か?」


 「一度目は侯爵本人が死ねば大騒ぎになり俺達も迷惑だからと見逃したが、一年も経たずに約束は破られた。生かしておく理由が無いし、先々俺達の邪魔になる」


 お前が使い物にならない様なら殺すし、五男に侯爵家を継がせる気は無い。

 後はどうなろうと知ったこっちゃないが、お前の返答次第で侯爵家を存続させてやるよ、と心の中で毒づく。


 「読め!」震える男の前に書類を放り投げる。


 トリガン商会との繋がりと、どの様な便宜を図ってきたのかを書いた書類。

 コッコラ商会を襲わせた経緯と、襲撃後コッコラ商会をどうするつもりだったのかを書いた書類。

 此まで同様な手口で潰した店の一覧を書いた書類。

今回襲ったコッコラ商会に対し、二度と関わらないと誓った誓約書。


 震える手で書類をめくり読み進む顔が強ばり、別な意味で憤怒の表情になっていく。

 読み終わってガックリしている男に、同一の書面がもう一通と誓約書が二通有る事を伝える。


 「フォーレンの屋敷で騒ぎが有ったとは聞いていましたが、まさかこのような事が本当に・・・」


 「知らなかったと?」


 「薄々は、だが私はヴォーグル領の僻地に飛ばされた身です。噂は耳にしますが男爵位を与えられて、僻地に追いやられて後は一度も領都にすら帰る事を許されませんでした。いきなり呼び出されて兄の補佐を命じられましたが・・・」


 此処にも、別な意味での余計者がいた様だ。


 「お前がホニングス家を継いだら、俺達に如何なる干渉もしないと誓えるか?」


 「ホニングス家を・・・滅ぼさないのですか?」


 「死にたいか」


 「妻も子も在る身です。死にたくは在りませんが此では」


 書類を見ながら項垂れる男は、ホニングス家において異端者なのだろう。


 「今更それを暴いても元には戻らないし、俺自身も大騒ぎになるのを望んでいない。だが無傷でとはいかない、此の男をお前の手で始末しろ。もう一つはウイラー・ホニングスの爵位と財産の全てを剥奪して、ホニングス家から永遠に追放しろ! 勿論家族共々領地からもな。その二つが成ったなら頼みが一つある」


 手に持つ書類の束を取り上げてマジックポーチに戻す。


 男が黙って立ち上がり侯爵の元に歩み寄ると、侯爵が必死で何か言おうとしているが口枷が邪魔して言葉にならない。


 「父上、私にも妻や子を守る務めがあります。貴男の貴族として非道な行いを許す訳には参りません」


 侯爵の腰に下がる、宝石で飾られたショートソードを抜き取ると「御免!」の一言と共に胸に突き立てた。


 それを見届けてから、執事に対して此の男が侯爵家を継いだら訪ねてくると言い、庭にジャンプして屋敷を後にした。

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