第42話 兄1

 ヴェルトバウムの戦士の生き残りがいないか警戒しながら瓦礫で溢れた町を回って魔剣を集めるのは肉体的にも精神的にもくるものがあった。


 隅々まで見て回ったのであとはほとんど町に魔剣は残っていないと思う。とりあえずひと段落だ。もう日付が変わって眠りにつくには少し遅いレベルだ。


 魔剣を荷馬車に置いてこれから夜食になる。あとは身体を拭って寝るだけ。明日の昼前にはヴァルブルクに戻るという。


 忙しい1日であったが1晩で任務が終わってよかった。



「すみません、このようなものしかありませんが」


「いえいえ、美味しそうじゃないですか。ありがとうございます」



 早馬で急いできたので1食分の簡易的な食事しか持ってこなかったが、ブラッツ卿の兵から余った料理を分けてくれるみたいでソフィーが嬉しそうに飯を貰っている。

 温かい飯が食べれそうだ。



 ん?



 ふと、森の方から誰かに呼ばれた気がして振り返る。


 相変わらず大量の霊が宙を漂っているが、森の奥に見覚えのある顔が視界に入った。



 兄貴?



 懐かしい顔だった。まさかこんなところで会えるとは。

 もう3年半ぐらいあってないだろうか。


 兄は死んでから世界を見て回りたいといって旅をして、年に1回大体秋ぐらいに実家に帰省してくれてたが……もう実家はなくなってしまっただろうし、俺も実家に帰ることはできなかったからな。



「クルゥ、皆さんからご飯をお裾分けしてくれました。一緒に食べましょう。……クルゥ? どうされました?」


「ごめん、ちょっと気分転換に散歩してくるから先食べといて」


「え? 気分転換って……え?? もう夜遅いんですよ?」



 ソフィーは俺を止めようとしたが俺は足を止めるわけにはいかなかった。

 ごめんな。






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 森に入りさらに奥に進む。そこには後ろ姿の兄がいた。



「兄貴」



 単なる偶然の再開か、それとも意図的か。いや、今はそんなことどうでもいいか。


 兄が振り返り目が合う。そして優しく微笑んだ。



「久しぶりだな、弟よ」



 兄は故人で、姿は19歳で死んだときのままだ。



「まあ歩きながら話そうか」



 そういって兄は山道を歩き始める。



「兄貴、俺がここにいるってわかったのか?」


「いや全然、たまたまだ。ヴェルトバウムを離れたってことは親父と母さんに聞いたから分かってたけどヴェルトバウムの周辺だけでも世界は広いからな。探すにも時間が掛かるってものだ」


「親父と母さんにあったんだね……元気だった?」


「ああ。お前とニナに会いたがっていたぞ」


「そうか……。ニナは生きてるよ。信頼できる人に世話を見て貰っている」


「ああ、よかった。無事再開できたんだな」


「そういや今親父たちはどこにいるかわかるか?」


「実家で待ってるよ。いつか帰ってくるだろうって。まあすぐ帰ってこないのは何か理由があって、理由があるってことは死んでないだろうって結論に至って2人は安心してたよ」


「そうなんだ。じゃあ早く会いに行かないとね」


「でもまあ、お前がヴァルブルク軍に入ってたとは驚きだな」



 兄貴が俺の服装をまじまじと見た。その後俺の顔を見る。



「フン、似合ってるじゃねぇか」


「本当にそう思ってるのかよ。ヴェルトバウム人がヴァルブルク軍の軍服を着てるんだぜ? 似合ってる似合ってないどころの話じゃないと思うんだけど」


「フハハハハハ」



 笑われた。でもそれはバカにするような笑いではない。俺もこの酷い自分の姿に苦笑いしてしまう。



「俺がなぜ死んでから旅をし始めたのは知ってるよな?」


「まあなんとなくは。生前はヴェルトバウムの外に出られなかったってのと、考え方が変わったから、だったよな?」


「ああ、そうだ」



 しばらく山道を歩いているとボヘミツェを一望できる崖上に来ていた。



「俺は死んでからなんでこんな馬鹿みたいに戦いを好んでいたのだろうと思ってな。肉体から解放されて気付くんだよ、あの世界樹に戦わされてたんだってな。特に戦う理由もなく周辺国を襲って人を殺してよ、俺達はなんてことをしてしまったんだって。そして今回も大勢の人が犠牲になった」



 ここから見る景色は人の生活の光がたくさん見えたのだろう。それもヴェルトバウム人の手によってすべて消えてしまった。



「なあクルゥ。あの木、なくなった方がいいと思うか?」



 その考えは前々から考えていたことだ。

 ヴェルトバウムにいたころはそんなことは思いもしなかったが、ヴァルブルクに来て外の国の生活を知って、優しさを知って、守りたいと思うものができて……その考えに思ってもいなかった答えが俺の中に生まれつつあった。

 そしてこのボヘミツェの焦土を見てその答えが確信になった。



「ああ、あんなものない方がいい」


「そうか」



 兄は俺の返事を聞いて嬉しがることもなく悲しそうな感じも表面に出さなかった。



「あの木を伐採できるのだったら、お前は伐採するんだな」


「まあ、できるのであれば。もうこんな惨状を繰り返さないためにもな」


「じゃああの世界樹が伐採されたらヴェルトバウム人はどうなるか考えたことはあるか?」


「伐採されたら、だと」



 考えたことすらない事柄だった。世界樹がなくなれば洗脳する元凶は消えて世界から争いがなくなるかもしれない。ヴェルトバウム人は葉を摂取しなくなって肉体や魔力量は落ちるかもしれないけど。



「ヴェルトバウム人がどうなるか……葉っぱを摂取できずに身体が弱くなって、周辺諸国に滅多打ちにされて迫害を受けるとか?」


「違うな」



 違うのか。周辺諸国に喧嘩売りまくったからその報復を受けると思っていたのが。



「答えはヴェルトバウム人が全員死ぬだ」



 兄からまさかの回答が飛んできた。



「いやなんで」



 さすがに全員死ぬってのはないと思っている。いろんな国から報復を受けることになると思うがここら一帯から逃げ延びてどこかでひっそりと暮らすこともできるはずだ。



「クルゥよ、世界樹の葉っぱには強力な依存性があることを知ってるか?」



 その依存性という言葉に過去の嫌な記憶が蘇った。俺もニナも死にかけるところだったあの苦しみ。



「知ってるけど、でもその依存症は薬で治せる。皆に薬を配ることができれば」


「皆って何人だ? どれだけの薬を用意すればいいんだ?」



 何人ってそりゃ……。


 ふと考えてすぐさま考えても無駄だとわかった。

 ヴェルトバウム人全員分の薬を用意なんてできない。仮に伐採前に用意するとしてもその用意にどれだけの時間と労力が掛かる。

 そしてその時間と労力を消費する人は誰か。用意する人たちが渡す相手にそんな義理があるのか。



「薬なんて用意できないぞ。皆発作を起こしながら死んでいく」


「それは……そうだな」



 考えが浅かった。世界樹がなくなればもう悲しむ人はいなくなると思っていたのに。



「クルゥはさ、周辺諸国の人々の命とヴェルトバウム人の命を天秤に掛けたらさ、どっちを選ぶんだ?」



 それは究極の2択だった。

 12歳まで過ごした故郷とまだ3年しか過ごしていない外の国。

 どちらも俺にとって大事な場所だ。


 でもあの世界樹があり続けると戦争がなくなることはなくて大勢の人が死んで、でも世界樹を伐採すると大勢の人ヴェルトバウム人が死ぬ。



「まあすぐに答えは出ないか。じゃあさ、仮にこの惨状がボヘミツェではなくヴァルブルクだったらどうする? ニナが住む街が魔剣で武装したヴェルトバウム人が大量に進軍してきたら。仮にそれでニナが命を落としたら」


「兄貴! 冗談でも言ってはいけないことがあるぞ!」


「悪い悪い。でもそれがお前の答えじゃないのかよ。お前は寝て起きたら戦場になってるかもしれない地にニナと暮らすのかよ。そんなの望んでないじゃないのか?」


「それは……」


「これは忠告だ。先手を打たないと周辺諸国は次々に潰されるぞ。そしたら勝ち目を見出す者はいなくなりヴェルトバウムの領土拡大から逃げる日々を送ることになる」



 兄の忠告はおそらく現実になる。ここボヘミツェに来て胸の内にあった危機感はこれか。



「兄貴……そんなの、俺は望まないぞ。……ああ、望まない。そんなことになって溜まるか。そんなことになるなら俺は斬るよ、あの木を!」

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