第7話 マジックポーチの秘密
何時もの狩り場に向かいながら、コークスに前夜に聞いた話をしてみる。
「それをお前から聞かされても、はいそうですかと信用出来ないな」
「それは判っているよ。でも俺の巣立ちの日前後に、あんた達フンザのあぶれ者達に対して男爵様から個人的な依頼が来るよ」
「ちょっと話が出来すぎてやしないか?」
「だな、お前の索敵と隠形スキルは良く知っているが、侯爵様のお膝元でやるかねぇ」
「あんたが、男爵様ん家の厄介者ってのは知っているけれど・・・」
狩り場に向かう足を止めて、皆が俺の話を疑わし気に聞いている。
当然だろうな、俺が彼等の立場なら同じ反応をするだろう。
「信用してくれとは言わないよ。あんた達の立場ならそう言うと思ったからね。でも忘れないで、男爵様から個人的な依頼が来たら俺の言った事を思い出してよ。俺は此から逃げ出す為の準備をしなきゃならないんだが、皆に手伝って欲しいんだ。勿論ただでとは言わない」
「逃げ出すって?」
「ああ、計画は出来ているが、この身形と無一文では何処にも行けない。あんた達にランク2のマジックポーチを提供する。代わりに冒険者用の衣服一式と小弓に、一月分以上の食糧と銀貨30枚を用意してくれ」
「お前が嘘は言わない性格だとは知っているが、マジックポーチのランク2だと?」
「持っているよ。ランク2の物で、2の60の物を持っているよ」
「ランク2って言ったら、金貨7~8枚はするよ。それに2-60ならもっと高価だぞ」
「此だよ、嘘か本当か試してみて」
皆の前に差し出した革袋を見て、呆れ顔になるコークスと吹き出すキルザ。
ハティーとボルトは何とも言えない顔で俺を見るが、当然の反応だな。
どう見ても大工仕事用の釘袋なのだから、笑い転げるキルザを見ながら借り物の小弓を釘袋に入れる。
キルザの笑い声がピタリと止まった。
小弓と言っても1m近い大きさだから、釘袋がマジックポーチなのは間違いない。
次いでキルザの弓を借りてマジックポーチに入れて、ランク2の物だと証明する。
「なんてこったい、マジもんのマジックポーチだぞ」
「なんで、大工仕事用の釘袋何だよ」
「マジックポーチは革袋だからって、これはないわねぇ」
「もう一つ有るけど、此方はランク1で1-30なんだ」
亡くなった母親の革袋、ただの財布をマジックポーチにしている物だ。
1-30と言っているが、何時でも削除して2-60の物に出来るけど言わない。
彼等が俺を子供だと侮って取り上げたら、運が悪かったと思って諦めることになる。
まぁ、無抵抗で渡すけど削除をして、ただの革袋に戻すだけだからな。
「お前・・・それは男爵様の・・・それはないか」
「こんな不細工なマジックポーチを、男爵様が持っている筈がないだろう。二つとも母さんの遺品だよ。親に貰ったって言ってたけどね」
見た目は年季の入った革袋だから、そう言っても通用するだろうと思って作った話だ。
「どうする、コークス」
「話は突拍子もないが、マジックポーチは本物だぞ」
「お前はそれで良いのか?」
「ああ、俺が巣立ちの儀を迎えたら、長生き出来そうにないの知っているだろう」
「まぁな、町の者で少しでも事情を知っている者は・・・」
そう言って、肩を竦めるコークス。
「フェルナンが生き延びる努力をするのなら、手伝ってあげなさいよ」
コークスがキルザとボルトの顔を見る。
「さっきの話だが、強ち嘘じゃ無さそうな気がしてきたよ」
「手伝ってやれば。フェルナンが死んだ時に、寝覚めが悪くはならないだろうしな」
「それに、男爵様から個人的な依頼が来たら・・・」
そう言ってハティーが肩を竦めると、ボルトとキルザも頷く。
話が決まったので釘袋のマジックポーチを譲り、俺の秘密を少し教える事にする。
「以前、ハティーに魔法の事で尋ねた事があっただろう」
「ええ、授かった魔法が判るって事ね。あれから何か判ったの」
頷いて、エレノアから読み取り貼付した氷結魔法を披露する。
伸ばした腕の先に握りこぶし大の氷の塊を作り、そのまま射ち出す。
「お前、氷結魔法が使えるのか!」
「本当かよ!」
「神様の悪戯じゃなかったのか?」
次いでアイスランスを作り、此も黙って射ち出す。
エレノアから氷結魔法を読み取り自分に貼付して実験して以来、練習を続けた成果だ。
続いて拳大の石を作り、再び射ち出すと全員目を丸くして俺を見ている。
土魔法は初めて使うが、基本は氷結魔法と同じなので出来ると思ったのだ。
バレットに続きストーンランスを作ると、此も同様に射ち出す。
最後は拳大の火球を作り、消して終わり。
「此が、神様の悪戯と言われた魔法だよ」
四人とも魂が抜けた様な顔で、お口をあんぐり開けて何も言わない。
皆の前で手を叩いて現世に引き戻す。
「氷結魔法と土魔法に、火魔法まで使えるのか」
「お前・・・此を男爵様に知られたら、飼い殺しか売り飛ばされるな」
「ホニングス侯爵か、王家に売り渡すだろうな」
「フェルナン、あんた無詠唱で魔法が使えるの?」
おっ、流石は魔法使いだ、目の付け所が違うね。
お試しで三つも魔法を貼付したので、現在3/5になっているが削除が有るので好きな魔法と入れ替える事が出来る筈だ。
「俺の母親がエルフと猫人族のハーフだったので、生活魔法が使える様になった時に色々と教えてくれていたのさ」
用意していた答えを、すらすらとハティーに伝える。
「ストーンバレットを、もう一度射ってみてよ」
真剣な顔で言われ、再び握りこぶし大の石を作り射ち出す。
氷結魔法を自分に貼付して以来、拳大の氷をアイスバレットとして作る練習を続けてきたので、同じ大きさのストーンバレットもスムーズに作れる。
射ち出す速度は、駅を通過する新幹線をイメージしている。
アイスランスも同じで、直径6cm長さ120cm程の短い投げ槍をイメージした物を、延々と作り続けたからな。
尤もアローを含めて三種類しか作れないのは内緒だ。
ハティーのもう一度、もう一度攻撃に疲れて降参した。
俺がストーンバレットを作り射ち出すのを真剣に見て、俺の技術を模倣しようとしているのが判り断り辛かったから。
「私より遥かに上手よね。フェルナン良かったら教えてよ」
今まで随分世話になったし此の地から逃げ出す手助けも必要なので、教えた事を他人に話さない事を条件に手ほどきする事にした。
その日の昼から、ハティーは俺の後ろを歩いてストーンアローを作る練習を始めた。
俺の作ったストーンアローを手に、同じ太さと長さを無意識にでも作れるまで続ける様に言った。
その時、ハティーが詠唱は?、と問いかけて来たので思わず笑ってしまった。
「ハティー、俺は詠唱なんてしてないよ。敢えて言うなら短縮詠唱かな。アローと口内で呟いているだけだよ」
「はあぁ~、ちょっとおぉ」
「だって、見てたじゃない。あの時だって声は出してなかったでしょう」
そう言って差し出した腕の先にストーンアローを作り、それを手渡す。
「さっきの見本と比べてよ、太さも長さも同じ筈だよ。難しければ、最初はストーンアローと唱えながら作りなよ。慣れたらアローと呟くだけで簡単に出来るから」
ストーンアローは余り作ったことがないけれど、アイスアローを石に変えただけなので問題なく大きさの揃った物が作れている。
ホーンラビットやヘッジホッグにゴブリン程度なら、ストーンアローで十分だろう。
ストーンバレットやストーンランスだと、威力が強すぎて売り物にならない恐れがあるからだ。
巣立ちの日まで残り二月、練習は精々一月程度しか時間がないので大変だ。
* * * * * * *
カミングアウトから時々は狩りに行かず、街中で古着を買ったりブーツを買ってマジックポーチの中に保管している。
食糧は最後の最後で、マジックポーチの秘密も少しだけ教えるつもりだ。
武器もショートソードと大振りのナイフに短槍を手に入れたが、オークの皮の切れ端で作ったポーチも二つ買ってもらう。
何に使うのかコークスが首を捻っていたが、用途はもうすぐ教えると言って誤魔化す。
野営用の寝具代わりのフード付きローブやフライパン等も揃ったので、食糧確保を始める前にマジックポーチの秘密の一端を教える事にした。
「今度は何を始めるんだ?」
「マジックポーチの秘密をね。渡したマジックポーチは使い辛いだろうから、此方に移すんだよ」
〈へっ〉って間抜けな声が聞こえるが素知らぬ振りをしておく。
母親の財布をマジックポーチにした物を取り出して、中の物を全てタープの上に置く。
次いでマジックポーチの上に手を置いて、(削除,削除,削除)〔マジックポーチ・2-60×18〕と頭に浮かぶ。
買ってもらったオークの革製のポーチに手を乗せて(貼付,貼付)して、そのポーチをコークスに渡す。
〔マジックポーチ2-60×17〕に変化したのを確認、一度貼付した物は読み取っても記憶に残らないし削除したら戻らないので、各種魔法の在庫を絶やさない様にしなきゃ。
「今のマジックポーチは使い難いでしょう。これが同じ性能のマジックポーチだから、中の物を入れ替えなよ」
言われたことが理解出来ないのか、受け取ったオーク製のマジックポーチを手にぼんやりしている。
まぁそうだろうな、コークスの手からマジックポーチを取りあげて短槍を差し込む。
「嘘だろう!」
「お前・・・今なにをした!」
「ん、マジックポーチの能力を移し替えたのさ。これも神様の悪戯の一つだよ」
「お前って神様の手先なのか?」
「ほんと、訳わかんない子だねぇ」
「移し替えたって言ったよな。なら、そっちのポーチは?」
「ただのお財布用の革袋だよ」
そう言ってナイフを入れたが1/4も入らなかった。
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