ユニコーンと青年
神原
第1話
海が一望出来る草原に白い線が一つ、かなりの速度で移動していた。その白い線にもう一つの赤い線が上空から迫る。
疾駆する白銀の躍動する前足が地面をぐっと踏み込む。そして後ろ脚が体を風の様に跳躍させた。美しい奇跡を残して角を持つ馬は駆け続ける。
「にがすかっ」
赤い線、女性が操縦するワイバーンの背中から青年の声が上空から投げ掛けられた。ユニコーンもただ走っている訳ではないのだ。伝説ではその背に乗れるのは純真な乙女だと言う。男から逃げる為にその四肢を必死に動かしているとなれば話は分かる。
羽ばたきは風を巻き起こし、ワイバーンが空を駆ける。背に跨りながらユニコーンに声を発した青年へ、赤髪の女性が大声を出す。
「ちょっとお、聞いてないわよ。ユニコーンがこんなに速いなんてぇ」
「だからいいんだろ、世界に残る幻と言われている獣だぞ」
青年の言葉を聞いて少しむっとした様子を女性が見せた。
「この子だってその幻の一体なんだから」
と、呟いて、女性は手綱を緩める。ぐんっと速度を増してワイバーンが過ぎ去っていく大地すれすれに肉薄した。二人の髪がたなびいていく。
一瞬近づいた様に感じられた馬体にそれでもなお引き離されていく。前方に大樹がそびえていた。
「やばいっ! シルクっ!」
「分かってる」
ぐっと引いた手綱がワイバーンを急上昇させるのを手伝う。木の枝が大きく揺れる。通り過ぎた後に葉っぱが大量に舞っていた。
そして、銀光は消え去ったのだった。
「ここまでね」
「くそっ」
酒場でエールを煽る青年の肩をシルクが軽く叩いた。ワイバーンを納屋に入れてやっと一息ついたのだろう。自身もジュースを頼み、窓の外をそっと眺める。
青年が独り言ちる。
「今日はこれから一人で行ってくる」
「これで何度目? クルエル」
「初めて見つけたのはあの草原にある泉さ。あれから、徒歩で後ろから三度、馬を使って二度、そして、今日で合わせて六度目」
酒瓶を傾けて、エールを喉に流し込む。まだシルクにしか言っていない秘密だった。
「でもなんであの子は逃げないんだろうね。まるで試しているみたい」
これほどクルエルに追い回されていれば、巣を捨ててもいいのではないだろうか? そんな疑問がシルクの口から洩れていた。
「そうかな。そうかな」
クルエルもなんとなく酔いも手伝ってにやけ始めた。
子供の頃に大きな卵を拾って育てたシルクには捕まえるような苦労は分からないだろう。だが、今や彼女の分身の様なワイバーンを育てた際の別の苦労は分かるのかもしれない。
「じゃ、行ってくる」
再びユニコーンの背中へと闇夜に乗じて挑みにいく。何度失敗してもなお、クルエルの気持ちは萎えていなかった。今度こそ。今度こそ、と。
青い三日月が輝く夜。あの泉へと歩いていた。徒歩三十キロ程だろうか。
ふと、前方に明かりが見えた。嫌な予感がする。クルエルの歩む速度が速くなっていた。
視界に人が見える。それも大勢だった。小走りになった歩みが完全に全力疾走のそれになる。体が大きくよろめく。必死になって、クルエルは泉へと駆け込んだ。
「よお、クルエル」
見ると小男と大男が人を使ってユニコーンを追い詰めている処だった。助走出来る距離があれば飛び越えられるはずだが、目の前には松明が。人と人の間には網が渡されている。口々にユニコーンを目にした驚きを漏らしていく。
「電気銃!」
「あれだけ派手に追い掛けっこしていたらばれるよなあ、クルエル。幸いこいつはまだ誰の物でもないようだしな」
「ふざけるなっ!」
叫んでクルエルが網の中へと侵入する。後ろから網と網の切れ目をいきなり突入したのを防げる余裕は相手にはなかった。急ぎ服を脱ぐとそれをかざしてユニコーンを背に庇う。電気銃の狙いはクルエルに。四丁の銃口がクルエルを狙っている。その間にも網を持つ人の輪が少しずつ小さくなっていく。ざわざわと興奮した声で騒がしくなっていく。
と、クルエルが薙ぎ払った服に火花が散った。銃口から煙が立ち上っている。
「があああっ!」
次に左腕が痺れて動かなくなった。玉が当たると同時に電撃が腕に伝ったのだ。それでも、右腕に服を持ち替えてクルエルが横なぎに払いまくる。
後はクルエルを動けなくしてユニコーンを捕まえるだけ。その油断が一瞬の隙になっていた。風となって飛び込んできたワイバーンが網を持った人間達を弾き飛ばしたのだ。
周囲がパニックに陥る。銃を構えた小男も大男もそれに対応するだけの余裕はない。
「嫌な予感がしたんだ。そう言う苦労は分かるからね」
ワイバーンに向けて電気銃が火を噴く。だが、成獣のワイバーンにはまったく効いていない。
目線がシルクに移った事で隙が出来た指揮官の小男に、クルエルは突進した。顎に頭が激突する。運が良かったのは、そのタックルで小男が気絶した事だ。ユニコーンが開いた網の間を目掛けて走り出す。
そして、ユニコーンは暗闇の中へと逃げていった。もう二度と戻ってはこないだろう。
クルエルの心にぽっかりと穴が開いた様な、安堵した様な気持ちがながれていた。
「ばいばい」
呟いて、泉を後にする。混乱の中、もう誰もクルエルとシルクには見向きもしなかった。シルクはその気持ちを察して黙ってワイバーンに乗り先に帰っていく。クルエルももう泉には何の感情も湧かなかった。
どれくらい歩いただろう? 暗闇の中、何かがクルエルの後を付いていた。足音がする。馬の様な。
「お前」
そう言葉にしたクルエルの横にあのユニコーンがいた。これほど嬉しい事はないだろう。角をクルエルにこすり付ける。
「いいよな」
そう言って背中に手を廻し、飛び乗ろうとしたクルエルを軽く走っていなされた。まるで男は乗せんと言わんばかりに。
「ははっ」
と、笑って、クルエルはユニコーンの背を優しく撫でるのだった。
友達にはなれた瞬間なのかもしれない。
ユニコーンと青年 神原 @kannbara
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