第4話 神様の悪戯
頭の中に光が溢れる感じがして、魔法を授かったのが判った。
周囲から〈彼奴も魔法を授かったのか〉とか〈良いなぁ~〉とか聞こえて来る。
祈りは届かなかったか。
困った時の神頼みに、御利益があるとは聞いた事が無いので仕方がない。
神父様に促されて魔力測定板に手を乗せるが、神父様の様子がおかしい。
鷹揚に魔力測定板に目を向けたが、首を捻り魔力測定板を色々な方向から覗き込み唸っている。
「なんと文字が現れ無いではないか。いや・・・なにか模様と言うか何か線が沢山あるのだが文字ではない。而し魔法を授かったと思ったのだがなぁ、魔力は73有るのだから」
神父様の呟きに興味が湧き、魔力測定板を覗き込んだ。
ん・・・神父様とは逆から見るので逆さまの文字だが、読み取り・記憶・貼付・削除と読める。
何だこりゃー、此の世界に来て初めて見る日本語で而も逆さ文字。
首を捻る俺に、神父様が気の毒そうに声を掛けて来た。
「フェルナン・・・儂も初めてだが、時に文字でない落書きが現れる事があると聞いた。神様の悪戯だとか、魔法を授けるはずが手違いだった時に現れるとか言われている。気を落とすでないぞ」
どのみち魔法じゃない文字の羅列ではどうしようもない。
神父様に礼を言って祭壇から降りるが、其処此処からクスクスと笑い声が聞こえて来る。
此は此で気が重いが一つだけ希望がある。
魔力が73だと神父様は確かに言った、魔力が有るのなら生活魔法を強化出来るかも知れない。
ラノベだって、魔法は使えないけど生活魔法で無双する話が有ったはずだ。
今までは魔力を感じても、魔力操作となると薄もやに手を突っ込んでいる様ではっきりしなかったが、73も魔力が有るのなら魔力操作ができるかも知れない。
* * * * * * * *
「フェルナン、神様の悪戯だって?」
「はい・・・旦那様。神父様がそう仰いました」
いきなり頬に衝撃が来た。
教会で俺が笑い者になった事が、相当恥ずかしかった様だ。
俺の事はいない者として扱っている癖に、気に入らない時だけは憂さ晴らしにやって来る。
「とことん役立たずだな! まったく母親も少し目を掛けたやれば病弱だと言って仕事もろくにせずに死ぬ! 子供は飯だけ食って何の役にも立たない。王国の法に従ってお前を養っているが、巣立ちの日になれば冒険者になって稼いでこい! それで此まで大きくしてやった恩を返せ! 判ったか?」
「はい、旦那様」
返事と共に蹴り飛ばされた。
まーったく、五男坊の穀潰しの筈が、侯爵家に生まれたばかりに侯爵権限で男爵になった見栄っ張りが、覚えていろ!
殴られた痛みに耐えていたら、お坊ちゃまのお出ましだ。
「やっぱり妾の子は屑だな。神様の悪戯だっ~てぇ、ホニングス男爵家に泥を塗るなよ」
「そうよねぇ~、町で噂になっているわよ。恥ずかしいったらありゃしない」
「お嬢様、お坊ちゃま・・・此処に来た事が奥様に知られたら、お叱りを受けますよ。それに、私はホニングス男爵家の一員ではありませんので」
「ふん! 屑のくせに口だけは一人前ね」
「はやり病であっさり死んでいればいいものを、よほど奴隷になりたいらしいな」
口の軽い馬鹿、後頭部を叩かれて黙っていろと叱られてやんの。
「まっ、お前はどうせ犯罪奴隷になるのがおちだから、これ以上我が家の恥を晒さないでね」
「承知致しております・・・お嬢様、何時までも使用人部屋にいても宜しいのですか?」
オルドの襟首を掴んで母屋に向かうエレノアだが声が大きいぞ。
「あんたは馬鹿なの、奴隷の件は黙っていろと言われているでしょう」
「だって姐さん、あの野郎俺達を馬鹿にした様な目で見やがって」
「放っておきなさい。どうせ巣立ちの儀を済ませれば、犯罪奴隷としての惨めな生活が待っているのだから」
「父上は、何故あいつを俺の従者にしてくれないのかな」
「あんな血の汚れた奴を従者にしたら、そのうち寝首を掻かれるわよ」
「姐さんもあと半年で授けの儀を受けるのだろう。あんな猫に負けるなよ」
「判っているわよ、誇り高き黒龍族の血を引くホニング・・・・・・」
誇り高きホニングス家ね、猫と馬鹿にしているが俺の聴力はお前達より優秀だぞ
* * * * * * * *
「フェルナン、残念だったな」
「まっ魔法を授かるのは、生活魔法が使える奴の三人に一人。そのうちまともに魔法が使えるのは5,6人に一人、って言われているからな」
「而し、神父様にも読み取れない模様って何だったんだ」
「いやー、俺にもよく判らないんですよ。神父様が何度も見直したけど書き損じを消す様な縦横の棒がいっぱいで、結局神様の悪戯だろうって。教会の言い伝えらしいですよ」
もうすっかり話が広まっている。
小さな町なので大したニュースも無いし、嫌われ者の男爵様の恥だから格好の話の種になったのだろう。
あの男爵が俺を殴る為だけに、態々使用人部屋まで来るほどだからな。
而し、読み取り・記憶・貼付・削除って何だよ、確かに『アッシーラ様、誰にも知られずに魔法が使えるようにして下さい』とはお願いしたよ。
それを日本語で返してくるか? それも魔法ですらない。
どちらかといえば、魔道具職人用の魔法陣でも覚えるのに役立つ気がするものだが。
一応神様が授けてくれたものだから、役には立つのだろう。
魔力の方は魔力溜りが良く判り、魔力を捏ねる事が出来ると判った。
今晩からは、ラノベを信じて魔力操作の練習だ。
もし魔力の分割使用とか体内に巡らせる事が出来るのなら、生活魔法を強力にすることが出来るかも知れない。
* * * * * * * *
授けの儀から二月経ち、夏真っ盛りの草原でいきなりの土砂降りに遭った。
急いで取り出したタープの下、ハティーが造った狭いドームの中でお茶を沸かす。
「フェルナン、あんたの生活魔法ってどうなってるのかねぇ」
「それを聞かれても答えようがないよ。授けの儀からこっち、段々とウォーターの量が多くなってきたけど」
「フレイムでお茶を沸かすなんて、初めて見たわ」
「それな、以前は血を洗い流すのに何度もウォーターって言ってたのに、最近は一言言えばジャバジャバ水が出ているぞ」
多分魔力操作を始めたからだと思う。
最初はぎこちなく身体の中を移動させていたが、スムーズに移動させる事が出来る様になるにつれて、生活魔法も強力になっている。
このままじゃ噂になったり訝しむ奴が出て来るだろうから、生活魔法のコントロール方法を考える必要があるな。
「フェルナン、あんた〔リフレッシュ〕が使えるんじゃないの」
「リフレッシュって?」
「クリーンの上位版よ。生活魔法が人より優れている者が使えるって聞いたことがあるわ。私にリフレッシュって言ってみてよ」
生活魔法の上位版か、冒険者になった時の食い扶持を稼ぐ道具になるかも知れないな。
ハティーに掌を向けて「リフレッシュ」と呟いてみる。
掌から淡い光が出てハティーを包み込むと「はぁ~ぁぁ、気持ちいい♪」と甘い声を漏らす。
「おいおい、ハティー何だその声は?」
「それより見てみろよ! ハティーが綺麗になっているぞ」
「何だと! 俺の女房に色目を使う気か」
キルザに冗談交じりに言いながらハティーを見て、コークスが固まる。
「嘘だろう・・・若返った様に見えるぞ」
「おい! フェルナン、俺にも今のをやってみてくれ」
ボルトの声に、一瞬静かになり爆笑の嵐に変わる。
「ボルト姐さん、綺麗になりたいのか?」
「ばっかやろう! ハティーの声を聞いただろう。気持ちよさそうじゃねえか」
皆の冷たい視線を浴びて、狼狽えるボルト。
「ちっ、違うぞ・・・最近肩から背中に掛けて強ばるんだ、ハティーが気持ち良さそうだからだな」
リフレッシュって、元気を回復するとか気分を一新させるって意味だったかな。
綺麗になって身体の調子が良くなるのなら、良い稼ぎになるかも知れない。
ボルトに手を翳して「リフレッシュ」と呟いてみる。
ハティーの時と同じ様に淡い光に包まれると「あっあぁぁ~、気持ちいい~」と声を漏らす。
ドン引きの三人を見ながら肩を上下させ、腕を回してニンマリと笑うボルト。
背筋を伸ばし身体を左右に捻りながら「凄えなぁ~、強ばりが無くなったぞ」って呟く。
コークスとキルザが俺にもやってくれと騒ぎだしたので、二人にもリフレッシュを施す。
「いやいや凄いなぁ。クリーンより綺麗になって、而も身体も快調だわ」
「おまけに若返って見えないか?」
「フェルナン、お前此で食えるかもな」
「ちょっとぉ~、これって不味いよ。御領主様が手放さなくなるよ。フェルナン、リフレッシュは当分の間禁止だよ」
「そうするよ。あんな男に飼い殺しにされるのは嫌だから」
「となると、このまま町に帰ったら噂になるかもな」
「少し汚してから帰るか」
「えぇ~、折角綺麗になったのに。見てよ! 髪なんてサラサラよ」
「諦めろかあちゃん。何時も綺麗なんだからこれ以上綺麗になって男を引き寄せるなよ」
「かぁ~、蕁麻疹が出る様な台詞を、ヌケヌケと良く言うよ」
「こっぱずかしくなるぜ!」
ますます生活魔法のコントロールを練習して、人並みに戻す必要があるな。
そんな事を考えながら、ハティーがお茶の道具を片付けるのをぼんやり見ていた。
生活魔法もだが、授けの儀の時に授かった読み取り・記憶・貼付・削除に付いて考える。
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