第10話 用心棒

 フォーレンの街に手配が回っている事を考慮して、一番目立たないボルト一人が流れの冒険者を装って街に入る事にした。

 万が一に備えて隠形で姿を隠した俺が付き添う。

 ボルトにはコッコラ商会の場所を探って貰うが、その間は俺が隠形でサポートする。


 コークスとキルザにハティーは、街の外に造ったドームの中でお留守番だ。

 ハティーはストーンランスの練習をして、いざという時の為に戦力アップを図ってもらう。


 ボルトは市場に行き、屋台の飯を食べながら塩が高くてと愚痴を漏らし、其れとなく二つの穀物商の話を聞く。

 尤も、フォーレンの街では塩砂糖を扱っている穀物商はコッコラ商会で、トリガン商会は穀物全般と香辛料の取り扱いで塩砂糖は扱っていない。

 自然と話はコッコラ商会になり、コッコラ商会とトリガン商会のシェア争いに話が及ぶ。


 コッコラ商会はワイズ通りに店を構えている事が判るまでさして時間を要さなかった。

 これ以上あれこれ話すのは不味いと思い、ボルトに耳打ちをして話を打ち切ってもらい引き上げさせる。

 一晩ホテルに泊まり翌日には街から出て、コークス達の所に戻った。


 * * * * * * *


 「どうだった、判ったか?」


 「ああ、ワイズ通りに本店があるらしいよ」


 「本当に行くの?」


 「行くよ。警告だけはしておくよ。信じなければ死ぬ事になるが、俺に忍び込まれたらある程度は用心する様になるだろう。一度でも賊を撃退すれば、俺達の仕業だと言い出せなくなるだろうしね」


 「六月の巣立ちの日まで十日余りか、迎え撃つ準備は出来るだろう」


 「それね、ホニングス侯爵達が予定を変えればそれも無駄になるよ。俺達が逃げ出した結果がどう出るかだが、予定を早められたら間に合わない事になる」


 「それじゃー俺達は王都に向かうぞ、新しいパーティー名は〔大地の牙〕だ。二月程度は王都に居ると思うので、待っているぞ」


 「フォーレンには一月程度居るよ。俺達が犯人に仕立て上げられたら知らせに走るよ。王都ではできるだけ毎日冒険者ギルドに顔を出して、王都に居たと言えるようにしておいてよ」


 「任せとけ。毎日獲物を持ち込んで、大地の牙の名義で金を預けてやるさ」


 * * * * * * *


 ワイズ通りのコッコラ商会を探すのに結構時間が掛かったが、無事に店内に潜入出来た。

 表の商店と裏の穀物庫に塩砂糖を保管する別棟と、2、3階の住居と使用人部屋等結構な広さがあった。

 コッコラ会長は狐人族で、銀髪の堂々たる体躯の持ち主だった。


 家族用の部屋に忍び込もうかと思ったが、物取りではないので執務室を探して使用人の出入りの後をついて中に入る。

 護衛は二人、息を殺し視線を外し気配を消して部屋の片隅に座り込む。

 護衛が側を離れる事は無いだろうから、店じまいまで待って警告をする事にした。


 護衛が二度ほど交代し、今日一日の帳簿を使用人が持ち込んで下がる。

 護衛も退屈そうにしているのでゆっくりと立ち上がり、執務机で帳簿を眺めているコッコラ会長の背後に回る。

 帳簿から顔を上げ、周囲を見回すコッコラ会長は結構鋭い感覚の持ち主のようだが、背後に回られているとは思っていない様だ。


 マジックポーチから抜き身のショートソードを取りだし、コッコラ会長の肩に乗せる。


 「声を出さない様に」


 警告の声にビクンっなり硬直するコッコラ会長と、壁際の護衛がショートソードを見て驚愕している。


 「殺す気は無い。少し話をして帰るが、人を呼んだり抵抗すれば・・・」


 「良いだろう。お前達も動くな」


 「此から話す事は、来月の巣立ちの日の前後に起こるかも知れない事だ。その頃にこの店は賊の襲撃を受ける事になる。予定ではな・・・ただその予定が狂った」


 そこまで話すと、コッコラ会長が天井を見て溜め息を吐く。


 「驚かない様だな」


 「フンザの店の様になると言っているのか?」


 「フンザの店の事は知らないが、賊に襲われ主の一族は死に絶えて店は他人の手に渡るそうだ」


 「ふん、未だ満足していない様だな」


 「相手が誰なのか判っている様だな」


 「ああ、フンザの店を潰された後に町に乗り込んだ屑が居る。其奴等と懇ろな奴もな」


 「それなら迎え撃つ準備をしておけよ。夜も更けてから侯爵の使いが来る事になっている。扉を開ければ使いと共に賊が踏み込んで来る手筈だったが、予定が狂っているのでどうなる事やら」


 「何故それを伝えに来た?」


 「文を出せば信用するのか?」


 「危険を冒してまで警告をする、理由が判らない」


 「理由は簡単さ。あんた達が襲われて死ぬと、俺達が盗賊に仕立て上げられるからだ。たまには犯人を捕まえて処罰する必要が在るが、手下を処罰する訳にはいかないだろう。俺達は生け贄になるつもりは無い」


 「生け贄になりたく無いのなら、一つ提案が有るが聞くか?」


 このおっさん、相当肝が据わっているな。


 「聞こうか」


 「此処まで誰にも悟られずに忍び込んだ腕を買いたい。勿論相応の謝礼はする」


 「残念だが、暗殺者になる気は無い」


 「私の護衛では?」


 「対人戦の経験が無いのでね」


 「だが、君が気配を消して私の傍らに居れば、賊を撃退くらいは出来るだろう。相手も、姿の見えない護衛が居るとは思うまいしな。そう長い間とは言わないがどうかな」


 確かにそうだろうが、俺が此処に居た事を周囲に知られたく無い。

 ホニングス侯爵もコッコラ商会の襲撃が失敗すれば、暫くは大人しくなるだろうから手伝っても良いか。


 「報酬と何時までか言ってくれ」


 肩に乗せたショートソードを降ろして、条件を尋ねた。


 「君の話通りなら来月の中程までだな。報酬は金貨五枚でどうかな」


 「命を賭けるにしては安いな。金貨十枚に俺の姿を隠せる場所の提供と、あんた以外が俺に命令しない事が条件だ」


 「良かろう。姿を見せて貰えるかな、彼等には口止めをしておくよ」


 フードを被ったまま隠形を解除して、コッコラ会長の前に立つ。

 マジマジと俺の顔を見つめていたが、俺が誰なのか気づいた様だ。


 「君は・・・もしかして」


 「それ以上は言わないで貰いたいな。どうしても聞きたいのなら、二人だけの時に頼みます」


 護衛としてこの屋敷に滞在するが、行動は自由で姿は見せない。

 夜明けから日暮れまでは護衛をせず、自由に出歩かさせて貰う。

 会長の執務室に入る時には、3・1・2とノックをするのでドアを開けてくれと言っておく。


 執事を呼び、当分の間俺がコッコラ会長の護衛に付くが、何も聞くなと言って屋根裏部屋の一つを俺に与えろと命じる。

 執事と護衛に背を向けて貰い、スカーフで顔を隠してフードを被り屋根裏部屋に案内してもらう。

 その際使用人との接触を避ける為に、食事は必要無いと伝えておく。


 開店準備で忙しい中をすり抜けて市場に向かい、朝食を済ませるとフォーレンの冒険者ギルドの場所を確認しておく。

 その後はマルメ通りにあるトリガン商会に行き、自由に内部を見学させて貰った。


 店自体は大した警備をしていないが、一歩奥に入ると警戒厳重でそこ此処に護衛が立っている。

 警戒厳重って事は普段から他人の恨みを買っていると思って間違いなさそうだ。

 お陰で、トリガン会長のご尊顔を拝する栄誉は与えられなかった。


 日が暮れて店じまいの時間にはコッコラ商会に戻り、夜間の非常時に使う出入り口の片隅でマットに寝転んで朝まで待機だ。

 月が変わるまでは襲って来ないと思うが、お仕事はしなくちゃな。


 コッコラ会長の話では6、12月の月始めに、周辺町村の掛売りの金が集まって来るので、襲われるのならその時だろうとの事だ。

 商業ギルドを通さないのかと尋ねたら、小さな町や村に商業ギルドは存在しないそうだ。


 フォーレンの商業ギルドに直接持ち込む方法も有るが、各地の詳細が分からなくなるので一度本店に集めざるを得ないと苦笑いしている。

 二日程屋根裏部屋で寝て、一日街を散策したりホニングス侯爵邸の周辺を探検をして月が替わるのを待つ。


 月初めの授けの儀や巣立ちの日を迎えても静かな夜が続き、三日四日と変化無しで計画を変更したのかとおもったが、町や村からの掛売金は七割方しか集まっていない。

 魔法は有れど不便な世界なので仕方がない、六日目の夜遅く表に馬車の車輪の響きが聞こえてきて表で止まる。


 気配察知には多数の人の気配を感じる。

 夜間の出入り口近くで寝ている、当番の者がゆっくりと起き上がる気配がする。

 離れた所の物陰で横になる俺には気づいておらず、警戒もせずに閂の掛かった扉に近づき外を窺っている。


 内通者も居るのかと焦ったが、思えば当然の事だ。

 コッコラ会長も、面識が無いのに俺の顔を見て気付いたのだから、男爵家の内情を知らせている奴がいるって事だ。


 警備の者を起こして配置につかせる時間が無いし、今騒げば賊を捉える機会を逃す事になる。

 幸い夜だし、屋内なら誰にも知られずにフラッシュで目潰しをして、アイスバレットで無力化出来るだろう。

 やるしか無いのなら、遣ったろうじゃないかと腹を括る。


 閂を外しボソボソと話し声が聞こえたと思ったら、人がゾロゾロと店内に入ってきた。

 さて、用心棒としてのお仕事をしますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る