第26話 ヴァルブルク軍と戦う理由3

 ついカッとなってしまった。ここで暴れても意味がないのに。


 ここで暴れてしまえばこの国で金を稼ぐことはほぼ不可能になる。街を破壊した挙句、軍に捕まっても暴れて人を殺した人材を誰が雇うというのだ。


 この国を離れて働けばいいかもしれないが、それはニナと離ればなれになることを意味する。



 一旦落ち着け、俺。



「すみません、壊すつもりはなかったのですが、俺手加減が苦手で」



 できるだけ理性的だということをアピールする。相手にとって俺は首輪が取れた猛獣だ。その猛獣がキレていたら身を守るのが当然。


 1人はその猛獣の強さを間近で見続けていて、もう1人は猛獣に瀕死にさせられ皮は治ったものの中身は重体。


 トラウマになってもおかしくない経験をしたソフィーとアンドレアスは警戒を解かないまま固まってしまっていた。


 どうしよう、なんか言ってくれないと話が進まないのだが……。



 コンコンッ。



 ふとソフィーの後ろのドアがノックされた。



「すまない、入るよ」


「お父様!? それにティーナおb……ヴァレンティナさんまで」


「エルマー閣下!? なぜこのようなところに」



 ノックのあとティーナさんとソフィーがお父様と呼ぶ男が入ってきた。身長は170ぐらいでアンドレアスより小さい。小太りで立派な白髭が綺麗に整えられている。



「ソフィー、席を私たちと替わりなさい」


「は、はい。わかりました…………アンドレアス? 命令ですよ」


「了解です……」



 エルマー閣下といったか。この軍の偉い人なのだろう。


 ソフィーとアンドレアスは命令に従い席から離れるものの、誰が見ても分かるような不安感が顔に出ていた。



「退席しろとまでは言ってない。居たければ後ろで立ってなさい」


「了解です」

「わかりました」



 男はそう告げて座り、ティーナさんも続けて席に着く。



「単刀直入に言おうクラウス・シューマッハ。君を我が軍の一員として歓迎する」






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 エルマー閣下とティーナさんが来てから尋問はとんとん拍子で終わった。


 そして今、渡された軍服に着替えている。

 軍服は革靴にズボン、シャツ、丈夫な革製の半袖ベスト、ローブとどれもしっかりした造りの布や皮でできていて全体的に黒い。


 尋問後、エルマー閣下は俺のことをすごく気に入っていて、街を守ってくれてありがとう、なんて言われた。


 もちろんアンドレアスを瀕死にさせたことも知っていたが、何かの思い違いでいざこざになってしまったのだろうとエルマー閣下は半ば強引に事を収めた。

 恐らく原因を深く追求すれば話が面倒な方向に行くと察したのだろう。


 それよりも俺を戦力として高く評価していて入隊させる気満々だった。

 まあ、入隊希望の手紙を持ってたのは俺だし、エルマー閣下も欲しい人材ということもあってそういう流れになるのは必然なのだけど……。


 入隊希望の手紙って名の俺のその場凌ぎがここまで発展するとは。

 入隊希望の手紙、ティーナさんが勝手に書いたものだし。


 最初はティーナさんの好意による仕事の紹介で、手紙を手元から出すことはないと思っていたのに、ヴァルブルク軍に捕まったら身元を誤魔化すための材料になって…………頭痛くなってきた。


 エルマー閣下と一緒にティーナさんが来てくれたことで身元確認もスムーズに行われて、矛盾点が生まれる心配もしなくて済んだ。



 ヴァルブルク軍ねぇ……。



 ヴァルブルク軍に入ればヴェルトバウム軍と戦うことになる。それも物資の補給や衛生兵などではなく最前線でヴェルトバウムの戦士を殺すことになるだろう。

 俺は戦力として期待されているのだから。


 同族を殺す仕事か……。


 実際ヴェルトバウムの戦士と戦って、殺しに抵抗はなかった。

 俺は守らなきゃいけないものがあって、相手は葉っぱのせいで止まることを知らなくて、相手の遺族も戦死は名誉ある死だという思想が植え付けてある。


 ニナの命と天秤に乗せたら簡単に傾いた。


 俺はニナを取り戻すために何年働くか分からない。

 俺が働いている間ニナはヴァルブルクで生活することになる。

 ヴァルブルクで生活するニナをまたヴェルトバウム軍は襲ってくるかもしれない。

 でも、俺がヴァルブルク軍に入れば……。



 この道はある意味正解かもしれない。



「おい、クラウス! まだか!」


「はい、すぐ行きます」



 だが、半殺しにした奴の部隊に入れさせられるとはな。

 先ほどまで動かせない身体になってたというのにいい声で呼びやがる。

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