男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学

第1話 吐息が熱い

 神様の悪戯って?


 それって神父様が読めないだけで、俺には読めているのだけれど口にすれば気が触れたと思われるのが落ちだ。

 だけど魔法って、風水火土氷雷に結界,転移,治癒,収納じゃなかったのか?


 神父様の向かい側から読んでいるので逆さ文字だけど、四文字熟語・・・じゃなく四つの単語が並んでいる。

 それも魔法とは思えない文字の羅列とは何だろう?

 而し、授けの日に授かるのは魔法とスキルだけなんだよな。


 創造神アッシーラ様から授かるものは、魔法かスキルだけで、この単語の羅列は魔法でもスキルでもない。

 神父様は読めずに首を捻っているが、俺は単語の羅列の意味が判らず首を捻る。


 * * * * * * * *


 熱い吐息と火照る身体、ベッドに横たわっているだけなのに関節の節々が痛み意識が朦朧とする。


 不味った、風邪の兆候はあったので早めに横になったのだが、頭痛,関節痛,身体の怠さに喉の痛みと鼻水に咳。

 体温を計りたいが体温計を取りに起き上がる気力がわかない。


 症状から思うに、絶賛流行中のインフルエンザかな。

 金曜日の深夜、明日は会社は休みで医者も半日で休みと最悪の週末になってしまった。

 震えながら布団にくるまり、明日の朝一に救急外来にと考えていて眠ってしまっていた。


 喉の渇きに目覚めたが、サイドテーブルのペットボトルは空。

 痛む身体を無理に起き上がらせて、ふらつく身体で冷蔵庫まで辿り着き麦茶を一気に飲む。

 火照った身体に、冷たい麦茶が喉を滑り落ちていく、美味い。

 生き返るぅぅと思ったが、立ち眩みか身体の力が抜け視界が暗くなる。


 * * * * * * * *


 あれっ、麦茶を飲んだ時に力が抜けてからの記憶が無いのに、ベッドの中にいる。

 独り身の俺を訪ねてくる人もいないし、どうしたんだろうと考えていたが身体が痛い。

 夜が明けているのなら病院に行かなくっちゃとスマホに手を伸ばしたが、違和感バリバリ。


 ベッドが固いし布団が重い、何より俺の部屋じゃない。

 粗末な四畳半もない部屋で板壁に木のベッド、向かいに空のベッドが一つ。

 傍らのテーブルには陶製の水差しとマグカップが一つ、椅子には粗末な衣服が無造作に置かれている。


 知らない部屋だが既視感がある、何時も夢に出て来る場所だ。

 こんなにはっきりと見たのは初めてだが、四畳半もない部屋にベッド二つと小さなテーブルに椅子が一つ。

 壁に掛かった数着の衣服と革ベルトに下がっているナイフにズック製の鞄、後は何も無い。


 額に手を当てたが、自分の体温なんて判るはずもなく身体が怠いのでそのまま寝てしまった。

 夢の中の夢・・・夢か現かなどと夢の中で考える。


 乱暴にドアが開けられた音がして、怒鳴り声が響く。

 未だ夢の中かと思うが、起き上がる気力も無い。


 「貴様! 何時までのんびりと寝ているつもりだ!」


 怒声と共に襟首を掴んで引き起こされた。

 今日の夢はリアル。

 夢で逢いましょう、なんて思いもしない顔のおっさんが喚いている。

 こんなにリアルな夢なら、何時もの仕返しに一発殴ってやろうかと思ったが如何せん身体に力が入らない。


 夢ではよく出て来る登場人物、主役級でコンビの婆と嫌味な餓鬼二人だったな。

 見上げる様な体躯とキザったらしい仕草に、侯爵家とか男爵なんぞにと愚痴が多い奴だ。

 全然力が入らない身体で考えていると、後ろから声が掛かった。


 「旦那様、フェルナンははやり病を罹って今日で三日目です。病が移っても知りませんよ! もう4~5日は高熱が続きますが、助かるかどうかはアッシーラ様の御心に委ねられています」


 「さっさと治して仕事をさせろ!」


 怒声と共にベッドに叩き付けられた。

 怒声も然る事ながら、叩き付けられたベッドの木枠に当たった頭が痛い。

 この痛みはリアル過ぎると唸っていると、声の人物が落ちた布団を拾って掛けてくれた。


 「後でスープを持って来てやるから、大人しく寝ていな」


 叩き付けられた頭は痛いし、身体の節々も痛い。

 頭痛,関節痛,身体の怠さに喉の痛みと鼻水に咳、まるで夢に見る前の症状とそっくりだし叩き付けられた頭が痛い。

 余りの痛さに、そっと触れてみるとたんこぶが出来ている。


 これって・・・本当に夢なのか?

 何時もの夢だが今回はやけにリアルだし、音声が途切れる事もない。

 て言うか目覚めた時に覚えているのは、少数の単語や登場人物の顔だけなのに夢が途切れない。

 たんこぶの痛みが追加して、身体の痛みと鼻水に咳が一層酷くなった様な気がする。


 どれ程経ったのだろうか、肩を揺すられて目覚めた。


 「起きなフェルナン、スープとパンだよ。少しでも食べて体力をつけな」


 先程の小母さんが起こしてくれて、マグカップのスープと黒いパンをテーブルに置いてくれた。


 「あんた、寝汗で臭いよ。クリーンを掛けておきな」


 「クリーン? クリーニング?」


 「くにりん・・・ぐ、やだ、この子クリーンを忘れているよ。未だ意識がはっきりしていないのかねぇ」


 そう言って小母さんが俺に手を翳して「クリーン」と呟くと、寝汗でべったりとしていた肌着や身体がさっぱりとした。


 小母さんに促されてスープのカップを手に取り一口飲む。

 薄い塩味のスープが美味い。


 「まったく、メイドに産ませた子だからって邪険に扱いすぎだよ。はやり病なんだから、ポーションの一本も買ってやれば良いのにね。ケチったせいでシャイニンは亡くなったし、続けてこの子が死んだら評判最悪になるけど・・・」


 この小母さんハンナって言ったっけ、時々夢に出て来るが何時もつっけんどんな物言いの小母さんだったな。

 メイドに産ませた子? 何時も話していた病弱な女性は母親だったのか?


 まてよ・・・あの女性って最近死んだと思うのだが名前はシャイニン・・・、棺を埋める夢を見た覚えがある。

 向かいの空のベッドが、その女性の物だった様な記憶が・・・。

 あの女性に取りすがって泣いていたのは、夢の中の俺だった気がするし。

 ハンナって小母さんと初老の男に見知らぬ男二人が居た気がする。


 * * * * * * * *


 毎回寝起きに確認するが、夢から覚める事も無く三日が過ぎた。

 朝夕運ばれてくる固くて黒いパンを、ドロドロに煮込んだスープに浸しながらもそもそと食べては横になり考える。


 たんこぶも少しは小さくなったが、痛みや身体の節々の痛みと咳やくしゃみはどう見ても現実だ。

 而し、俺は28才の筈だがこの身体は少年のものであり、夢で見た少年の記憶もある。

 一つの身体に二つの心が存在しているのかと思ったが、彼の意識は存在しなかった。

 俺が目覚める前の記憶は、インフルエンザに罹ってベッドで震えていたのが最後だった。


 俺は二つの人生を歩んでいたのかと思ったがそれも違う。

 俺は夢で長い間彼を見てきたが、今、彼として此処に居ると言う事は俺と彼の意識がシンクロしていたのかも知れない。

 俺の記憶では、彼が生活魔法を習得した頃から彼の夢を見始めたのだから。

 今になって理解した、俺の見ていた夢は彼の目を通して見た現実だったのだと。


 この結論は恐ろしい事実を俺に突きつけた。

 俺、河瀬雄吾は死んだのだと。

 高熱に魘され、喉の渇きに耐えかねて冷蔵庫から麦茶を取りだして飲んだ、その後立ち眩みか身体の力が抜け視界が暗くなる迄の記憶しかない。


 二月の夜にキッチンで意識不明になれば、独り身の俺の未来は決定している。

 二人の意識が入れ替わっただけなら、元に戻れる可能性はあるが・・・

 この身体のフェルナンはベッドの中に居て、食事も運ばれてくる。

 それに引き換え、一人暮らしで尋ねてくる人も希な俺。


 目覚めて三日が過ぎたって事は、週明けで無断欠勤をした俺を訪ねてきた誰かがキッチンで転がる俺を見付けて大騒ぎってところか。

 河瀬雄吾、享年28才、しがない工場勤務の短い人生か。

 高校を卒業してからは工場勤務の寮住まいで家族とも疎遠、お互い無関心な間柄なので未練も無いがどうしたものか。


 どう見ても科学の欠片も無い世界の様だが、ラノベでお馴染みの生活魔法がある。

 寝汗で気持ちが悪く、ハンナの言葉を思い出して記憶通り(クリーン)っと言ってみた。

 テーブルの上のパン屑などが消えて綺麗になったのを見て、失敗に気付いた。

 掌を自分に向けて(クリーン)と呟くと、身体も下着もさっぱりした。


 夢で見ていた時は生活魔法など見た事も無かったが、フェルナンの記憶では生活魔法どころかラノベでお馴染みの魔法とスキルが存在する。

 かく言う俺フェルナンも生活魔法と、拙いながらも気配察知と隠形スキルを獲得している。


 理由は簡単、メイドの子妾の子にただ飯を喰わせる気は無い、稼げと言われて薬草採取に出掛けなければならない。

 死にたくなければ野獣の気配をいち早く察知して、隠形で自身の気配を消す必要からだ。


 使用人達のお喋りなどから、俺の母親はホニングス男爵家に勤めたが主人の手が付き俺を妊った。

 だがホニングス男爵には正妻が居て、未だ子が居なかった。

 俺が生まれた後で正妻が妊り、ホニングス男爵の第一子がメイドの子では正妻が許さない。


 しかももホニングス一族はノルカ・ホニングス侯爵を筆頭に、ゴリゴリの同族主義血統主義ときた。

 俺の母親はエルフと猫人族のハーフ、生まれた俺は黒龍族1/2にエルフと猫人族が1/4ずつで目障り。


 邪魔者は消せ! とは言わないが親族とは認められず使い潰すつもりなのは明らか。

 フェルナン自身は14才と若く其処迄考えが及ばなかったが、彼の記憶からはそれが読み取れる。

 うかうかしていたら、此の地でホニングス男爵家に飼い殺しにされる。


 逃げ出すには若すぎて生活出来ないので、来年六月の巣立ちの日までは大人しく従う事にする。

 問題は六月の授けの儀だ、ラノベの愛読者としては見逃せない事がある。

 空間収納や治癒魔法を授かれば飼い殺し決定、下手をすれば他家に売り飛ばされて飼い殺しか奴隷同然の扱いだろう。


 此ばかりはどう考えても神様の領分、彼此注文を付けても叶えてくれるとは思えない。

 だが授かった魔法に依っては即座に逃げ出す必要もあるだろうから、対策を考えておかねばならない。

 出来る事は一つだけ、ラノベに依れば生活魔法が使えるのなら魔力溜りが有る筈だ。

 魔力を鍛えて自在に魔力を扱える様に・・・本当に出来るのかな?


 此ってラノベ定番のトラックに撥ねられて死ぬか、病死からの意識が異世界にの定番コースじゃないのか?

 幸せな異世界生活は望めそうも無いのは確定だな。


 目覚めて六日目には何とか起き上がれる様なり、七日目には薬草を集めてこいと外に放り出された。

 病み上がりでやっと普通に食事が出来る様になったとたんにこれか。

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