第18話 ヴァルブルクと出会い4

 盗賊に町が襲われたと知らされてからの俺の行動を全部ニナと老婆に話した。もちろん親父と母さんの死もニナに伝えた。


 目に見えてはいたがニナは泣いてしまった。俺と再会して流した涙より多いような気がする。



「自己紹介がまだじゃったな、私はヴァレンティナ・シューマッハ。呼び方は何でも良い。みんなにはティーナおばさんって呼ばれている」



 年齢は70ぐらいだろうか、かなり高齢であることは間違いない。



「ではティーナさん、なんであなたがニナと一緒にいるか教えていただきたい」


「そうさな、あれは買い出しに商店街に出ていた頃か。凄く濃い魔力の波長を感じてな、奴隷商へ足を運び、このニナを見つけたんじゃ。ほほほ、こやつを見つけた時は腰が抜けそうになったわい」



 ニナの魔力で腰が抜ける? いや、ニナの魔力量でもこの街の者からすれば高いのであろう。ヴェルトバウム国民の常識と比べてはならない。



「ただ奴隷商人はニナの価値を見誤っていてな。状態の良い若い娘で高い魔力持ち、なのにも関わらず金貨300枚で売ってたから即買いしたんじゃよ。その奴隷商人、魔力を感じ取れないようでな、ほんといい買い物したわい」


「魔力を感じ取れない? いや、誰にだって魔力はあるはず。さっき街中を歩いてた人もわずかだけど魔力を持ってたし」


「あん? お前さん一般人のことを……ああそういうこと」



 自分の妹を買って、いい買い物したとか嬉しそうに言うこの老婆を少なくともいい目で見ることはできなかった。



「お前さんの国、ヴェルトバウムはみんな世界樹の葉から作った紅茶を毎日のように飲むようじゃな。その世界樹の葉は高濃度の魔力を有しており、それを毎日お茶として飲むヴェルトバウムの民は全員魔力持ちと聞く。しかもほとんどが魔力量レベル5らしいじゃないか。そりゃそんな環境で育ったなら、魔力の存在を知らない一般人と呼ばれる人がいることも分らぬか」


「魔力を知らない?」


「ああ。なんなら一般人は魔法なんておとぎ話の中の存在だと思っておるぞ」



 魔法がおとぎ話? そもそも魔力を持っていない? つまりは魔法を使わずに生活してるってことか?

 そんなバカな、あり得ない。それこそおとぎ話ではないか。どうやって火をおこすんだよ、こすって火でもおこすってのか?



「まあ他の国で常識が通じないのは多々あることじゃ。それよりお前さん、本題はそんなことじゃないんだろう?」



 ふと我に返り、本題から思考がズレていたことに気づく。

 そうだ、こんなことに驚いている場合ではなかった。



「すみません、そうです。私はニナを探していました。そして今ここでニナと再会しました。お願いがあります」

「うむ」

「ニナは実の妹です。返していただけませんか」



 そうだ。ニナは大事な妹なんだ。親と今生の別れをした後だというのに兄と別れ離れになるなんてあり得ない。

 そんな悲しみ、もうニナに味わいさせはしない。



「わかった」


「ありがとうございます!」


「金貨300枚でいいよ」


「……は?」



 一瞬、思考が止まった。金貨300枚? この老婆は何を言ってるんだ。実の妹だというのに!



「は?ではないだろう、買った値段で売ってるのだから。魔力量も考慮すると金貨1000枚はくだらないだろうね」


「でも実の妹で……」

「商売舐めてんじゃないよ! 私が支払った金貨300枚はどうなるってんだい!? 私はね、この子を見つけた時、最高の跡取り娘を見つけたと思ったよ。魔法具の作り方を色々叩き込んでやろうとね。そっちだけの都合でただで渡すわけにはいかないんだよ!」



 ごもっともだった。

 どんな理由になろうともタダで渡せばティーナさんが金貨300枚損したことになる。


 つまり金貨300枚が必要。



「その……この国の金貨300枚ってどのくらいのものなんですか?」


「うむ、普通の人が1か月ちゃんと働いて金貨15枚。生活費に月金貨10枚使うとしたら貯金できるのは最大で月金貨5枚といったところ。この計算だと贅沢一切無しで5年働けば金貨300枚は貯められるだろう」


「5年ですか……」


「あくまでも贅沢一切なしでだから普通は10年かそれ以上ってところかのう」



 無理、というレベルではないが。


 妹はまだ9歳だ。9歳から14歳以上は家族と離れて暮らさないといけないなんて、そんなの……。



「別に会うなとは言っておらん。心配なら顔を見せるといいし、私も大金はたいて買った娘を悪く扱わんさ。それに金が欲しいなら仕事を紹介できなくもない」


「仕事、ですか?」


「ああ。そういえばお前さん、街中を歩く人が皆魔力を持っていたと言ってたな?」


「ええ、まあ」


「一般人から魔力を感じるといったら……」



 ティーナさんが難しい顔になった。何かまずいことでも言ったのだろうか。

 仕事に支障を来たすことじゃなければいいのだが。


 この人はニナを奴隷として買ったが、雑に扱おうといった気はないらしい。なんなら大事にされているのだろうか。顔を出せばいいというし、仕事も紹介してくれる。

 実はいい人なのか?



「お前さん、死霊術師かね?」



 突然の看破に頭は真っ白、顔は固まってしまった。

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