第2話 フンザのあぶれ者達
ふらつく足で冒険者ギルドに出掛ける。
ウイラー・ホニングス男爵の領地、ヴォーグル領フンザの町のギルドは小さい。
田舎町なので数名のパーティーや、一人で薬草採取をしている者が半数で残りは野獣討伐専門の5~8人のパーティーだ。
「コークスさん、お早う御座います」
「おう、最近見なかったがどうしてた」
「それが病気をしていて、治ったばかりなのです」
「病み上がりなのに、稼いでこいと放り出されたのか」
「はやり病だったので、体力が回復するまで一人で周辺の薬草集めをします」
俺の言葉を聞いた連中が、嫌そうな顔で離れていく。
この町の領民も結構患った様で、死者もそれなりに出た様なので無理も無い。
「お前の親爺さんは、ポーションの一つも飲ませてくれなかったのか?」
苦笑いで返事をせずにおく。
仮にも御領主様だ、大っぴらに悪口は言えないが嫌われているな。
俺が領主の家に仕えるメイドの子ってのは周知の事、男爵家に仕えて父親のいない子を産んだとなれば誰でも気がつく。
基礎教育を終えた12才の時から、冒険者パーティー〔フンザのあぶれ者達〕に預けられた。
その時の言い草が振るっていた。
誰の子かも判らない奴にただ飯を食わせる訳にはいかないので「薬草採取等仕込んでやってくれ」と言ってくれやがった。
彼等は地元民のため、領主の頼みは断れない。
フンザのあぶれ者達に預けて、金は一切出さないが俺の稼ぎは取り上げる徹底ぶり。
男爵は親がヴォーグル領フォーレンの領主、ノルカ・ホニングス侯爵なので毎月生活費の援助を受けている。
連れ合いはフォーレンの街の大商人〔アブェリオ商会〕会長の次女で、毎月のように里帰りをしてお小遣いを貰っている。
親の侯爵権限で男爵になり、領地の一角を貰っても不満たらたらのようだ。
コークスに挨拶をしてから町の出入り口に向かう。
獣除けの障壁に開けられた出入り口で衛兵に挨拶をして町を出る。
成人前の子供が一人で町を出ることなど有り得ないのだが、本来なら持てないはずの男爵家の使用人用身分証を持たされている。
フェルナンは気付かなかったが、稼いだ金を取り上げるより別な理由がある。
冒険者にとって、不幸な事故は日常茶飯事だ。
ある日野獣に襲われて死んだとしても、運が悪かったで終わる。
俺フェルナンは、王家に届けられていなくても紛れもないウイラー・ホニングス男爵家の第一子なのだ。
天変地異が起きても、俺が男爵家を継ぐことのないように対策を講じている。
男爵自身も夫人のエメリーも、黒龍族の血を守る事と自分の子供オルドに後を継がせる気だ。
フェルナンの記憶から読み取れるのは、巣立ちの儀で家を放り出される事は確定。
だが、俺はその先があると見ている。
今現在も消極的ながら、俺フェルナンの死を願って町の外に稼ぎに行かせている。
図らずも転生・・・かな、して又死ぬのも嫌なので思い通りになる気はない。
今の俺に出来る事は、生活魔法と拙い気配察知スキルと隠形スキルに磨きを掛ける事。
フェルナンの知識から町の出入り口を出て草原に向かう。
気配察知スキルと隠形スキル、周囲に気を配り異変を感じ取り危険だと思えば周囲に紛れて身動きもせずに息をこらす。
気配察知スキルは初めてだが、隠形は所謂木化けの要領だろうと思う。
敵と認識した相手から気付かれない、自然の中にあっては自然と同化することなら俺にも出来そうだ。
家庭でも工場勤務でも目立たぬ様気配を消して生きてきた、関心を持たれない様な行動こそ隠形の基本だろう。
フェルナンの知識を活かして、採取出来る薬草の生えている場所に向かいながら周囲を観察し安全を確認する。
丈高い草叢の奥で先の見えない場所は、神経を集中して気配を探る。
すっかり陽も高くなったが、薬草袋の中はスカスカでがっかり。
フェルナンの知識はあっても薬草を探すのは俺、河瀬雄吾なのだから目の前に目的の物が有っても中々気づけない。
それに周囲への警戒も怠れないので、警戒と薬草探しで2倍気を使いくたくただ。
その日は夕暮れ前に町に帰り着いたが、薬草袋はスカスカで冒険者ギルドの買い取りも1,800ダーラ。
此の世界の通貨は、鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・大金貨の五種類の硬貨で、単位はダーラ。
鉄貨・100ダーラ
銅貨・1,000ダーラ
銀貨・10,000ダーラ
金貨・100,000ダーラ
となっていて100ダーラ以下の商品は、抱き合わせて100ダーラで売られている。
100ダーラは日本円で100円だと思えば判りやすい。
因みに一日24時間、午前と午後の12時間制で一時間は60分。
一週間は6日、一の週、二の週、三の週・・・
一ヶ月は30日、一の月、二の月、三の月・・・
一年は360日、各国とも統一歴を使用。
度量衡は日本と同じだが、原器が同じかどうかは不明だが判りやすい。
一日神経をすり減らして1,800ダーラ、1,800円の稼ぎとは情けない。
此を家令のゼブランに全て渡さなければならない。
あの男はホニングス男爵の言いなりで、命じられた事は無条件で従うイエスマン。
又一つ問題が出来た、逃げ出す時に無一文ではどうにもならない。
誰にも知られずに、稼ぎの中から内緒で金を貯める方法を考え出さなければならない。
病み上がりのうえ昼飯も無しで、一日中気を張って草原を彷徨いていたので帰り着いた時にはふらふらだった。
使用人用の食堂でゼブランに一日の稼ぎを渡すと、ジロリと睨まれた。
「フェルナン、長い間寝ていてサボり癖がついたのか」
ご主人様気取りの説教タイムが始まるのかとウンザリしていたが、助けが入った。
「ゼブラン、あんた病み上がりでふらふらの子を草原に行かせたのかい。それでなくてもフェルナンの扱いについては町の評判が悪いのに、この子が死んだらどんな噂が流れるかねぇ。旦那様の評判は地に落ちるし、あんたは不手際を責められて・・・この町じゃ新しい仕事もそうそう無いし、大変だよ。私達だって肩身の狭い思いをしているんだから、好い加減にしておくれ」
ハンナに詰め寄られて、モゴモゴと言いながら逃げ出すゼブラン。
「しっかり食べて早く寝な」
何時ものドロドロのスープと山盛りの野菜の煮付けにパンをテーブルに置くと、ハンナは背を向ける。
「有り難う、ハンナさん」
礼を言って食事に手を付けると、ハンナがいきなり振り返ってマジマジと俺を見る。
ちょっと気不味い雰囲気。
〈病気をしてから、何か雰囲気が変わったわね〉ぼそりと呟いて仕事に戻って行った。
そりゃそうだよ、元のフェルナンがどうなったのかは知らないが、意識は完全な別人だもの。
フェルナンの目を通して見ていた夢では、フェルナンの考えは判らないからな。
ハンナの苦情が効いたのか、三日程屋敷周りの雑用をして過ごしてから薬草採取に出掛けた。
朝食時に布に包まれたパンを渡されて、此が弁当だと気づいた。
未だ14才の身体で、昼飯抜きで草原を彷徨くのはキツいと思っていたが、弁当が有ったのか。
フェルナンの記憶を頼りに生活しているが、細々とした事が判らないので大変だ。
* * * * * * *
「フェルナン、また見落としているよ。あんた病み上がりからすっかり注意力散漫になったね」
「と言うか、人が変わったように見えるぞ」
「だな、知っているのに判って無いっていうか、その調子で授けの儀に出向いても神父様の言葉を覚えているかどうか怪しいものだな」
「ちょっと静かにして・・・」
黙って軽く右手を挙げて一点を指さし、親指と小指を立てる。
「七頭か・・・フェルナン、後ろに下がれ!」
「ゴブリンだな、背中を見せているから静かに行くぞ」
コークスの指示に従い、灌木や草叢の陰に隠れながら接近する。
〈グギャグギャ〉〈ゴワッ〉〈ギョワッ〉
そっと藪の陰から見れば、何かの獣の残骸に食らいつき楽しそうに食事中だ。
あれを見て楽しそうと思えるくらいには慣れてきたが、それでも緊張で顔が強ばる。
静かにゴブリン達の背後に散開して、半円の包囲態勢から一気に襲い掛かる手筈だ。
右端のキルザが弓を引き絞ると、左端のハティーも小弓(コユミ)を構える。
キルザの左に位置するコークスが走り始めると、その左側のボルトも長剣を振りかぶってゴブリンに襲い掛かる。
コークスが長剣を振り下ろす寸前にキルザが矢を射ると、左端のハティーも小弓を引くと同時に矢を放つ。
〈ギャー〉〈ゴワッ〉
矢に貫かれたゴブリンが悲鳴を上げると同時に、コークスとボルトもゴブリンの首を刎ねる。
その間にハティーの二の矢が飛び、立ち上がったゴブリンの胸に突き立つ。
残りの二頭が逃げようと背を向けるが、ハティーの三射目とキルザの二射目の矢が突き立ち崩れ落ちる。
「フェルナン、止め!」
ハティーに怒鳴られて慌てて駆けだし、背中に矢を受けて藻掻くゴブリンを短槍で突き刺す。
何度突き刺しても、肉に槍先がめり込む感触は好きになれない。
俺も冒険者になるのなら、ハティーの様な小弓使いが良いかな。
直接斬ったり突き刺す感触は何度やっても慣れない。
「相変わらず腰が引けてるな」
「だがここ最近、索敵の腕を上げているな」
「1/4とは言え、猫人族の血の為せる技かしら」
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