第22話 ヴァルブルクと出会い8

「お前は一体……本当にこの国の魔法使いなのか」



 盾を失った戦士は傷だらけになりながらも逃げる素振りは見せなかった。これも世界樹の葉の影響なのだろうな。


 世界樹の葉……いや神の肉を食らう代償か。肉には神の意思が宿り、食らった者は神の操り人形と化す。

 神は民が戦死しようとどうでもいいのだ。捨て身だとしても敵国にダメージを与えられるなら命は軽い。戦士は畑から採れる野菜のように大量に生まれるのだから。



「あり得ない、こんな魔力量……神の葉でも口にしない限り……お前、ヴェルトバウムの人間か?」


 うわっ、当ててくるとは。



 俺の保有する魔力の量を見て、そうでなければおかしいと至ったか。

 あくまで疑い。俺がヴェルトバウム国民って確信したわけではなさそうだが。


 俺がヴェルトバウム国民ってバレたら色々面倒なことになりそうだな。


 っていうかこの男、世界樹の葉の秘密を知っているのか。


 神の葉ってのは世界樹の葉のことだよな。その世界樹の葉は紅茶としてごく当たり前に飲んでいるものだ。世界樹がどんな作用があるとかヴェルトバウム国民は考えたこともない。もしくは考えさせないように神が洗脳しているのか。


 もし世界樹の葉を摂取すれば強くなれると戦士が知れば、皆大量に世界樹の葉を摂取するはずだ。


 でもこいつは世界樹の葉の秘密を知っている。もしかしてある一定の戦士階級になればその秘密を知れるのか。


 つまりこの男は位の高い戦士。見るからにこの部隊のリーダーっぽいし、実力も他とは段違いだ。

 まあ想像の域をでないが。



「もし俺がヴェルトバウム国民だって言ったら、剣を収めてくれるのですか?」



 街のあちこちで爆発音が鳴り続く。他に聞こえるのは避難する者たちの悲鳴と対峙している男の荒い息。



「収めるわけないだろ……裏切者は、始末する」



 この男、息は荒いがまだ全然戦えるだろうな。


 まあでも、不安要素はなくなった。あとはこいつにだけ集中すればいい。



「息は整ったかい? オッサン。息を整える時間を与えるつもりはなかったんだけどさ。ほら、街を破壊されちゃ困るからさ」



 街中に響く爆発音はいつの間にか止んでいた。



「もう生きてるの、オッサンだけだぜ」


「なっ……まさか!」



 こいつは街中に響く爆発音が味方が攻撃している音だと思っていたのだろうか。


 俺はニナが無事ならそれでいい。ニナに危険が及ぶならそちらを優先して攻撃する。こいつが目の前で回復魔法を使っても止めはしなかった。こいつがここで何しようがここに留まる限りニナに危険は及ばない。


 そして、仮にこいつが万全の状態になっても殺すだけだ。



 ニナに害を加えようとする者は殺す。



「さきに周りをやったからな。でさ、今まで分散していた戦力をオッサンにぶつけたらさ、流石に倒れてくれるよね?」


「「……!」」



 その場にいた者は地面に無数の影が落ちていることに違和感を覚え、上空を見た。


 上空にはレンガや木材といった無数の瓦礫と戦士たちが使ってた武器がオッサンを中心にドーム状に宙を浮いている。



「あとそこの君、逃げずに国を守るっていう姿勢はいいんだけどさ、そこにいると邪魔なんだよな」



 攻撃に巻き込まれないようにと俺なりの優しさだったのだが、剣を持って何もしない女はどうすればいいのかわからない、そういった顔をしていた。


 まあ攻めてきたヴェルトバウムの戦士が彼女にとって敵であり警戒の対象なんだけど、助太刀してきた魔法使いがこんな化け物だとどっちを警戒すればいいのかわからなくなるか。


 まあいいや。


 一斉に瓦礫と武器が男目掛けて射出される。


 それを見て男は剣を握っていない方の腕に強化魔法を付与した。強化魔法は精度によっては鋼のように強固なものにすることができ、剣を持たずとも己が腕を剣の代わりにする戦術が取れる。

 まあその魔法も何分持つか知れたことだが。


 男は剣と強化した腕で射出した瓦礫を次々に弾いていく。


 だが人間である以上死角が生まれる。四方八方からの攻撃を凌ぐのは困難なものだ。


 背中に20㎏はあろう岩が背中にぶつかり屈強な身体がよろめき、低空飛行して脛を直撃したレンガが鎧と共に砕ける。鎧は衝撃をある程度吸収するものの完全には防げない。特に打撃は。


 男が弾いたレンガが女に当たろうとするのですぐさま木材を射出して軌道を逸らし直撃を避ける。


 かわし、弾き、受け止め、なんとか凌いでいるが鎧は見る見る砕けていく。


 戦士たちが持っていた槍や剣に霊10体分の魔力をそれぞれ注ぎ込む。これほど魔力を物に注いだことはなかったが前線で戦っているヴェルトバウムの戦士の武器だ、耐久性が段違いだ。

 注ぎ込んだ魔力で壊れることがなかった剣や槍。その1つ1つを時間差を空けて射出態勢に入らせる。


 男は俺が武器に魔力を注ぐその魔力の波長を見逃すわけがなかったが、現状の攻撃を凌ぐだけで精一杯だった。


 射出。射出。射出。また射出。続けて射出。


 男は腕でガードするのには間に合うが鋼のように強化された腕が剣で吹き飛ぶ。


 ガードが間に合わず高速で飛んできた槍が分厚い腹筋と背筋を一刺しで貫通させる。


 胴体を貫通した槍は地面に突き刺さり、男は串刺しになった状態で地面に縫い留められて動けなくなる。


 射出。射出。射出。力任せに、叩きつけるように。


 脳天に直撃しようとする矢を男は剣で弾くが、続けて飛んできた斧に腕が肩から切断される。


 もう男は何もできない。


 あとは飛んでくるものすべてを受け続けるのみ。


 レンガは筋肉や骨格の形を無理やり変えて皮膚を破裂して体液を飛び散らせる。


 武器は肉体を切り刻み、露になった断面。身体の皮膚もだが、その断面にもガラスが突き刺さる。


 もう男に痛みはない。痛みというのはすでに超えている。


 感覚としてあるのは何もなく、ただ重くなる目蓋とともに身体が冷たくなっていくだけ。


 ただ冷たさを感じることはない。その前に脳を直撃する剣が終わりを告げた。

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