第5話 死霊術師クラウス・ルートヴィッヒ1



「しかしまいったよ、あんな隠し玉があったとは。あれって魔剣? 俺の魔剣より絶対出力高いよね?」



 試験が終わり、久々の都会をぶらついてから実家に帰ろうとした俺だったが、そんな俺の楽しみなんか関係なしにアレックスの質問責めに遭っていた。



「別に魔剣じゃねぇよ。あんなの剣の形をしたただの魔力の塊だ。とっさの思い付きで作ったからすぐ暴発して拡散しちゃったし。悪戯に魔力も消費するから二度とやらない」


「えー、もう一度見たいのに」



 まあそれっぽい嘘並べとけば信じるかな。


 別にあんな剣やろうと思えば簡単に作れる。だがあれを使えばアレックスを倒すのは簡単だ。使わない理由を今言わなければ今後使わなかった場合舐めプだの手を抜いているだの言われかねない。


 俺はそこそこの実力があって、家族が自慢できる息子もしくは自慢できる兄であればいいのだ。それ以上のものを俺は望まない。



「なあクルゥ、近くのコロシアムで決闘やってるらしいから行こうよ」


「おう。その前に紅茶買っていっていいか?」


「おけぃ。じゃあ僕も買っとこうかな」



 クルゥとは俺の名「クラウス」のあだ名だ。家族以外だとこいつしか言わない。いや、親しい間柄を俺が全然作らないからなのか。


 これも俺の能力の弊害の1つなのだろう。


 日光は商店街の建物で遮られ、天は黄金に輝く世界樹の葉。

 大勢の人が行き来し、流通の中心として賑わっている。


 そんな美しい街ツェントルムも俺からすれば悪霊の巣窟に見える。

 この街だけではない。田舎である俺の実家もそれなりの悪霊が徘徊し、皆この国ヴェルトバウムを憎んでいる。



「おじちゃんミルクティー1つ」

「俺ストレートで」


 出店で世界樹の葉を使った紅茶を購入した。この紅茶はヴェルトバウム国民だったら皆毎日飲んでいるといっても過言ではない。

 ただこの紅茶を飲むと高確率で厄介なやつに絡まれる。



 ――その紅茶を飲むな! それを飲むから狂ってしまうんだよ!



 この世に存在しない声が聞こえる。霊の声だ。



「これからコロシアムかい? コップはあとで返しに来てくれればいいからさっさと行きな、戦いが終わっちまうよ」


「ありがとうおじちゃん。クルゥ行こう。……クルゥ? どうした?」


「いや、何でもない」



 霊に気を取られていて返事が遅くなった。こんな霊の声なんて無視だ、無視。






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 出店を出て木のコップに入った紅茶をお供に、俺たちはコロシアム観戦を楽しんでいた。


 筋骨隆々な男同士が武器を持ってぶつかり合っている。戦っているのは罪人だろうか。


 ヴェルトバウム国民の肉体は外の国の人と比べて屈強だ。

 男性ならば身長は2m前後で、筋肉量が多いこともあって体重は100㎏をよく超える。魔力量も桁違いらしい。


 遠征から帰ってきた戦士が奴隷を引き連れていたのを見たことあるが、そのどれもが貧弱な肉付きだった。

 奴隷なのであまりいい食事をしていないんだろうと思っていたが、霊が言うにはその奴隷たちは普通で、ヴェルトバウム国民の肉体がおかしいんだと。


 霊は言った。

 ヴェルトバウム国民が毎日飲む紅茶には秘密があると。


 紅茶の葉は世界樹の葉。つまりは神の肉体を摂取しているのと道理だと。

 神の肉体を食らえば肉体は強固なものとなり、魔力も膨大なものになるとのこと。

 そしてその葉は中毒性がありヴェルトバウム国民は定期的に紅茶を飲まなければならず、更には紅茶の葉には神の意志が強く含まれていると。


 最初は何がなんだか分からなかった。

 屈強な肉体になることは分かる。毎日飲む食いするものが己の肉体を形成するのは分かるし、それが神と繋がっている世界樹ならばその葉は神の肉体って言われてもまあ分かる。神がどんなものかなんて知らないが、天を覆う世界樹が強大な力を持っているのは明白だ。


 しかし中毒性は分からなかった。確かに毎日飲んでるし疑問に思ったこともない。言われてみれば中毒性はあるのかもしれない。でもただそれだけだ。


 そしてもう1つの疑問は神の意志が含まれているってことだ。神の肉体だから含まれているのか? 分からない。


 トカゲの尻尾は切れてしまっても動くが、それと近いものなのだろうか? 分からない。


 分からないが、神の意志ってのがどんなものかは大体わかる。


 神は発展を望まれる。神は争いを望まれる。戦いに勝ち領土を増やして世界樹を大きくする。

 男は戦士になるため生まれる。女は最低3人は子を産まないといけない。

 理由がなくても戦争をする。利益が生まなくても戦争をする。周辺諸国を滅ぼして領土を広げるために。

 全ては神のために。


 霊たちはその考えが狂っているっていうのだ。


 霊たちの気持ちも分からなくはない。

 なぜならこいつらはヴェルトバウムが仕掛けた戦争で殺された霊だからだ。

 その数は数えきれない。うじゃうじゃと、道いっぱいに。避けて通るなんて不可能なくらいには。


 この世界樹はヴェルトバウムの象徴だが、外国の霊にとっては憎しみの対象だ。



「おお、すげぇ! いいぞ! やれやれ!」



 アレックスが応援していた罪人が対戦相手の盾を吹き飛ばし、対戦相手は足に深い切り傷がある。

 決着か。


 戦死することはヴェルトバウム男性にとってほまれだ。


 私の兄は戦死したが、勝ち目が一切ない戦いとはいえ神のために身を投じた。

 それが勝ち目のない戦いに行って死ぬとか狂っている、など霊に言われると腹立たしいってもんじゃない。


 霊たちは常に正しいことを言う。昔は会話とかもした。

 そのおかげで変人扱いされたこともあれば大人びて見えるなんて言われることもあった。

 それも去年、兄の戦死から接し方は変わったが。

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