第53話 先に行く者とその背中を追う者3

「なぜだクルゥ! 俺とお前は親友で、共に武術を磨き合った仲ではないか! それがどうしてこんなことになるのだ!」



 もっともな意見だ。親友なのにわけもわからず殺されるのは悲しいものだろう。

 俺には語る必要がある。



「俺はこの国を出て世界というものを知った。お前は世界を知らない。その差が俺とお前が対立する理由だ。俺はもう、世界はヴェルトバウムを中心に回っていると思っていた以前の俺とは違うわけだ」


「なんでだよ! 訳が分からないよ! 俺達は一緒に最強のヴェルトバウムの戦士になろうって誓いあったじゃないか。そんな知る知らないの差で」


「ヴェルトバウム最強になったところでその武力は何に使われる? そんなの戦争だ。人を殺すために使われる。お前は外の世界を知らないだろ、まともに肉も食えず無事朝を迎えることができるかわからない生活を。自分の利益だけ見てきた国とその民が、刃を向けられることはごく当たり前のことだろ」


「だからって故郷を襲うなんて、君はヴェルトバウムの人間だ! なのに…………。いや、もうヴェルトバウムの人間ではないのだね、クルゥ」



 そういってアレックスは左手を胸前にもって来た。

 アレックスの利き手は右腕だ。右腕には魔剣が握られている。なにか魔法でも使うつもりか?


 直後、アレックスの左手に握られるように一筋の光が現れた。


 それは魔剣。魔剣でも纏う邪気は別格。赤黒く燃えるようなオーラは一目で人造のものではないとわかった。



「二刀流だと。しかもその魔剣、本物だな。でもそんなことすれば、お前の魂と肉体は」



 魔剣は魂と肉体を蝕むが、2本持ちなど誰もやったことがない。できないのだ。よほどの魔剣への耐性がない限り数分で死に至る。



「君にどんなことがあったのか知らない。でも、君がどんな覚悟でここに来たのかは分かる。なら、その覚悟に俺は応えなければならない」



 アレックスが剣を構える。その目は何度もみた目、やり合う時にする目だ。


 俺はまず2本、上に向けて山なりの軌道を描いて当たるように剣を射出した。


 簡単にかわせる剣だが人はその剣を目で追ってしまう。俺は3本の剣をそのままアレックスに向けて放った。左右に逃れても攻撃が当たるように。俺はアレックスが咄嗟にかわすことができる距離を知っている。戦いの癖もなにもかも。


 ただ懸念点があるとすれば今まで使ったところを見たことがない二刀流だ。


 それに戦いの癖を知ってるのはこちらだけではない。


 アレックスは飛んでくる3本の剣のうち正面の剣を剣で軽々弾いた。


 かなりの魔力がこもっていて魔剣を当てた程度では軌道を変えることはできないが、あの魔剣が凄いのかそれとも。


 アレックスが最短距離で駆けて魔剣を2本共振り下ろす。


 俺は手元で待機させていた剣2本でその攻撃を受け止めた。


 足元の床の表面が抉れるほどの衝撃。振り下ろし叩きつける力と、ポルターガイストでその場に留まろうとする受け止める力。

 力のぶつかり合いの勝敗はわずかにアレックスに軍配が上がった。


 受け止めた瞬間、ほんの些細なひびが俺の剣に走った。


 俺の後ろに待機させていた3本の魔剣を射出する。



「クルゥ! 俺は君の背中を常に追っていた! なのに!」



 アレックスは床スレスレになるまでしゃがんで射出された剣をかわし、受け止めていた2本の剣も右手で持つ魔剣を振り上げて上空へ吹き飛ばす。


 手元にあった剣が全て弾かれるのを見て俺は杖に魔力を込める。


 振り上げた状態からの魔剣の振り下ろしを杖で受け止める。

 衝撃が身体中に伝わり骨が軋んだ。


 杖を持つ俺の両手は塞がり、左手の魔剣でアレックスはとどめを刺そうとするが、アレックスの後ろから来る気配に勘づいてとどまる。


 山なりに軌道を描いて射出した2本の剣が戻ってきてアレックスの背中を捉えていた。


 1本は左手の魔剣で弾き、もう1本は身体をひねらせてかわした。


 飛んでくる剣の軌道にはアレックスだけでなく俺も含まれていた。飛んでくる剣を俺もかわし、床に着弾する寸前で剣を減速させて着弾の衝撃を抑える。


 床に突き刺さった剣を握り、その剣に込められた魔力をすべて解放しながら態勢を崩したアレックスに斬りかかった。


 アレックスは魔剣2本で受け止めようとするが、振り払う剣の威力はただ飛んでくる剣の威力とは比にならない。


 受け止めようとしたアレックスだが、態勢を崩して踏ん張りが効かずに吹き飛び、壁に激突した。



「俺の背中を追ってたか……。お前は強いよ、3年前とは比べ物にならないくらい強くなってる」



 振り払った剣の刃がボロボロに崩れ落ちて魔力の光となり霧散した。



「嫌味か? 俺は君の背中を追っていた。君が居なくなってもなお、君に追いつけることだけ考えてた」



 アレックスは魔剣を杖のように寄りかかりながらなんとか立ち上がる。



「君が居なくなったことにより俺は常に中等部主席だった。俺の上など居なかった。でも嬉しくなかった! 常に君が俺の前に壁となっていた! 君の強さは常に忘れない! だから分かる。君の強さはこんなものではないだろ! 3年前より強くなっているのは分かる! だがあの頃の君は余裕を持って戦っていた! 本気を出せよ! クルゥ!」


「……本気だよ、アレックス。今日の俺は常に本気だ」


「嘘だ! いくら努力しても届かないと思い知らせたのが君だ! 俺は強くなったが、君はそれ以上に強くなってるはずだ! 君をずっと見てきたのだ! 俺に嘘は通じないぞ!」


「嘘じゃないよ、俺は本気だ。俺はこの戦争でたとえどんな敵と戦おうとも本気で戦うと決めてんだ。たとえそれが、アレックスでも」



 俺の中の魔力が満ちていくのを感じる。



 ――遅いぞ、霊ども。



 階段から無数の魔剣が浮遊して姿を現した。


 1000本を超える魔剣が壁一面にぎっしりと引き詰められて、剣先をアレックスの方へ向かせる。


 帰ってきた霊はすべて俺の中に取り込み魔力に変換させた。



「なんだ、この魔剣の数は……!」


「俺は本気で戦ってたさ。その時にあった力をすべて使ってお前と戦った。そして、俺の今の本気はこれだ」



 アレックスは握っていた2つの魔剣を床に落とした。



「武器を手放すとは。そんな隙、今日の俺は見逃すわけにはいかない」



 魔剣の半分を待機させてもう半分をアレックスに向けて射出した。半分といえど500本以上ある。



「ああ。すげーよ、クルゥ」



 着弾による衝撃と粉塵と魔力の光。


 彼の姿は跡形もなく、彼がいたところは針山のように無数の魔剣が突き刺さっていた。

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