第14話 これ以上失わないために3

 あれから1週間は経っただろうか。


 盗賊を見落としていないか、くまなく見て回った。

 だが何1つ成果はなかった。


 もう奴隷にでもなって売られてしまったのだろうか。

 そんな考えが何度も脳裏に浮かぶ。


 最初の3日間は何も飲まず食わずで捜索していて、ぶっ倒れてからようやく自分の身体が悲鳴を上げているのを実感した。


 そこからだ、俺が異変を感じたのは。



 紅茶が飲みたい。



 故郷の味が恋しくなったとかではない。


 手足が震え、頭が痛いのだ。


 そして脳が紅茶のことでいっぱいになる。


 森の中に生えている何の植物かもしらない葉っぱを口に入れては吐き出して、それを5回ほどやった。


 霊たちもやたら多く集まってきて、霊が死の世界へ誘っているかのように思えて仕方なかった。


 霊が言っていた。

 世界樹の葉には中毒性があると。


 毎日何の疑いもなく紅茶を口にしていたが、飲むのをやめるとこんな症状に見舞われるとは。


 症状が出て2日ほど経った頃には痙攣や頭痛はなくなっていた。


 正常に頭が回り、両親の死と妹の行方不明を改めて受け止め泣いた。



 もう親父と母さんは帰って来ないんだ。

 ニナも見つかるかどうか。



 俺は絶望した。


 世界は広いと聞く。俺が生きていた国なんてこの世界のほんの一部だ。

 空がどこまで続いているのか。世界の端はどこにあるのだろうか。


 俺は母国を出たことがない。狭い世の中で生きてきた。

 この先常識が通じるとは限らない。


 俺はこの広い世界でニナを探していくんだ。

 見つかるまでずっと。


 ヴェルトバウムに帰るという選択肢はなかった。帰っても1人だ。帰ってもニナは見つからない。


 とりあえず馬車が向かっていた方向、南へ向かう。

 昔地図を見たことがあったが、確か南の方にはヴァルブルクという国があったはず。


 この森でサバイバル生活をしていても意味はない。盗賊はもう森を抜けてどこかの国に入ったはずだ。


 ヴァルブルク。

 もちろん行ったことない。言葉が通じるかもわからない。


 それでも食料を調達して、できればニナの情報を得たい。


 あとは金だが……。

 

 いや金がなければ食料なんて買えないし、そもそも俺は入国できるのだろうか。


 色々問題点があった。でも簡単に解決する方法がある。



 殺して奪えばいい。



 その考えが思い浮かんで俺は自分を呪った。



 そんなの盗賊あいつらと一緒じゃないか!!



 殺しはしない。悲しむ人がいるはずだから。

 殺していいのは……生きてちゃいけないような……いや、考えるのはやめよう。


 考えなくてもその時になればきっと勝手に手が出ている。

 人は死んでも身体を失って一時の別れをするだけだ。生きていないとできないことはいっぱいあるけど、霊は摩耗して存在を失っていく。


 親父と母さんは今頃なにをしているだろうか。


 こんな森の中にいる俺を見つけられるわけもないしきっと実家で待ってるんだろうか。






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 ―神の洗脳から解かれたのだな!

 ―あの野蛮なヴェルトバウムの民を皆殺しにしてくれ!

 ―あいつらのせいで町のみんなが全員しんだんだ!

 ―死霊術師よ、私をあなたに預けていい!

 ―だから俺たちの願いを聞いてくれ!

 ―死霊術師で洗脳がない高い魔力の魔術師、これほどの戦力は他にないんだ。



 大量に集まってきた霊は紅茶が切れたため見ている幻覚だと思っていたが、ほかの症状が治まったあとでも霊たちはたくさんいて、これが幻覚ではないと理解した。


 こいつらはヴェルトバウムの攻撃で死んでいった霊たちだ。

 ヴェルトバウム国民をひどく恨んでいる。


 だが俺はヴェルトバウムにいた人間だ。本来なら恨まれる存在であるはずなのだが、こいつらは俺にヴェルトバウムの民を皆殺しにしてくれ、などほざいている。


 母国の人々を皆殺しにするわけがないだろ。


 それでもこいつらは懇願した。


 死霊術師は強い、それをこいつらは理解している。


 ヴェルトバウムは領土拡大のためなら躊躇いなしに戦争をしかけて国を滅ぼす。

 殺して滅ぼして奪って領土拡大を引っ切りなしに行う。


 戦争が何度も起これば霊は大量に生まれる。

 つまり死霊術師の扱う魔力がそこら中にある環境が生まれるのだ。


 ただでさえ自分の持っている魔力以外も使えるという反則ものなのに、ただでさえ強い死霊術師が強くなる環境が整っている現状。


 戦力として喉から手が出るほどの代物だ。


 気持ちはわかる。俺だって家族を殺され奪われた身だ。

 でもこいつらの懇願に応えるわけにはいかない。


 もうすぐ森を抜ける。この森を抜けたらヴァルブルクだ。

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