第32話 ヴァルブルク軍と戦う理由9

 昼休みを貰った俺はティーナさんのお店の前に来ていた。


 尾行や怪しい視線がないのは霊との視覚共有で何度も確認をした。

 店に入るなら今だ。


 手ぶらで来てもよかったがごはん時でもあるし、腹に溜まるものを持っていこうと少し商店街へ寄ったが、肉や魚はほとんど見かけず野菜や穀物ばかり売っていた。

 ここはそういうのが入手しにくい土地なのだろうか。


 商店街でごはん選びで時間を食っていては昼休みがなくなりニナと会える時間も減るため、蒸かし芋を4個買って紙袋を抱えてすぐ店まで来た次第だ。


 店の扉を開けて昨日と同じカランコロンとベルの音が鳴る。



「いらっしゃい。おや、君だったか。ニナは奥の工房で薬を作っておる。もう時期終わるからそこで待っときな」


「なるほど、わかりました」



 薬を作っているのか。回復ポーションのようなものだろうか。

 奥でブクブクと何かを煮る音が店中に響いている。



「あの、ティーナさん。昨日はいろいろありがとうございました」


「ううん? 別に感謝されるようなことはしとらん。なんなら金を理由に兄と妹を離れ離れにさせた張本人だからな。なんなら憎まれる方が自然だ」


「それはそうなのですが」


「フン、まあ上手くいったようで何よりじゃな。じゃが、怪しまれたりしなかったか? お前さんをすんなり軍に受け入れたエルマーがどうも不気味でな」


「エルマー閣下は怪しんでましたね、表ではそんな素振りは見せませんがソフィーに俺を監視するよう命令してました」


「なるほど。ここに来るまでに尾行はされなかったか?」


「大丈夫です、問題ありません。霊と視覚を共有して怪しい動きをしてる奴はいないか確かめながらここにきたので」


「ほう、死霊魔法師はそんなこともできるのか」



 ティーナさんと立ち話をほんの数秒していると、粉で汚れたローブ姿のニナが工房から出てきた。



「クルゥにぃ? クルゥにぃ! きてくれたんだ!」


「おっととと。ああもちろん」



 跳びついてくるニナに俺は熱々の紙袋をニナに当たらないように右腕で上げて、もう片方の腕でニナを受け止め抱きしめる。



「この服、どうしたの?」


「ああ、この服か。ニナにはいろいろ話さなくちゃいけないな。ほら、蒸かし芋買ってきたから一緒に食べよう」


「うん!」


「ティーナさん、あの」

「ああ、2階の客間使いな。皿はいるかい?」


「いえ、大丈夫です。じゃあいこう、ニナ」








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 この国は魔法師がほんの少ししかいないらしく、店は俺以外の客はいなかった。


 おかげで伸び伸びと喋れる。

 奴隷の首輪を着けた状態の子に兄呼びされているこの状況は、傍から見ればかなり異質なものだ。見られない方が吉だ。


 俺たちは蒸かし芋を食べながら俺の着る軍服について話していた。



「ああ、つまり俺はこの国の戦士になったってことだ」


「それってヴェルトバウムとは敵になっちゃったってこと?」


「まあそういうことになるね。でもニナを守るためなんだ。俺がニナを買うお金を集めるまで俺は働かなければならない。それは分かってるよね」


「うん」


「でも昨日みたいにヴェルトバウムが攻めてきてニナに何かあったらと思うと俺は心配だ。そんな心配をするんだったらニナをすぐ守れる立場でありたいって思った、それだけだよ」


「そうなの?」


「そう。仮にヴェルトバウムの戦士と戦うことになっても戦う覚悟はできている。俺はヴェルトバウムの戦士になるために生まれ育ったけど、今はニナの戦士だ」



 ニナは泣いてしまった。


 うれし涙、いやもっといろんな感情が込み上げてきて溢れたやつの……なんで泣いたのかちゃんとはわからないけど、悲しいから泣いたんじゃないってことだけはわかる。


 いろいろあったんだ。いろいろあり過ぎた、9歳の子供がしていい経験じゃない。

 できる限り背負ってあげないと。



 ゴーン……ゴーン……。



 話がちょうど温まってきた頃だというのに、定期的に街中に鳴り響く鐘の音が昼休み終了の時間を知らせた。


 たしかこの鐘の音で帰ってこいって言われてたよな……もうおしまいか。まあまたくればいいだけのことだ。



「ニナ、俺もう仕事に戻らないと」


「うん、わかった」



 ニナの目は泣いて赤くなっているのに涙を拭って声色をできるだけ明るくして返事した。



「ごめん、長くいられなくて。また来るよ。残りはティーナさんと食べな」



 俺はあと2個蒸かし芋が入った紙袋をテーブルに置いてその場を立ち去り階段を下りる。



「クルゥにぃ!」


 カランコロン。


「明日も来てね」



 ニナに呼ばれて振り返るのとほぼ同時に、扉が開く音がした。


 すぐさま扉の音がする方向へ視点を戻し確認する。そこにはソフィーがいた。



「クルゥにぃって……しかも奴隷の子に……クラウス、これはどういうことですか?」



 最悪な状況だ。

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