第36話第7魔法部隊隊長ソフィー・シュルツ4

「じゃあそろそろ本題に入りましょうか」



 提供されたトマトソースのパスタは野菜しか入っていなかったがニンニクとオニオンが効いてて食べ応えがあっておいしかった。

 食べてる最中はソースの味がどうのパスタの芯を残らせる残らせないのどうのこうのと、雑談をしていた。


 味に集中できない込み入った話はしたくなかった。ソフィーも同じかどうかは知らないが、今のここまで切り出すことはなかった。



「まず最初にだけど、クラウスは敵なの? 味方なの?」


「俺はニナの味方です。ニナが危険な目に遭うなら、俺はその原因を断ち斬ります。それがヴェルトバウム軍だとしてもヴァルブルク軍だとしても、変わらないです。今ヴァルブルクの軍人をやっているのはニナがこの国で暮らしているからです。味方といわれると味方ですが、ニナあっての味方です」


「なるほど。それでティーナおばあさんにニナちゃんを購入した額を払えるまで軍人として働いているとのことだけど、払い終わってニナちゃんと自由に暮らせるとなったらあなたはどうするのですか? 母国に帰ってニナちゃんと暮らすのですか? その場合あなたの言うニナちゃんの味方で考えると、母国に帰ったあなたとは敵対することになるんじゃないのですか?」



 母国に帰る、そのことを考えていなかった。いや、考える余裕なんてなかった。最初は奴隷になってしまってどうすればってなって、奴隷の身分から解放するには何年も時間が掛かると聞いてまだ先のことだと思っていたし……。



「母国には……帰るかわかりません。まだ死んだ両親には会っていないので地元には立ち寄るかもしれませんが、あんな葉っぱで民を洗脳するような国に戻りたいという気持ちはなくなりつつあります。ニナを自由にできれば、2人でのどかな村にでも移住して農業でもやろうかなと思います」


「そう」



 そういってソフィーはハーブティーの入ったカップに口をつけた。


 奴隷の身分から解放されてからのことはなにも考えていなかったが、パッと出てきたのは農業だった。実家が農家だったから俺の活かせる技術はそれぐらいしかなかったからってのもあるけど、戦いの技術を活かす気は毛頭ない。



「仮に私がニナちゃんを自由にする額をあげるって言ったら、どうします?」


「!?」



 聞き間違いじゃないかと思った。金貨300枚だぞ。貴族だからそんな真似できるのかもしれないけど、いやなにいってんだ。

 つい昨日会った見も知らない兄妹2人に金貨300枚あげるなんて、どうかしてる。



「いや、その……これは俺の問題です。自分で取り戻すと決めたんです」


「じゃああげるんじゃなくて貸すのはどうですか? ニナちゃんを先に自由にしてあとであなたが借りた金額を払うってのは」


「貸してくれるのですか? ちょっと待ってください、考えます」



 借りる、そういう手もあるか。

 早くニナを自由にしてあげたい、その気持ちはもちろんある。

 じゃあ借りるか。借りて俺が軍で働いて返せばいい。俺が働いている間ニナはどこかの宿に泊まっといてもらって、飯代とか出して……。


 いや、想像したけど俺が軍で働いているとニナと会う時間なんてほんの僅かで今と変わらない気がする。じゃあ他の仕事をしてニナと会う時間を増やすか? それもアリだがいつ金を返せるかわからない。現状この仕事が1番稼げると思うし。

 まず宿代とか飯代とか払っていると払い終わるのは何年後になるのだろうか。



「ごめんなさい、気持ちはありがたいですがティーナさんに面倒を見ていただいている方がいいと思います。ニナを解放してあげたい気持ちは山々ですが、まだ12の俺がちゃんと養えるかどうか不安です。それにティーナさんは悪い方ではないってことは理解してます。これがニナにとって正解かどうかはわかりませんが、金は借りません」


「そう」



 そういってソフィーは再びハーブティーの入ったカップに口をつける。


 正解なんてわからない。あとで後悔するかもしれない。


 この不安は解消できることはないだろう。

 俺は無力だ。


 しかし、なんでこの人は俺たちのためにこんな……。



「分かりました、では改めてあなた達のことは公言しないことを約束します」


「ありがとうございます」


「それでニナちゃんのことなのですが、容体は良くなるかどうか分からないのですよね?」


「ええ、まあ」


「公言しないといったあとでではあるのですが……1人、ニナちゃんのことを明かした方がいいなという方が居まして」



 ニナのことを明かす? それはリスクを伴うことだ。できるならリスクは避けた方がいい。



「誰ですか?」


「エマさんです、彼女ほど人体と薬に詳しい研究者はいません。まあ色々と問題のある方ではありますが、秘密を言いふらしたりする方ではないと断言できます」


「エマさんですか……」


「あと話を聞けば全力で治せる薬を開発すると思います」



 ええ……あのひとかぁ。

 彼女のことなんて全然知らない昨日会ったばっかの人だが、彼女から溢れる研究心と情熱はオーラが目に見えるほどのものがあった。たしか俺が吹っ飛ばしたアンドレアスを治療したのもエマさんだっけ。


 ニナを救える確率が高いのならエマさんに俺たちのことを明かして協力を求むべきだ。だがリスクが……。

 あとあの人はニナの身体をベタベタ触りそうだ。あの情熱は変態的だ。たしかに頼もしいが、ヴェルトバウム人という珍しい研究対象にどんなことをしでかすだろうか……想像するだけで頭を痛める。



「優秀、なんですよね?」


「はい、優秀ではあります」


「じゃあ、明かしましょう」


「了解です。じゃあ今度3人で話せる場を用意しときますね」


「はい、お願いします」



 まあ監視対象が1人増えただけだ、それほど問題ではない。


 これで軍の内部に秘密を明かす協力者が2人なったわけだが……。



「最初この秘密は1人で抱え込もうと思ってましたけど、秘密を共有する人が2人増えたってことは喜んでいいいものなのですかね。よく秘密を共有する者が増えれば気が楽になるといいますが、実感がなくて……」



 俺は気を許したわけではない。おそらく気を許さない限り、その実感とやらは感じないのかもしれない。



「まあ知らぬ土地で分からないこともあると思いますし、分からない事を相談できる相手ができたと思えば気が楽になるのではないでしょうか」


「そうですね……」



 気が楽になる相手か。

 それほどの関係になるまで何年掛かるだろうか。普通に友達として出会っていれば、こんなこと考えなくてよかったのかもしれないのにな。



「隠し続けてアンドレアスさん達と働くのはやり辛いでしょうね。何ならいっそエマさんだけでなく第7部隊全員に秘密を共有した方が」

「それはやめてください」

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